【相談をする】


「…おかしくないだろうか」


櫻井さんと食事をしたあの日に、交換した連絡先。スケジュールが分かったら連絡すると──そう約束をしたがため、自分からメッセージを送ることになってしまった。文章が変ではないか何度も確認をする。やたら長くなってしまった気がしないでもないが……意を決して送信ボタンをタップした。


スマホを前に床に正座をして待機する。いや、何をしているんだ俺は。彼女だって仕事をしているだろうから、そんなに早く返事が来る訳でもないはずだ。それは分かっているのに。

小さく溜息を零してから夕食の支度でもしようと立ち上がろうとした所で、聞こえた通知音。
画面を確認すると、可愛らしいウサギのスタンプと一緒に櫻井さんからの返信が。



『連絡ありがとう!その日で大丈夫です』
『分かりました。何処か行きたい場所はありますか?』
『行きたい場所ではないけど…やってみたいことは、少しだけ』
『良いですよ。何でしょうか』

そんなやり取りをしていると、櫻井さんから返ってきたのは、意外なリクエストだった。





『聖川くんのオフの日の過ごし方を見てみたい』







「………」
「なんだよ人の顔じっと見て」
「…いや、」

控室でスマホを操作している神宮寺の顔を盗み見ていたら、俺の視線に気付いたのか奴は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。


「(神宮寺なら、こういう時どうするのだろうか)」

恐らく奴ならば女性が喜ぶような場所をたくさん知っているのだろう。聞けばもしかすると、もしかするとだが参考になる意見が聞けるのかもしれない……そう思い口を開こうとしたが思いとどまった。やはり辞めよう、奴に頼るのは出来る限り避けたい。どうせ馬鹿にされるに決まっている。



「お疲れ様ー!二人ともこの後暇?」


今日は雑誌の撮影があり、もう既に終えたところだ。一緒になったのは神宮寺と一十木という、やや珍しい組み合わせだった。


既に私服に着替え終わった様子の一十木が明るい声を響かせる。その姿を見て、自分も着替えねばと思い立った。どうやら考え事をしていたせいか俺は、帰り支度すらしていなかったらしい。


「いや、オレはドラマの顔合わせ兼食事会」
「そっかー。マサは?」
「俺は特に何も」
「ほんと!?じゃあ一緒にメシでもどう?」


一十木か…一十木なら話を聞いてくれるだろうか。流行りの場所等に詳しそうだ…いや、分からないが。


そう思い、食事をしながら相談してみたはいいが…




「……え?」

当の一十木が口をぽかんと開けて、固まってしまった。
手に持ったスプーンが傾いて、ビーフカレーがポタポタと下に垂れていく。
零れてるぞ、と指摘すると一十木は我に返ったように、スプーンを口に運んで飲み込んだ。


「あのマサが?学生の頃からクッソ堅物だったマサが?女の子とデート…!?」
「いや、別にデートという訳では…」
「うわ…どうしよう…!嬉しいよ俺!マサが大人になったみたいで…!」
「別に今まで子どもだった訳では」
「うんうん!それで…『オフの日の過ごし方を見てみたい』かぁ…」
「あぁ、何か良い案はあるだろうか」

冒頭に少し嫌味を言われた気がしなくもないが、それよりもデートという言葉に過剰に反応してしまう。
いや、その…この間の礼をするだけだ。そうだ、うむ…そう心の中で呟いてからオムライスを口に入れた。


「そんなに難しく考えなくて良いんじゃない?
普通に、マサの休日に付き合ってもらえば」
「うむ、そうか…」

俺の休日…か。櫻井さんはそれを共にして本当に楽しいのだろうか。どうしても不安は拭えないが一十木もそう言っている訳だ、いつも通りの自然な俺を見てもらう事としよう。

一人でようやく納得をしていると、一十木が頬を緩めて楽しそうに笑っている。どうした?と聞くと嬉しそうに口を開いた。


「でも、なんか良いね」
「何がだ?」
「その女の子だよ!高級レストランに連れてってー、とかテーマパーク行きたい、とかじゃなくて…ただ一緒に休日を過ごしたいなんてさ」
「そうなのだろうか。一般的にはそうリクエストが多いのか?」
「少なくとも、俺の周りではね」

肩をすくめて呆れたように、一十木はグラスの水を一口飲んだ。芸能人に近付いてくるのなんてそんなんばっか…そんな愚痴を言う一十木を見る限り、よっぽど嫌な経験でもしたのだろう。


「てかさ、マサの周りでもいるでしょ?連絡先聞いてくる共演者とか」
「あぁ、確かに」
「教えたことある?」
「女性に限って言えば、個人的な連絡先はなるべく教えないことにしている」
「でもその女の子には教えたんだね。そんなに警戒心の強いマサなのに」
「……む」


「よっぽど気に入ってるんだ、その子のこと」



気に入っている…

俺が、櫻井さんの事をか?


不思議な女性だとは思った。それにどこか気になる存在であることは否定出来ない。
会って間もないのに、一緒に過ごす時間が苦痛ではない。それがイコール気に入ってると言う事かは、


「…まだ、よく分からんな」
「へへ、そっか!あ、でも…ちゃんと彼女が喜ぶこともしなきゃダメだよ?なんてったってデートなんだからね!」


食事を下げてもらった後、例えばー…とスマホの画面を見せる一十木にふむふむ、と頷いた。

そんな俺を見て、一十木がまた笑いを零した。



「俺、マサとこういう話が出来る日が来るとは思わなかったな」
「そ、そうか」
「だから嬉しいよ。頑張ってね!」


教室で机をつけて談笑していた、学園時代を思い出す。あの頃と変わらない笑顔で笑いかけてくれる目の前の友人に、心の中でそっと、礼を言った。




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