初恋を君に捧ぐ
「……ぷっ」
「な…!笑わないでよ音にい!」
「だって涼花、右手と右足が一緒に出てる」
「緊張してるのっ!仕方ないでしょ…」
ごめんごめん、って謝りながら音にいは私の手を取った。きゅっと恋人繋ぎされるその手から、幸せが溢れる。嬉しくてつい口角が上がってしまっていると、音にいが同じように嬉しそうな顔で笑いかけてくれた。
「そういえばお店、また戻るんだって?」
「うん。音にいのおかげでマスコミももう来ないし、店長が戻って来ないかって言ってくれて」
音にいと手を繋いでそんな話をしながら、私はある場所に向かっていた。ずっと行きたいと思っていた場所、帰りたいと思っていた場所───
私と音にいが一緒に過ごした児童養護施設だ。
小さな頃ずっと居たはずなのに、久々に帰ると言うだけで、何でこんなに緊張するんだろう。あぁ、心臓ドキドキする。
歩いて間もなく到着した施設の入口。
子どもの頃はあんなに大きいと思っていたその門も、今では不思議と小さく見える。その風景の懐かしさに、心が温かくなる気がした。だけど、やっぱり緊張は拭えない。
「11年ぶり……」
「ほら涼花、行こう」
「う、うん!」
「あーっ!音にいだぁー!」
門を通り抜けた瞬間、小さな男の子が私達の元に駆け寄ってきた。音にいは両手を広げて、おいでー!と男の子を抱きしめた。
その子の声に反応したのか、続々と子ども達が姿を現す。
皆の名前を呼びながら、笑顔を振りまく音にい。子ども達はみんな幸せそうな表情をしていて、音にいが本当に慕われてるんだなって言うのがすぐに分かったから、私にも自然と笑顔が零れた。
そんな音にいと子どもたちをを見つめていると、スカートの裾をくいっと引っ張られる。視線を落とすと、小さな女の子が私のことをじっと見上げていた。
「…おねーちゃん、だぁれ?」
「こんにちは。えっと…私は…その、」
「おとやお兄ちゃんの、かのじょ?」
「へっ!?」
「え!?音にいの彼女!?」
「ぼくもみる!」
「わたしもわたしもー!」
「いや!ちょ、…その、違っ…!違くないけど!」
彼女って言葉が擽ったい。しかもこんなに小さな子ども達に言われるのが、余計に照れ臭い。
音にいに助けて!と言わんばかりに視線を移すけど、音にいは助けてくれるどころか、私のスカートの裾を引っ張っていた女の子を抱き上げて、高い高いを始めた。
「そ!兄ちゃんの彼女だよ。可愛いだろー」
「もう!音にいっ!」
「らぶらぶ?」
「うん!ラブラブ!」
「何、言ってるの…!」
「え?何涼花。あ、この子の名前はミクね」
「そうじゃなくってー!」
「涼花ちゃん……?」
背後から聞こえる懐かしい声に、ゆっくりと振り返る。エプロンをかけたその声の主の女性は、大きく目を開いて私の事を見つめている。
ゆっくりと、徐々に近づく距離。
間違えるはずもない。小さな頃から、母親同然に面倒を見てくれた寮母さんだ。その顔は11年前と比べて確かに歳を重ねているけど、優しいその目元は11年前から何も変わっていなかった。
緊張で何も言えないでいると、音にいが私の背中を優しくぽん、と叩いた。
それに背中を押されるように、私も一歩ずつ、寮母さんに近づいていく。
どうしよう。なんて言えば良いのだろう。
こんにちは?久しぶり?言いたい事はたくさんあるのに……
「……た、」
勇気を振り絞って、私は俯きかけていた顔を上げた。そして、緊張で乾いた口をゆっくりと開いた。
「ただいま……」
振り絞った言葉に、寮母さんは目に涙を浮かべた。そして、すぐにぎゅっと力強く抱きしめられた。
「おかえりなさい、涼花ちゃん」
その胸の温かさに小さな頃の記憶が蘇って、私も釣られて泣きそうになってしまったんだ。
────
「そして王子様とお姫様は末永く、幸せに暮らしましたとさ、……あれ、ミクちゃん眠っちゃったみたい」
「本当だ」
私の膝ですやすやと寝息を立てるミクちゃんの髪を撫でる。絵本を読んでいる内に、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
「その本、涼花がよく読んでたよね」
「そう!まだあるなんて思わなかったから、びっくり」
握ったその絵本は、かなり古びている。それは私が小さな頃ずっと気に入っていた絵本だった。それだけじゃない、ここには音にいとの想い出がたくさん詰まっている。またここに戻ってこれて嬉しいって、今なら心からそう思える。
初めて恋をしたこの人と、初めて恋をしたこの場所で。
「……初恋は、叶わないって言うじゃない?」
「どしたの突然」
ぽつりと呟いた言葉に、首を傾げる音にい。そんな音にいに笑い返して、私は言葉を続けた。
「だけどね、私思うんだ。きっとそれは、初めて恋をする時には、それを叶える方法を知らないだけなんじゃないかなって」
「涼花……」
「小さな頃は、子どもの力じゃ何も出来なくて、私は音にいと離れるしかなくて……。だけど今こうして、音にいの傍に居られるんだもん」
「…そうだね」
「だから私今、すごく幸せ」
自分でもわかるくらいの満面の笑みを浮かべて、私は音にいを見つめた。
色々なことがあった。辛いこともあったし、不安になったこともあった。離れてから、再会してからまたあなたに恋をして──ううん、私はずっと音にいに恋をしていた。
きっとこれ以上好きになる人とはもう出会えない。音にいはきっと、私の最初で最後の好きな人なんだって…今ならそう、胸を張って言えるんだ。
「私を見つけてくれて、ありがとう」
「それは俺のセリフだよ。涼花が俺を見つけて、俺に向き合ってくれたから」
「ううん、音にいが夢を叶えてくれたからだよ。だから、ありがとう」
音にいは微笑んで、絵本を握っていた私の手に自分の手を重ねた。その手の温もりを、もう離したくても離せないんだろうなって思う。
「ね、涼花。今度デート行こうか」
「ほんと!?え、行きたい!」
「うん。どこか行きたい所ある?」
「えー、どうしよう…遊園地も行きたいし、遠出もしてみたいなぁ……あ!でも、ひまわり畑も行きたい」
「いいね!今頃ちょうど満開じゃないかな」
「うん!じゃあ約束!」
二人で小指を絡めた。叶う約束を出来るのが、こんなに幸せだなんて。改めて噛み締めていると、遠くから子どもたちの声が聞こえた。
「音にいー!外で一緒にサッカーしよ!」
「涼花おねーちゃんも!」
「うん!ほら音にい、行こ?」
「……涼花、これ貸して?」
「これ?どしたの」
片付けてくれるのかな。
素直に絵本を渡したら、音にいはそれを開いたまま私の顔の前まで持ち上げた。
「……っ!?」
そのまま重なる唇。瞬間、周りからはきゃーっと声が上がる。た、確かに教育上よろしくないだろうから隠してるのかもだけど!いや!多分もうバレバレだけど!
「音にいと涼花おねえちゃんがちゅーした!」
「音にっ…、急に何するの!」
「だって、涼花が可愛いこと言うから」
「そういうっ…問題じゃない!」
「え、だめだった……?」
「だっ…めじゃ、ないけどっ」
ごめんね、なんて舌を出して笑ってくるけどきっと反省してない。悪戯が成功した子供みたいで、小さな頃から本当に変わらない、音にいの笑顔。
「二人ともはやくー!」
「ごめんごめん、今行──」
立ち上がろうとした音にいのパーカーの裾を掴む。少し驚いた顔をした音にいの頬に、私はそっとキスを落とした。
音にいが意地悪だから、ちょっとだけ仕返ししたくて。
「大好きだよ
……音也」
願わくは、これから先……ずっと先の未来が、
いつまでも笑顔でありますように。
「……っ、反則だってそういうの……!」
恋するも愛するのも、最初で最後の
大好きなあなたと一緒に。
初恋を君に捧ぐ
FIN
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