White Day Waltz


ホワイトデー、それは
毎日の感謝を思いに込めて
精一杯にお前を大切にする日。





「(どうしよっ…間に合うかな?)」


3月14日のホワイトデーを、まさか一緒に過ごせるとは思わなかった。恋人同士にとって大切なこの日に、真斗は一日お仕事もオフだからと私をデートに誘ってくれたのだ。


「お前の一日を、俺にくれるか?」


そんな素敵なお誘い、断る理由なんてもちろんなくて、少しでも可愛いと思って欲しくて。
何度も服を着替えたり髪を巻いたりしてたら、予定より家を出る時間が遅くなってしまったのだ。

オフホワイトの春ニットにブルーのスカートを合わせたとびきりのお洒落。そんな可愛いはずの格好なのに私はと言うと、下ろしたてのパンプスでアスファルトを叩いて、急いで待ち合わせ場所を目指して全力疾走していた。多分彼はすでに到着してるだろう、真斗はそういう性格だ。


待ち合わせ場所に指定されたオブジェの近くに辿り着くと、ぴんと背筋が伸びた立ち姿が見えた。何もしていないのに、私の彼氏は本当に絵になる。


声を掛ける前にさっと手鏡で前髪を直し、口紅を塗り直した。もう一度だけしっかり確認してから、何食わぬ顔で真斗に駆け寄る。時間は、ぎりぎり間に合ったみたいだ。



「真斗っ、お待たせ」
「…莉子」

はぁ…ホワイトデーという今日に会えて幸せだ。一人で込み上げる嬉しさを噛み締めていると、真斗の指が私の前髪にそっと触れた。もちろん、乱れない程度に優しくだ。


「ばっちり決まっているな」
「え……もしかして、見てた?」
「何度も鏡を見返している姿か?」
「もう!気付いたなら声掛けてよー」

膨らました頬すら優しく撫でられれば、もう何でも許してしまう。笑いながら「俺が悪かったな、すまない」と滑った手が、私の手に触れた。指を絡めてしっかりと繋がれた手が嬉しくて、腕にそっと身体を寄せた。特別な日なんだもん、ちょっとくっついても許されるよね?





「……可愛い!」
「定番とは違うものだが、たまには良いだろうと思ってな」
「うん、すごく美味しそう…こんな素敵なお返し、初めてだよ」


ランチにと誘ってくれたレストランで食事を終えた後、真斗が私に「バレンタインのお返しだ」と渡してくれたもの──黒の小さな袋に入っていたのは、桃色のお花の練り切り。とても可愛らしい和菓子だった。その場で摘んでしまいそうになるのをぐっと堪えて、スマホで写真だけ収める。


「今、食べても良いぞ?」
「ううん、ご飯食べたばかりだし、ゆっくり味わいたいから…あ、感想また言うね」

丁寧に箱を閉じてから黒い袋をぎゅっと抱き締めた私を見て、真斗は嬉しそうに微笑んだ。それに釣られて、私もついつい笑顔になっちゃう。…へへ、幸せだなぁ。


「では次は…買い物に付き合ってくれるか?」
「う、うん。もちろん良いけど…珍しい、いつも私が付き合ってもらってばかりなのに」
「もうひとつの、お返しだ」
「?」









───


「……!」
「さぁ、入るぞ」
「ちょ、ちょちょ待って…!」

しばらく歩いているうちに高級なお店が並ぶ通りに出たから、何となく嫌な予感はしていた。私には馴染みはないけれど有名ゆえその名は知っているお店に、真斗は何の躊躇いもなく入ろうとする。


「私、カルティエなんて入ったことない…!」
「臆することはない、行こう」

エスコートするように腕を出した真斗に、半ば縋るように腕を組んだ。綺麗な店員さんの視線が恥ずかしい。そろそろと中に入るとキラキラと輝くジュエリーが目に入った。


「(…きれい)」

普段手が出せない高級ブランドとはいえ、憧れがない訳では無い。ついまじまじと見つめていると、真斗が店員さんと何かを話して…いくつかのリングをトレーに乗せて出してくれた。小さな輪っか…ピンキーリングだ。


「どれも可愛いすぎる…」
「だな。好みのものはあるか?」
「えっ、いいよ!悪いもん」
「良いから、一つ選んでくれ」


いつも貰ってばかりなのに申し訳ないと思いつつ、目の前のリングについ目を奪われちゃう。少し悩んでから、私は一番シンプルで特別な装飾のない、シルバーのリングを指差した。


「…分かった。すみません、こちらを」

だけど真斗が店員さんに伝えたのは私が選んだそれではなくて、その隣にある小さなダイヤがあしらわれたピンクゴールドのリングだった。どうして…と疑問を抱き、慌てて真斗の顔を見上げた。


「視線がずっとこっちだったろう?莉子のことなら何でも分かるさ」
「ごめんなさい…高いからって思って…」
「…そんな所もお前らしいがな。俺にだけは、何も遠慮しないで欲しい」


優しく微笑んでくれる真斗に胸がきゅんって締め付けられた。いつも真斗は優しくて私のこと、よく分かってくれていて。そんなところがたまらなく大好きなんだ。


「…リング」
「ん?」
「今、嵌めていっても良いかな…?少しでも早く、身につけたいの」


そう言うと真斗は嬉しそうに私の左手の小指に、買ったばかりのピンキーリングを嵌めてくれた。キラキラと輝くそれを空にかざしながら、お店を出て街並みを歩く。

本当に可愛い、ついつい見とれちゃう。それに嬉しくて今にでもスキップをしてしまいそう。



「よく、似合っているな」
「ほんと?」

真斗の顔を見上げてもう一度、「ありがとう」と伝えた。プレゼントをくれたからだけじゃない、いつも一緒にいてくれて…私をこんなにも想ってくれてありがとうの意味を込めて。



「…そんな可愛い顔で見つめないでくれ」
「い、いつもと同じだと思うけど」
「我慢が利かなくなる」


そう話した真斗がぐっと私の腕を掴んだ。大通りから少し逸れた、人通りの少ない路地裏。


腰に腕が回って抱き寄せられたと思ったら、真斗の指が私の顎をそっと掴んで…だけどちょっと強引に持ち上げられて。


「…誰かに、見られちゃう」
「今はどうでも良い」
「けど」
「キス、して良いか?」


言葉で良いよ、という前に瞳を閉じて身を任せた。何度も何度も重なる唇にただ酔いしれて、誰かに見られるかもしれない危険性が更にドキドキを加速させている気がして。


自分からは決してその温もりから離れることなく、真斗が満足して離してくれるまでずっと抱き締め合っていた。




  
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