【とある平日】
お昼休み、食べ終わったお弁当箱を給湯室で洗ってから自分のデスクに戻る。まだお休みの時間がありそう。午後からの仕事に備え、ひとまず大きく身体を伸ばした。
なんでもない、こういう時間。最近、ふと思い出してしまうのは聖川くんの事だった。
「(あの日のお出かけ、楽しかったなぁ)」
あんなに充実した…というか、あっという間に時間が過ぎた週末は久々だった気がする。緊張はしたけれど、とっても楽しくて、一日なんかじゃ足りなくて。だけどそう思っていたら、「次はいつ会いましょう」という約束も自然に出来てしまった。それがまた、嬉しくて。
「(うーん。やっぱり浮かれてるなぁ、私)」
この間は休日の過ごし方とか、趣味がお料理とか…プライベートな話が聞けたから、今度はもっとお仕事の話とかも聞きたいな。
そういえば聖川くんって、アイドル業だけじゃなくて、お芝居のお仕事とかもしてるんだよね。どんな作品に出てるんだろう。
周りを少し見渡してから、こっそりパソコンで検索サイトを開いた。検索欄に【聖川真斗】の名前を入力してEnterキーを押す。
一番上に出てきたのは、最近映画の試写会をしたというニュースサイトの記事。それをクリックして、記事を目で追っていく。へぇ、映画にも出てるんだ…シアターシャイニング?よく分からないけどすごい…。
「あ…その映画、観に行ったけどすごく面白かったよ」
「ぎゃー!!」
突然、背後から聞こえた先輩の声に思わず奇声を発する。ランチで社員はほぼ出払っていて、人が少ないのが救いだ。後ろを振り返ると、ニヤニヤしながら笑う先輩がいて、気まずくなって肩を竦めた。
「聖川さんの事調べてるのね、感心感心」
「いや…まぁ、あはは…」
「映画観に行ってきたら?公開したのは先月だけど、まだやってるだろうし」
あ、ぶない…。仕事のリサーチと思ってくれて助かっちゃった…。笑って「来週ランチ行こうね〜」なんて誘いながら去っていく先輩に返事をしながら、私はまたパソコンに向き直った。
ニュースサイトに載っているリンクから、公式サイトに飛ぶ。ホームページを順に見ていくうちに、
興味を持ってしまったのは、言うまでもない。
───
「髪、変じゃないかな」
この間のように休日に出掛けるのもドキドキしたけど、仕事終わりに会うとなると、それはそれで緊張する。
前髪を手ぐしで直して、スマホケースについた鏡でこっそり確認すると、ポンと言う通知音と一緒に聖川くんから「もうすぐ着きます」とメッセージが届いた。どうやら、ぎりぎりまでお仕事だったらしい。スタンプを送ろうと画面を開くとほぼ同時に、後ろから「櫻井さん」と私を呼ぶ声が聞こえた。
「お待たせしました」
「ふふ、お疲れ様」
まだ多少緊張はするけれど、だいぶお互い慣れてきた気がする。自然と笑って挨拶すれば、聖川くんも柔らかい笑顔を返してくれた。
「(…もしかして、ちょっと良い雰囲気?)」
…なんて、調子良いことを思っちゃう。いやいや、流石に浮かれすぎだ!忘れよう!うん。
自分の浅はかな考えを消そうと頭をぶるぶると横に振っていたら、聖川くんが笑って「どうしました?」なんて聞いてくるから、恥ずかしくなって下を向いて誤魔化した。
聖川くんに「行きましょう」と促され、頷いて後をついていく。こんな風に、二人で過ごす時間が続けばいいのになぁ、なんて心の中でそっと思いながら。
「(だから浮かれたらダメだってば…)」
「何か観たいものはありますか?」
聖川くんと私のスケジュールの都合で、待ち合わせが夜遅い時間帯になってしまったため、今日聖川くんが誘ってくれたのは映画のレイトショーだった。
人もまばらな夜遅い映画館。チケット購入用の端末を二人で並んで操作する。聖川くんは画面をタップして、ひとまず新作映画の時間を確認している。観たい物…か。リクエストしたら、わがままって思われちゃうかな。けど、やっぱりどうしても観たくて、私は勇気を出して聖川くんの服の裾を掴んでみる。
「あの…」
「どうしました?」
それにすぐ気が付いてくれた聖川くんは、手を止めて私に視線を移してくれた。
「実は、観たいものがあって…あ、でも!聖川くんに決めてもらって全然良いんだけど」
「俺は何でも良いですよ。教えてください」
「えと…あの、聖川くんが出てる…」
「俺がですか?」
「その、あれ!吸血鬼の……」
「吸血鬼…もしかして、BLOODY SHADOWSでしょうか」
少し驚いた表情を見せた聖川くんの言葉に、私はこくりと頷く。聖川くんに向かって、本人が出演している映画をリクエストするのは正直気恥ずかしさがあった。
「うん、ダメかな…?」
「そんなことはありません。ですが、本当に良いのですか?」
確かに他にも話題の新作や、人気作品も上映されていて選択肢はたくさんある。聖川くんからしたら自分の出ている映画じゃなくて、落ち着いて観れる他のものが良いのかもしれない。
けど、
「うん、これが良いの」
純粋に聖川くんがお芝居しているところを見たいと思ったから。私の要望を快く受け入れてくれた聖川くんは、手際よく端末を操作していく。私がお金を払う隙も与えず、発行したチケットを渡してくれた。
シアター内は更に人が少なく、しかも仕事終わりと思われるサラリーマンがほとんど。聖川くんの存在がバレて騒ぎになる事はなさそうだ。
一番後ろの席に、二人で並んで腰掛ける。無意識に横の肘掛けに手を置こうとしたら、聖川くんの手に触れそうになって、咄嗟に引く。聖川くんは幸い気付かなかったようだ。
「(映画館の座席って、こんなに近かったっけ)」
少しでも手を伸ばしたら触れてしまいそうな距離。
慣れてきた、なんて思っていたけど嘘だ。聖川くんが横にいるだけでこんなにドキドキするのだから。
会話をする間もほとんどなく館内が暗転して、内心ほっとした。暗がりの中で、前をじっと見据える聖川くんの綺麗な横顔を盗み見る。こっそり見たことがバレないように、これから始まる映画に集中しようと私もすぐに前を向いた。