【デートとは】


二人きりで休日に出掛けるというのは、世間一般的にはデートに括られるのだろうか。
うーんうーんと、一人で悩んでいたらあっという間に当日がやってきてしまった。

今日は聖川くんとの、約束の日である。


前日に彼から来た連絡には待ち合わせ場所と時間、それから「少々歩きますのでなるべく動きやすい服装でお願いします」との丁寧すぎるメッセージが記されていた。

とりあえず動きやすい服装…という事で花柄のブラウスに紺色の綺麗めパンツを合わせた。ピンヒールを履こうとした足元は、ぺたんこのローファーにして。髪はおろして毛先を緩く巻く。こんな感じで良かったのかは分からないけど、自分なりに精一杯粧し込んで来たつもりだ。なんて言ったって相手はあの聖川くんだもの。


もし…もしこれがデートになるのであれば、それを体験するのは何年ぶりだろう。


「(せっかくだから楽しもう…楽しみたい)」


やや緊張はあるけれど、それよりも楽しみだという気持ちの方が大きかった。腕時計を確認すると、待ち合わせよりもかなり早く着いてしまったみたいだ。うーん、浮かれてるのかなぁ、私。


「すみません、お待たせしました」

意味もなく手ぐしで前髪を整えながら待っていると、そっと後ろからかけられた小さな声。
ゆっくり振り返ると、やっぱり聖川くんだった。聖川くん、と名前を呼ぼうとした声は何とか飲み込んだ。外にいる以上、芸能人の彼の名前をむやみに呼ぶ訳にもいかない。


「では行きましょう、今日はよろしくお願いします」
「うん!こちらこそ」




───


「……ここ、山?」
「ええ。またここから少し歩きますので…足元にお気をつけ下さい」

待ち合わせ場所から少し歩いて辿り着いたのは…緑が生い茂った山だった。山、と言っても歩道はちゃんと整備されていて歩き辛いという事は無かった、聖川くんは気にかけてくれたけど。

あれかな、山登りが趣味とかかな。
見かけ…というかイメージと違って結構アクティブなのかな、なんて考えながら半歩先を歩く彼に着いていくように、歩みを進める。

「山頂まで歩くの?」
「いえ、もうすぐ到着します…ここですね」
「ここって…」
「滝です」

崖の間から流れる大量の水、ドドドという大きな音に、跳ねる水しぶき。
きょとんとする私をよそに、「着替えてきます」なんて言って先に進もうとする聖川くん。さすがに歩みを止めたら、立ち止まって私の方を振り返ってくれた。


「……滝?」
「はい、滝です」
「た、き……」
「滝…まぁ、滝行ですね」
「それはあれ、打たれる……的なあれですか」
「打たれる的なあれです」
「よ、よく来るの?」
「オフの日は大抵来ています」


打たれる的な…滝行…?それは聖川くんの趣味なのだろうか。もしかして聖川くんって、天然というかやや変わってる?休日に修行をするなんて、どれだけ真面目なんだ。それとも何か悩みでもあるのだろうか…煩悩とか見るからに無さそうなタイプだけれど…うーん。


「櫻井さん?あの、とりあえず早く済ませますのでこちらで待っていて下さい」
悶々と考え込んでいると、聖川くんが不安そうに私の顔を覗き込む。


滝行……滝行。彼の顔を見ながらその聞き慣れない言葉を何度も頭の中で反復しているうちに、


「私も、」

少し、いやかなり興味を持ってしまっていた。





────



「私も一緒にやってみたい……」

櫻井さんからの返答は俺の想像とは全く違ったものだった。おずおずとこちらの様子を伺いながら、控えめに放たれた言葉。

「……一緒に、ですか?」
「うん。だめ、かな…」

正直、憚られた。俺の休日に付き合ってもらうと言うだけで、彼女と一緒にというつもりなど全くなかった。少しだけ待っててもらえれば、それで良いと。
実際、俺のオフの日の過ごし方という点では間違っては、いない訳だ。だが櫻井さんを巻き込むとなると…さすがに気が引けた。


「あの、かなり濡れますし…」
「でもちゃんと着替えるんでしょう?」
「そうですが…初めてでしょうし、自分で言うのも可笑しいですが、かなりキツいかと」
「け、けど!何事も経験って言うし!」



ずいっと顔を近づけ、意外にも引いてくれない櫻井さん。結局彼女の押しに負けて──



何故か今俺は櫻井さんと共に滝に打たれている。



ドドドド…と勢いよく身体を打ちつける水。手を合わせ無心になろうと努力するが、今日ばかりは隣にいる櫻井さんが気になって仕方がない。
ちらりと横を確認するが肝心の櫻井さんはと言うと、声を出すことも動くこともなく、ただ目を瞑りじっと手を合わせている。

いかん、集中せねば…。何故こうも、心が乱れているんだ。
終始その日はあまり集中も出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。





「櫻井さん」
「……」


数十分打たれた後、滝から離れた櫻井さんにびしょ濡れになった全身を拭くようタオルを差し出す。俯いた櫻井さんは小さく頷きながらタオルを受け取り、顔に当てた。
その反応に、不安が過ぎった。やはり無理をさせた、と。


「申し訳ありません。このような事に付き合わせてしまい…」
「…っ、ふふ…」
「もっと別の場所にすれば良かっ…」
「ふふっ、あははっ…!」
「櫻井さん?」
「何これ!こんなの初めて!!すっごく楽しかった!」


突如楽しそうに笑い出した櫻井さんの反応に呆気に取られ、間抜けにも固まってしまった。

それは屈託のない子どものような、笑顔だった。



「気持ちもスッキリするし、なんか開放感!一皮剥けたというか…大きい仕事の前とかにやると、すごく良いかもしれない…!ね、聖川くん!」
「……」
「あ、あれ?聖川くん?」
「……っ、」
「お、おーい」


櫻井さんの反応が嬉しかったのか、その笑顔を見た事によるのか、顔が急速に火照る感覚を覚えた。自分の表情を見られぬよう、咄嗟に彼女から顔を逸らした。


「ど、どうしたの?」
「何でも、ありませんっ……」


自分でもよく分からない胸の高鳴りを必死に抑える。どうやらまだまだ修行が足りないようだ。
余計な煩悩を消し去るべく、誤魔化すように手で持っているタオルで顔を隠した。



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