【かれのこと】


「やった!電気代ちょっと下がってる」

仕事帰り、ポストに投函されていた領収書をチェックして、小さくガッツポーズをした。よし!節約の成果あり!


最寄りの駅から徒歩20分。利便性は決して良いとは言えないけど、少しでも安くて、なるべく新しい綺麗なアパートを選んだ。

奨学金の返済と…数年前に他界したお父さんの借金に、病院に入院しているお母さんの医療費。返済するお金もあって決して贅沢は出来ないけれど、最低限の生活は維持出来ていて、それだけで十分幸せだった。


だけど、

「趣味が節約って切ないよなぁ…」

スーパーのタイムセールで買ってきた食材をテーブルに置いて、リモコンでテレビを点ける。それと同時に耳につけていたイヤホンを外して、音楽プレイヤーの停止ボタンを押した。


ここ最近は、ずっと通勤途中に聖川さんの音楽を聴くのが習慣になっていた。正確に言うとST☆RISHの曲、だけれど。キラキラのアイドルソングなんて今までハマったことはなかったけれど、不思議と元気付けられるその音楽にすぐに虜になってしまった。

その中でも特に聖川さんの透明感のあるその声で奏でられるメロディーは本当に耳に心地よくて。私、聖川さんの歌がすごく好きだ。これはCD全種類集めてしまいそうな勢いかもしれない。



「…あ、」

ちょうど流れたテレビ番組に、聖川さんが映った。
MCとトークをしながら、ゲストのルーツを振り替える番組だ。


そういえば私、聖川さんのこと……ほとんど何も知らないなぁ。

興味が沸いたから音量を上げてから手を洗って、サラダ用のレタスを千切りながらテレビに注目する。



へぇ…アイドルの専門学校に通ってたんだ。
ST☆RISHの名前は知ってたけど、みんな学園の同級生だったんだね。


デビュー時のライブ映像がテレビに流れる。四年前という事もあって、少しあどけなさと初々しさが残っている。ワイプに聖川さんが映って、当時のことを照れ臭そうに語っていた。

楽しそうに、キラキラとした笑顔で歌う聖川さん…撮影の真剣な表情とも、打ち上げの優しい笑顔ともまた違った表情で──


「やはりライブは一番好きですね。ファンの皆の反応がダイレクトに伝わるんです。特にデビューライブの時は本当に楽しくて……あの時の皆の輝く笑顔は今でも忘れられません」


華やかな衣装を着て、マイクを持って歌う聖川さんに、釘付けになってしまう。その笑顔があまりに眩しすぎるから。輝いてるのはあなたの方だよ、なんて思いながらコンロの火を点けた。よし、あとはスープを作って完成かな。



「ところで、恋愛の方はどうですか?忙しくて彼女を作る暇もないでしょ?」
「い、いえ…!今は仕事が充実してますので、」
「またまた〜!別に事務所的にNGではないんでしょ?でも、アイドルだから恋愛はご法度か」
「早乙女学園時代は恋愛禁止の校則がありましたが……いまは、まぁ…ど、うなのでしょう」
「ふふ、照れちゃって可愛い」


恋愛の話になった途端、顔を赤らめて動揺している。
顔の前で手を振りながら隠そうとしているけど、隠せてないよ聖川さん。

あんな格好良い人に可愛い、だなんて言うのは失礼だと思うけれど。今日はテレビ越しだけど、私が見たことがなかった聖川さんの色々な表情が見れて、本当に新鮮だ。



「あっ!いけない!」

ニヤニヤしながらテレビばかり見ていたら、いつの間にか沸騰していた鍋の中。
慌てて火を止めて、ほっと息を吐く。


お皿に盛りつけて食事の準備が終わっても番組はまだ続いていて、いつの間にか聖川さんの小さな頃の話になっていた。子どもの頃の写真がテレビに次々と流れる。わっ!小さい頃から美少年すぎ……。可愛すぎるその姿に、思わず画面に釘付けになってしまう。


「聖川さんはあの有名な聖川財閥の長男で──」
「ざ、財閥!」

自分には全く縁のないその言葉に、持っていたお箸を落としそうになった。

かの有名な、とテレビでは紹介されているけど生憎全く知らない…しかも聞いたこともない…。でもあの所作や態度からは確かに育ちの良さが滲み出ていて、良いお家の出身だということは妙に納得できた。



「ううう…私とはだいぶ住む世界が違う…」

とは言っても、聖川さんと特別に深い関係になる訳でもないし…あまり関係ないか。

この頃の私は、能天気にそんな事を考えていた。



テレビ番組が終わってすぐに、また聖川さんが映った。私が参加した緑茶のCMだ。その場に自分が居合わせたことが、なんだか不思議に感じて、でもやっぱり嬉しくなって。


「うん、美味しい」


手元に置いたペットボトルの緑茶を、テレビの聖川さんと同じタイミングで口元に運んだら、ぽっと心が穏やかな気持ちになって、なんだか幸せな気持ちになれた。



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