重なる影
「もしかしたら、トキヤと皆に迷惑かけちゃうかもしれない」
そう音也から告げられた時は、何を今更かと思った。昔から共に過ごしてきた仲だ、何も気にする事はないというのに。
しかしながら、朝のワイドショーには驚いた。本当に、音也らしいと思いつい笑ってしまった。恐らくはその件か、もしくは音也の居場所か──呼び出された理由を推察しながら社長室のドアを開ける。
「……ったく、何してんだあのバカ!!」
「あ!トキヤちゃんこんにちは〜!ごめんねぇ電話鳴り止まなくって」
「いえ、構いませんが……」
事務所の電話が鳴り止まないせいで、日向先生と月宮先生は先程から対応に追われているようだ。それはそうだろう、まさかの現役アイドルが「好きな女の子がいる宣言」をしたのだから。
「オイ一ノ瀬!一十木は今どこだ!」
「夜の収録までは空き時間でしたので。申し訳ありませんが私にも行き先は」
「連絡先は!」
「残念ながら繋がりませんでした」
「あーっ!もう、そうかよ!」
明らかに苛立つ日向先生の後ろで、社長は窓の外を眺めている。後ろを向いており、その表情は分からない、今一体音也に対し何を思っているのかも。
「Mr.イットキハー……」
「早乙女さん?」
「…度が過ぎるくらい、真っ直ぐな男デース」
その言葉があまりに的確で、また笑ってしまう。その声色からは、怒りは全く感じられなかった。
社長の横に並んで、今後の行方を占うように、自分もまた窓の外を眺めた。
さて、音也は答えを出しましたよ。
「あなた」は、これからどうしますか?
───
小さな頃からずっとそばにいて。
気付いたら本当に大好きになっていた。
早乙女学園に入学した時、デビューライブの時…いつでも最初に思い浮かぶのは幼い頃の涼花の顔だった。
再会してからも、それは変わらなかった。大人になった涼花に会ってから、ずっと考えていたのは彼女の事ばかりだったんだ。
涼花へのその気持ちに、もっと早く素直になれていたら…もっと何か変わっていたんだろうか。
そんな事を考えながら、公園のジャングルジムに腰かけて今日リリースしたソロ曲を口ずさむ。今日は晴天だから、夕日も眩しいくらいに空と公園を照らしている。
事務所からの着信がしつこく鬱陶しくて、スマホの電源は切ってしまった。あー、あとでこっぴどく怒られるだろうなぁ、なんて。
だけど、どうしても伝えたかったんだ。
「……なんてね」
あの放送を涼花が見ているかなんて分からない。CDの中に忍ばせた手紙を見たかも知らない。
もし、見ていたとしても涼花がここに来る保証なんでどこにもないのに。
それでも俺は、きっと彼女を待ち続けるんだろう。
だって、もう…自分の中で答えを出したのだから。
夕日が眩しくて、目を細めた。そして一呼吸して、もう一度歌を口ずさむ。募るのは涼花への想いばかりだ。
「もし、もう一度会えたなら」
我ながら、恥ずかしい歌詞を書いたと思う。だけどこれが涼花への素直な思いだった。
どうかもう一度、涼花の笑顔が、見れますようにと。
「笑って君に、こう伝えよう」
だって、俺は
「俺の初恋は、」
涼花の事が、好きだから。
「君に──」
「音にいっ!!!」
「捧げた、と……」
歌っている途中で、下から聞こえた大きな声。
それは紛れもなく、たった今想っていた彼女のもので。
「涼花……」
「音に……、音にいっ!」
下から一生懸命に、叫ぶ涼花の姿を見て、俺は慌ててジャングルジムから飛び降りた。
息を切らす涼花と向かい合わせになる。
ようやくまた会えたはずなのに、上手く言葉が出てこないのは何でだろう。
歌にはあんなに想いを乗せることが出来るのに。
夕日をバックに涙目で息を切らす涼花に、泣きながら別れを告げた幼い頃の涼花の姿が、重なって見えた。
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