ル イ ラ ン ノ キ


 19…「大森稲荷神社」



翌朝、私はお婆ちゃんに連れられて家を出た。何処に行くのか尋ねても答えてはくれなくて、「着いてからのお楽しみ」と、ウインク付きで可愛く言われてしまった。

バスに乗って向かった先は、大森稲荷神社という場所だった。私はお狐さまとのこともあり、神社の鳥居を見ただけで不快感をきたした。

「おばあちゃん、なんで神社なの……?」
「お狐さまの夢を見たからね」
「え……」
 私は驚きながら、平然と鳥居の横から敷地へと足を踏み入れようとした。
「りん。きちんと一礼してから鳥居をくぐって入りなさい」
「あ……ごめんなさい」
 と、すぐに鳥居の前に戻り、一礼した。
「鳥居は神聖な領域への入口を示すものだよ。それから、参道を歩くときは端を歩くんだよ?」
「なんで?」
「真ん中は正中といって、神様が通るのさ」
「…………」

芒之神社のお祭で参道を人がごった返しているのはいいのだろうか……。
私はお婆ちゃんの後ろを歩きながら参道の端を通った。御手水舎では見よう見真似で手を清めてから、本殿の前に立った。──と、本殿の中から視線を感じた私は“それ”と目が合い、背筋がぞっとした。

「お、おばあちゃんあれっ……」
 私が指を差した先にあったものは、本殿の中に飾られていた白い狐のお面だった。

私が出会って言葉を交わしたお狐さまが頭につけていたお面と同じものがいくつか並んでいる。

「ここは稲荷神社だからねぇ」
「いなり神社って……なんだっけ」
「おやまぁ……」
 と、お婆ちゃんは呆れた目を私に向けた。
「稲荷神を祀った神社だよ。うかのみたまのかみ」
「え? うかの……」
「別名を三狐神(みけつかみ)」
「え? おばあちゃんさっきから何言ってんそれの日本語?」
「稲荷神の使いとして狐がいるのさ」

そう言ってお婆ちゃんはおさい銭を私に渡した。

「二礼、ニ拍手、一礼だよ。感謝の気持ちを忘れちゃいけないよ」
 と、お婆ちゃんは優しく教えてくれた。

参拝の仕方はある程度知ってはいたけれど、ついつい忘れてしまいがちだ。お婆ちゃんを気にしながら間違えないように参拝したせいで肝心なお願いごとをし忘れた。
お婆ちゃんは参拝を終えるとそそくさと神社を後にした。

「ゆっくりしていけばいいのに」
「公園でのんびりするよ」

暫く歩いた先にあった公園のベンチに、お婆ちゃんは腰掛けた。

「おばあちゃん、自販機でなんか買ってくるけど、お茶飲む?」
「あぁ、ありがとう」

ちょうどベンチは木の陰になっている。
私は冷たいお茶をふたつ買って、ひとつをお婆ちゃんに渡してから隣に座った。

「それにしてもここは自然がいっぱいだね。神社とか樹々に囲まれてて涼しそう」
「鎮守の森というんだよ」
「ちんしゅ?」
「その土地を守る神だよ。昔は集落ごとに神社があってね、どの神社も鎮守の森で囲まれていたんだよ。今では鳥居と本殿しかない神社が多くなったけどね」
「ふーん……そうなんだ」

あまり興味がわかず、言葉少なに呟いた。神社のことよりも、私はお狐さまのことが知りたくてしょうがなかった。
まだお茶の蓋を開けていなかったお婆ちゃんに気づき、代わりに開けてあげた。

「おばあちゃん、お狐さまの夢を見たって、ほんと? どんな夢だったの?」
「お狐さまがりんを連れて行こうとする夢だよ。お狐さまはりんとお友達になりたくてしょうがないようだった。──正夢にならないように、お願いしに来たんだよ」
「おばあちゃん……ありがと」

正夢というか、もう起きていることなんだけどね……。心の中でそう思った。
私は七日間しかないループの大事な一日を今ここでこうして過ごしている。お婆ちゃんがわざわざ参拝までしてくれたのに。

「おばあちゃん、もし……私がお狐さまに連れていかれたらどうする?」
「大丈夫。りんは強い子だし、今は友達も沢山いるだろう? お狐さまは寂しそうな子に近づくのさ。そしてお友達になろうと声をかける」
「一緒に遊ぶんでしょ? 遊ぶというか、お狐さまの要求に応えなければいけない……」
「おや、よく知ってるねぇ。しかし要求に応えなければならないのは、お狐さまを怒らせた場合だよ」
「怒らせる?」
「そうさ。お狐さまは意地悪だからね。お狐さまを怒らせると、三つの要求をしてくるんだ。それに応えられれば解放してくれる。でも、応えられなければまた最初からやりなおしだよ」

お婆ちゃんの話を聞きながら、疑問に思う。お狐さまを怒らせたことなんて、あっただろうか。
お婆ちゃんはお茶を一口飲んだ。

「りん、お狐さまの正体は様々なんだよ」
 と、意味深なことを言った。
「正体?」
「はじめから稲荷神の使いとして存在するものもいれば、そうでないものもいる」
「……どういう意味?」

そう訊いた瞬間、強い風が吹いて木々がざわめいた。砂が舞い、腕で顔を覆った。

「うわっ……なに?」

風が静かに止んでから辺りを見回し、お婆ちゃんを気にかけた。

「おばあちゃん大丈夫? ……おばあちゃん? おばあちゃん!」

まるで石化したように固まっている。白髪の一本すら風に靡いてはいなかった。

「てーがーみっ」
 突然耳元で声がして飛び退いた。

──お狐さまだ。

「手紙を受け取らないのはペナルティだ。あってるか? “ペナルティ”の使い方」
「え……」

お狐さまは右手にあの薄い水色の封筒を持っていた。

「罰則として残り一日マイナス。りん、君に七日の猶予を与えていたが、六日にした」
「えっなんでよ! 罰則があるなんて聞いてない!」
「やっぱりりんは俺のこと、その人から聞いていたのか」
 そう言ってお狐さまはお婆ちゃんを指差した。
「それは……」
「しかも俺のことを知っているにもかかわらず、そのことを俺には話さなかった。何故だ」
「だって……あっ、それで怒ってるの? ルール知ってたのに知らないふりをしていたから怒ってるの?」
「…………」
 お狐さまは答えずに、ただただ私を鋭い目つきで見下ろしていた。
「りん。芒之神社で待っている」
「え……ちょっと待って!」

再び強い風が吹き、公園の砂を巻き上げると、お狐さまは忽然と姿を消してしまった。

「りん、どうしたんだい?」
「あ……今……え……?」

お婆ちゃんに目をやると、そこは和室の前の縁側だった。風鈴の音を聴き、扇風機の風を浴びた。

「りん、顔色が悪いねぇ……」
 と、お婆ちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「……大丈夫。スイカある?」
「あぁ、切ってあるよ」

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©Kamikawa
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