赤い林檎に


「(浴衣デート、嬉しいな)」


可愛い浴衣を着ると自然と背筋がピンと伸びる気がする。薄黄色の生地にお花が可愛く咲いている浴衣。髪はお団子に纏めて、メイクもしっかりしていつも以上に気合いを入れた…つもり。お洒落をすると、心も踊る。軽快な足取りでカランコロンと下駄を鳴らしながら待ち合わせ場所に向かうと、すでに真斗が待っていた。


「真斗、お待たせ」
「…莉子」

真斗の浴衣姿は普段から見慣れているけど、今日は一段と格好良く見える。夜のせいか、お祭りという独特の空気のせいなのか…つい見とれてきゅんとしちゃう。


「浴衣、似合っているぞ」
「本当?」
「あぁ。俺の為に粧し込んで来てくれたのだろう?今日の莉子は一段と綺麗だ」

それに可愛い、だなんて言葉を重ねてくれて。
真斗はいつも私が浮かれちゃうような嬉しい言葉を真っ直ぐにくれる。ただでさえ浮き足立っているのに、もう。
大好きな人と、浴衣を着て夏祭りデート。私はなんて幸せなんだろう。


「あ、ありがとう」
「じゃあ行こうか。どこか行きたい店はあるか?」
「ちょっとお腹空いたから、何か食べたいかな。あ、でもその前に…」

真斗と合流したら真っ先に行こうと思っていた場所があったんだ。真斗と並んで歩きながら目的地へ向かい、店である物を購入した。


「ほう、これは面か?」
「うん。小さな頃お祭りに行くといつも買っていたの」

頭に着けたのは、動物を形どったお面だ。私は猫の、真斗には狐のお面を渡した。これを着けるとお祭りに来たって感じがするんだよね。


「それに、多少の変装にはなるかなって」

慣れない手つきで着けた真斗も、「そうだな」と言って笑ってくれる。手を繋いで指を絡め、人の雑踏の中へと二人で乗り込む。周りからはちゃんと、恋人同士に見えているかな。そうなら嬉しい。

真斗も珍しく少しはしゃいでいる様子で、たこ焼きの屋台を見つけて嬉しそうに駆け寄っていた。ちょっぴり子供みたいで可愛いと思ってしまったのは、私だけの秘密。


「たこ焼き一口ちょうだい」
「熱いから気をつけるんだぞ、ほら」
「あー…んっ、あっつい…」
「大丈夫か?どれ、舌を出して見せてみろ」
「は、恥ずかしいから嫌…!」
「何を今更」

ほら、ともう一度促した真斗は私の両頬に手を添えて顔を持ち上げた。されるがまま、あーんと口を開ける私…。ひ、ヒヨコみたいだ。やっぱり恥ずかしい。


「赤くは…なっていないな」
「も、もういい?」
「莉子は恥ずかしがり屋だな。次は何か冷たいものにしようか」
「は、恥ずかしがり屋じゃないもん」

ちょっと不満げに頬を膨らませた私にも真斗は穏やかに笑って手を引いてくれる…もう、そうやって優しくする。だからすぐに許しちゃう。


約束通りその後はかき氷を半分こして、だけどそれだけじゃまだ足りなくて、最後にりんご飴を二人分買った。甘くて優しい味…夢中になってつい頬張ってしまう。


「莉子、口に付いているぞ」
「えっ!?やだ、どこ?」

慌てる私に、真斗の指が近付く。拭ってくれると思い抵抗せずにいると、

ぺろり、と真斗が私の口の端を舐めた。


「…ちょっ!何して…!」
「汚れを取っただけだが?」
「もう!誰かに見られたらどうするの…」

ドキドキしちゃう私の気持ちなんて知らないだろう真斗は、いつもの様子で「顔が赤くて林檎のようだな」と笑った。


「(ずるいんだから、もう…)」
「そろそろ花火が始まるな。場所を移動しよう」
「そ、そうだね──っ!?」


歩き出した真斗の後ろを追って私も下駄を鳴らした時、後ろから突然ぐいっと腕を引かれた。何事かと思いバッと勢い良く後ろを振り返ると、見知った顔があったんだ。



「…やっぱり莉子だ。後ろ姿が似てると思った」
「ひ…久しぶり…」

ぐいっと近付いて、親しげに話しかけてくる男。突然の再会に、私も激しく動揺する。何より、真斗にこんな場面は見られたくなかった。

ちらりと真斗を見ると表情は崩さないまま。その男が私の腕をぐっと掴む。


「元気そうじゃん、莉子。一人?良かったら一緒に花火見ない?」
「一人じゃないから…ごめん」

そこまで話をして、ようやく彼は真斗の存在に気付いたようだ。変装の効果もあってか、相手が聖川真斗だとは思ってなさそうだった。


「もしかして、彼氏?」
「あ、えっと…」

何て言えば良いんだろう…。そこで私がすぐに「彼氏だよ」って言えば良かったのに、万が一真斗だとバレたらどうしようとか、揉めたら困るとか…色々な邪念が頭を邪魔して上手く返答出来ずにいた。


「なぁ莉子──」
「いかにも、そうだが?」

私が何か言うより先に、男の腕をを真斗が掴んだ。力を入れたのか「いてっ!」と言って離れていく彼の腕に少しだけ安心したのも束の間、今度は真斗が私の手を掴んで、力強く引き寄せた。

そのまま手を引いて、先へ先へと歩いていく。真斗は何も言わない。



「(どうして、こうなっちゃうの)」

表情は全く見えない、けどその後ろ姿と手を握る力の強さからほんのり怒りを感じてしまった。そしてその理由が私にあることは明白だった。いつもあんなに優しい真斗を…怒らせてしまった。

後ろで呆然としているであろう彼の事を気にしている余裕もなく、私はただ涙を堪えて、真斗について行くしかなかった。




  
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