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「すごい人だね…」
「う、うん…」
広い会場で、私と莉子は隅っこで肩を小さくする。だだっ広い会場にいるのはとにかく人、人…人だらけ。テレビで見た事のある有名人も居て、自分の彼氏がとんでもない人気者だと言うことを再認識させられた。
会場にはST☆RISHの面々やハルちゃん、トモちゃんも居る。もちろん、トキヤも。
さっきから話しかけに行こうとするけれど常に人に囲まれてて、中々行くことが出来ないでいた。
…当たり前だよね。だって今日の主役なんだもん。
せっかく、顔を見れたのになぁ。本人はあんなにも遠い距離に居る。
「私、ちょっと真斗に声かけてくるね。すぐ戻るから!」
「良いよ!ゆっくり話しておいで」
「ううん、すぐ戻る。ちょっとだけごめんね」
莉子が申し訳なさそうな顔をしながら、ちょうど一人になった聖川くんの元へ駆けていく。私が一人になるから気を遣ってすぐ戻る、なんて言ってくれたんだろうな。
莉子の姿を見て、顔を綻ばせる聖川くんが見えた。あぁ良いなぁ、なんて思ったりして。
だってだって、肝心のトキヤはパーティーが始まってからずーっと大勢の人に囲まれていて、当然私が話しかけにいく隙なんてない。
「…夜風にでも当たろ」
持っていたグラスのシャンパンも飲む気になれず、そっとテーブルに返す。会場の窓から私は一人外に出た。そこはちょうどテラス席になっていて、人は誰もいない。
昼間に比べれば少しだけ涼しくなった夏の夜だけど、吹いてくる風はどこか生暖かい。
テラス席に腰掛けることもなく、立ったまま外をぼーっと眺める。
「(私、今日何をしに来たんだっけ)」
バッグにそっと忍ばせた誕生日プレゼントも、渡すタイミングがあるか分からない。お誕生日おめでとう、ですら直接言えてないのに。
「…紗矢」
一人で外を眺めながら黄昏ていると、優しく私の名前を呼ぶ声が耳元に届いた。
振り向くよりも先に、ふわりと後ろから抱きしめられる。
いつもの香り、身体の前に回された腕…それがトキヤのものだと気付くのに時間はかからなかった。
「来てくれてたんですね、ありがとうございます」
温もりと優しい声に安心する。だけど同時に二人で過ごせない切なさに胸が苦しくなった。
どうせまた、すぐに他の人の所に行ってしまうんでしょう…?
「こんなの、何も楽しくない」
「…紗矢」
「私はトキヤと二人きりで過ごしたかったのに」
不安と寂しさからか、つい可愛くないことを言ってしまう。抱きしめるトキヤの腕の力がぎゅって強くなった。
「子供みたいな事を言わないで下さい」
もっと厳しく怒られると思ったのに、発せられたトキヤの声が予想よりもずっと辛そうで、私まで苦しくて泣きそうになる。
「分かってる……ごめんね」
「……」
「…ほら、みんなトキヤのこと待ってるよ。早く戻らなくちゃ」
腕を少しだけ強引に離した私は、その場で振り返ってトキヤの胸を押す。
「(本当はずっと二人でいたい…)」
この日のために新調したワンピースだって、高めのピンヒールだって。全部トキヤのために用意した物なのに。
けど、
これ以上トキヤを困らせたくない。だってトキヤは人気アイドルでみんなのものだから。誕生日くらい、私だけのものでいて欲しい…そんなの、わがままだもんね。
あ、まずい。泣きそう──
そう思って顔を下に向けた瞬間、身体がまた温もりに包まれた。さっきみたいな優しくではない、力が込もった両腕で、ぎゅっと強くトキヤに抱きしめられる。
「トキヤ、」
「本当は、私も紗矢と二人で過ごしたかった」
「…うん、分かってる」
「寂しい思いをさせてすみません。だけどこれだけは分かっていて欲しい」
背中に腕を回して、私もぎゅうって強くトキヤを抱きしめた。
「私はいつでも、あなただけのものですよ」
優しい声に嬉しくなって、トキヤの胸元に顔を埋めた。
「ねぇトキヤ」
「はい」
「戻らなくて、いいの……?」
「良いんです。もう少しだけ…」
…それからどのくらい時間が経ったんだろう。しばらくそのままでいて、そろそろ行かなきゃと思っているところで身体を離そうとすると、トキヤはようやく私の身体を解放してくれた。
「(これで、今日はバイバイかな…)」
離れた感覚に寂しさを覚えて俯いていると、頭上から「紗矢」と優しく私の名前を呼ぶトキヤの声が聞こえた。顔を上げると、スッとある物を差し出された。
「パーティーが終わったら先に向かって下さい」
「え…」
「このホテルのスイートルームのカードキーです」
「えっ?えっ?」
宴が終わったら、二人きりで過ごしましょう。
そトキヤはそう優しく私に微笑んだ。
それが嬉しくって幸せで。
8月6日はもう終わってしまうのに、私…トキヤとまだ一緒に居ていいの…?
「名残惜しいですが…また後で」
王子様みたいにおでこにちゅってキスを落としたトキヤは、そのまま会場の方向へ身体を向けた。
「トキヤ!」
「はい」
「お誕生日おめでとう!後で、プレゼント渡すね」
嬉しそうに微笑んだトキヤに小さく手を振ると、また幸せが込み上げた気がした。怪しまれるので少し経ってから会場に戻って下さい、というトキヤの言葉を守るために私はまた外を眺めてしばらく時間を潰す。
嬉しすぎて緩んでしまった頬を必死に抑える。
そしてルームキーをバッグにそっと忍ばせてから、軽くなった足取りで会場へと戻るのだった。
…これから迎えるであろう、甘い時間を楽しみにしながら。
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