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僕の側から、声が消えた
煩くて、迷惑だってずっと思っていた彼女の声が

先週から、聞いていない

エントランスに飛込めば、何時も当たり前だった取材

毎回、しつこいくらい
ラクロス部のマドンナだと言われる人を振った時だって、早耳な彼女は真っ先にやって来たのに



(そういえば、他の誰かも、)


追い掛けられているのを見ない
何て、不思議な光景

一週間以上経つんじゃないかな


こんなにも静かな日々が異常とも思えた


月森の迷惑そうな顔も、このクラスにやって来る姿すらない今日



「東雲さん、天羽さんって最近大人しいみたいだけど何かあったのかな」
「あれ、加地くん知らないんだ。天羽ちゃんね、野球部のプリンスって呼ばれてる人に告白されたんだよ」
「…へぇ、そうなんだ」



それ以降も解りやすい説明は続いたけれど、来ない理由が明らかにされたかどうかは、僕は知らない
言葉は右から左に流れて行って、ちゃんとは聞き取れなかったし、そもそも覚えていない

何だか、どうでもいい、下らない理由だと思ったから聞く事を止めてしまった
だって、付き合う男が居たら追い掛けっこを諦めてしまうなんて

知りたかったことは放棄して、ネタになる部員を対象に
そんな事ってあるか

何だか彼女らしくないなって

しつこいのが売りだって、勝手に思っていたから
あの口から『取材』って言葉が出ない事に相当の違和感

今まで視て来た彼女と比べると何だか別人の様だとさえ



生徒の声、飛び交う広い空間
足を踏み入れれば、何時だって金色は



(そう、誰の声より先に、)


耳に届いていた

それなのに今は
エントランスに、君は居ない

多分グランド辺りで、そのプリンスとやらに話を訊いているんじゃないかって
考え始めた自分が嫌で、頭を振った矢先


「加地くん!」


ちょっと話があるんだけど
まるで、彼女が僕を呼ぶように話掛けて来た別の生徒

ああ、たしかこの間も

こうして捕まって、告白されたんだっけ
付き合ってくださいってさ


話くらい聴いたらいいのにね
今はそれすら煩わしい

どうせ、断るんだから一緒だよ

ごめんね
今は、求めている声だけが欲しいんだ


「ごめんね、君の気持ちは受け取れないんだ」


振り払ってしまって本当に、ごめん
きっと、勇気を持ってそうしてくれたんだって思う
でも、ダメなんだ




(…今更、本当は訊いて欲しかった、何て)



言うつもりはないけど

ただ、どうしても君の声が聴きたい


ラクロス部を観に来たんじゃなくて
探しに、来たんだ

王子の方を拝む為じゃないよ
その相手



離れた位置、ホームランボールが飛んできそうな

見慣れた金色がカメラを構えて揺れる

懸命に、何かを追い掛けて射る姿
こうして真っ直ぐに見たのは初めてかもしれない



(何だ、プリンスは一緒じゃないんだ)



それはそれでちょっとつまらない

折角なら言ってやりたいと思ったのにな


「天羽さん、ちょっといい?」
「え、あー、ごめん!今、手放せないんだ」



そう言った彼女もカメラもずっと、バッターを捕えている
瞬間、ピッチャーが振りかぶった

グランドの土を踏む音
緊迫した空気


バットは白球に喰らい付く
その隙を彼女は逃さない

追うようにフラッシュが辺りを包む


飛んで来るボールを見遣りながら、僕は告げた


「じゃ、そのままでいいから、耳だけ貸して」


彼女が振り返るより先、頭上に両手を掲げてホームランの成り損ないを掌に受け取った


どす、と衝撃が走る
じんじん、手が痛んだ
ライバルの素晴らしいパフォーマンスに、新しい対抗策を



「僕ね、天羽さんの事、好きかもしれない」
「は……?え、何?」



アウトだよ、バッターのプリンスさん



「憧れと、『好き』は別物だから。まだ『かも』だけど、そのつもりでいてね」



にこり、彼女に向かって微笑んだら、向こうでバッターが何か言ったから、ボールは思い切り投げて返した


自分の本当の気持ちに気が付いたから、これだけじゃ行動は終らないよ
でも、何時も見られない表情が見られたし、今日は、ここまで



さて、カメラは明日、何を追うのかな




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