【熱のせい?】


「んっ…」

うっすら差し込んでくる朝日で自然と目が覚めて、ゆっくり起き上がる。随分ぐっすりと寝ていたようで、一度も起きる事がないまま日付も超え、いつの間にか朝になっていた。


昨日着替えもせず寝てしまったから、汗で服も濡れている。メイクも落とさなかったから顔もボロボロだ。今日、仕事が休みで本当に良かった。身体もだいぶ軽くなったから、一応熱は下がったみたい。



「やだ、私ってば最悪…」

寝起きで回らない頭を必死に回転させて、昨夜の出来事を思い出す。そして慌てて探す聖川くんの姿。


…当たり前だけど彼の姿はそこにはなかった。寝ている私を気遣って、声をかけずにそっと帰ったのだろう。

あぁどうしよう。申し訳ないことをしてしまった。せっかく久々に会えたというのに……体調を崩して家まで送らせた挙句、朝まで爆睡してるだなんて。嫌われても仕方の無い案件だ。


それに、体調の悪さを理由にして昨日は要らないことを沢山言ってしまった気がする。敬語使わないで、とか…引いたかな、図々しかったかな。不安になり出すと止まらなくなって、手元の枕をぎゅっと抱きしめた。


「(せっかく、仲良くなれたと思ったのに)」


泣きそうになりながら項垂れていると、テーブルに置かれている、ある物の存在に気が付いた。


ベッドから出て、ちょこちょことテーブルまで移動する。
そこに置かれていたのはまだ湯気が立つ土鍋と、小さなメモ書きだった。何だろう、と思いそれをそっと手に取る。綺麗で、丁寧な字…それには確かに見覚えがあった。聖川くんの字だ。



『櫻井さん

身体の調子はどうだろうか。
本当はもう少し居たかったのだが、どうしても外せない仕事があるので先に失礼する。
決して無理をしないよう、ゆっくりと身体を休めてくれ。

追伸
勝手ながら台所を拝借した。冷めていたら温め直して欲しい。口に合えば、良いのだが。

聖川』




土鍋の蓋を開けると、漂う良い香り。ふわふわと湯気が立つのは、卵とネギがたっぷり入ったお粥だった。明らかに出来立てで、冷めたどころか熱いくらい。

それはつい先程まで、彼がここに居たことを物語っていて──。


「ずっと、傍にいてくれたんだ…」


メモを指先できゅっと握る。敬語をやめて欲しい、と勝手なお願いをしたのに律儀に聞いてくれるのがなんとも彼らしくて、すごく嬉しくて。

自然と、キッチンでお粥を作ってくれている聖川くんの姿が目に浮かんだ。なんて優しいんだろう、温かいんだろう。



一度ベッドまで戻り、汗で濡れた洋服を着替えた。シャワーも浴びたいけど…迷った結果そのままひとまずテーブルの前に座った。だってせっかく作ってくれたんだもん、出来たてのうちに頂きたい。

肩からブランケットをかけて、テーブルの前に正座をして、蓮華を手に取る。ふーふーと息を吹きかけて一口お粥を口へ運ぶと、出汁の味がいっぱいに広がった。


「美味しい……」

それはすっごく温かくて、ぽかぽかと私の身体に染み込んでいく。あまりに優しい味で、泣きそうになってしまうくらい。


鼓動がドキドキと鳴り止まない。
熱は下がったはずなのに…顔が熱くなって体温が上昇する。
だって思い出すのは、あなたのことばかりで。



「おはよう、遅くなった」
「おはよー……って聖川、髪濡れてんじゃん。もしかしてシャワー浴びたて?」
「あぁ…少し、寝坊してしまってな」
「聖川さんが?珍しいですね」
「ドライヤー貸してやるからこっち来いよー」



きっと風邪のせい、熱がまだ十分に下がっていないだけ。胸がきゅんってするのも、きっとそのせいだ。





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