▼ White Day Waltz


ホワイトデー、それは
愛を何倍にもして
あなたへ返す日。






「出来ればカジュアル過ぎる格好は避けて下さいね」


そうトキヤから言われた数日後、3月14日のホワイトデーを迎えた。
その日は珍しくトキヤも仕事が一日オフらしく、昼間から外でのデートをしようと誘われた。それがすっごく嬉しくて。

いつもはお家デートとか、夜からご飯とかのパターンが多いから…昼間からお出掛け出来るなんて、本当に今日は貴重な一日なのだ。


「格好、変じゃないよね？」

せっかくの外出デートだ。どうせならとびきりお洒落をしたい…そう思って莉子に買い物に付き合ってもらい、服と靴まで新調してしまった。


「一ノ瀬君はワンピースが好きだって」
「…？」
「真斗が言ってたよ」


そう教えてくれた莉子の言葉を参考に王道すぎるかもしれないけど白のニットワンピースを選んだ。靴とバッグは黒で締めて、差し色でラベンダー色の大きめマフラーを巻く。少しだけでもトキヤの色を入れたいって思っちゃうのは、どうしようもないから許して欲しいの。


大きなショーウィンドウを鏡にして、全身をチェックする。いつになく緊張してたら段々熱くなってきた。
マフラー…取ろうかな。そう思い俯いてマフラーに手を掛けた途端、ひんやりとした手が私の目元を覆った。



「…誰でしょう」
「…ときや」
「正解です」

パッと離れた手と同時に差し込む太陽の光に瞬きをしていると、微笑んだトキヤが私の顔を覗き込んだ。いつもこんなイタズラめいた事はしない人なのに珍しい。そう指摘するより先に、目に飛び込んできたトキヤのビジュアルが衝撃過ぎて、何も言えなくなってしまった。


「……！」
「紗矢？」
「まっ…」
「ま？」

「(前髪、上げてる…！)」


いつも比較的同じ髪型のトキヤが、今日は違っていた。上げられた前髪に普段はあまり見ることのない額と、きりっとした眉。
髪を上げることによってその顔面の格好良さが際立っていて。


「(うわーうわー！かっこいっ…)」

格好良いね、とか素敵だね、とか言いたいことはたくさんあるのに素直に伝える余裕もなく、私はその場で口をパクパクとして立ち尽くす。そんな様子の私を見て、トキヤは吹き出すように笑って私の手を取った。


「いつもとイメージを変えてみたのですが、いかがです？」
「うんっ…うん、すごく、かっこいいです」
「良かった。では早速行きますか」


昼間からのデートだから何処へ行くんだろう。そうワクワクしていると、トキヤがお気に入りのカフェに連れて行ってくれた。大好きなコーヒーに私だけミルクとお砂糖を入れて、二人で他愛もない話をした。何気ないこんなに時間が、本当に幸せだなぁって思う。


「バレンタインのお返しです」
「…わぁ！ありがとう！開けて良い？」


青色の箱に丁寧に収まるそれは、様々に形どられたクッキーだった。甘い物に目がない私が目を輝かせていると、トキヤは「聖川さんに手伝ってもらったんです」と教えてくれた。


「ふふふ、あのね…私も」
「？」
「今日の服、莉子と選んだの。気合い入れちゃった」
「そうですか…道理で。いつもに増して可愛いですよ」

サラリとそういうことを言うあたり、トキヤって本当にずるいなぁと思う。ようやく、圧倒的すぎるビジュアルに目が慣れてきたというのに。とりあえず目の前のコーヒーに手を伸ばして、落ち着け落ち着けとひたすら自分に言い聞かせた。

そのうち、トキヤが水色バンドの腕時計に視線を落とす。何だろう？と思って様子を窺っていると、目が合ってふっと微笑まれる。


「さて、では行きましょうか」
「行くって…どこに？」
「せっかくの日中デートですが、少し…夜の気分に浸ってみたくありませんか？」







───



「すご…初めて来た…」
「さすがに少し混んでいますかね。紗矢、手を」
「うん…ありがと」


人混みに紛れないように、恋人繋ぎにした手にぎゅっと力を込めた。大きなシアターに足を踏み入れて、トキヤに案内されるがまま、二人がけのソファに腰掛けた。ソファは大きく傾いていて、座ると自然と天を仰ぐ形になる。


すぐにブザーが鳴って、室内が暗闇に染まった。そして黒い天井に、ぽつぽつと光が灯り始める。そしてそれは…瞬く間に、美しい星空へと変わった。


「綺麗…」
「でしょう？」

それは私が初めて体験する、プラネタリウムだった。満天の星空が、線で繋がって星座になっていく。キラキラと輝く空に、ただ目を奪われた。


トキヤはどんな顔をしてるんだろう。ふと、そんなことを思いこっそり顔を傾けて横を見た。
すると、予想外にトキヤと目がばっちりと合う。トキヤも、私のことをじっと見ていたからだ。


「…トキヤ？」
「すみません、つい」
「？」
「綺麗な横顔に、目を奪われていました」

今の私はきっと、暗闇の中でも分かるくらい真っ赤になっているだろう。それくらい、きゅんっとしちゃってドキドキが止まらなくて。


「(格好良すぎるんだってば、もー！)」

照れて何も言えないまま、ふいっと視線を逸らして空を見上げた。するとすぐに、視界が暗くなる。トキヤが覆い被さるように私の席へと身を乗り出していた。

触れる手に、間近で感じる吐息。


「トキヤ」
「どうしました？」
「周りに、気付かれちゃうよ」
「大丈夫ですよ」

確かにこの暗闇に加え、二人がけのカップルシートだから…辛うじてまだ誰にも気付かれてないのかもしれない。でもこんな、大勢の人がいる前でこんな体勢になるなんて。

今日のトキヤは、一段と大胆だ。



「皆、星空に夢中ですから」

星をバッグにトキヤが色気たっぷりに微笑んだ。赤くなった頬を撫でられたらもう、私だってトキヤに夢中になってしまう。

目をそっと閉じて降ってくる唇を一度受け止めたら、もっとと言わんばかりに、何度も何度もトキヤが私の唇を奪った。




▼　　▲