ル イ ラ ン ノ キ


 12…「リセット」



ひとつめの要求にすら応えられなかった私は、再びお婆ちゃんの家までリセットされてしまった。まるでボス戦の前にセーブをし忘れて随分前まで戻された気分だった。

お爺ちゃんが足の爪を切っている居間へ向かいながら、身体の怠さを感じていた。おそらく気持ちからくるものだろう。スイカはもう食べ飽きたし、また8月10日までの時間を過ごさなければならないと思うと正直つらいし面倒くさいし気が滅入る。
でも苛立ちはなかった。今一番感じるのは脱力感だ。

「じいちゃん、お母さんから私宛てに手紙が来てたって連絡あったと思うけど、あとで私から電話しとくね」

お爺ちゃんに言われる前に一気に言い終えて、一番小さいスイカを選んだ。お爺ちゃんは何か言いたそうな顔をしたが、結局なにも言わずに爪切りを再開した。
台所からお婆ちゃんが塩を持ってきた。

「このTシャツ気に入ったよ。ありがとね」
 と、少しでも早めにあのやり取りを終わらせる。
「そうかい、よかったよ。りんちゃんに似合うと思ってねぇ」
「うん」

スイカを食べ終えてから、直ぐに母に電話をした。母が封筒を開けようとして止める一連の流れに付き合ってから、電話を切った。

8月10日までがもどかしくてしょうがない。ヘマをしてしまった自分に酷くイライラした。

私はお婆ちゃんに散歩してくると伝えてから、外に出た。夜風が気持ちいいけれど、蚊は鬱陶しい。近くの公園へと立ち寄り、ブランコに座った。軽く漕ぎながら、薄暗い空を見上げる。一番星はまだ出ていない。

お狐さまは、愉しませてと言っていた。足が遅くても森を抜けてゴールさえ出来ていたら、ひとつめの要求はクリアとなっていたのだろうか。
ブランコを止め、ため息をついた。
考えるだけ無駄だ。とにかく今度こそなにがなんでも要求に答えなきゃ。またお婆ちゃん家に戻されたら、気が狂って叫びたくなる。

     

翌日の昼過ぎ、私は電車に揺られていた。朝一に電車に乗るつもりだったけれど、早く帰ったって、大してやることはない。友達のブログはリセットされているだろうし、またネットでキーワードを打ち込んで片っ端から検索することしか出来ない。

電車を乗り継いで4時間ほど。やっと家に帰り着いた私は真っ先にリビングに入って薄い水色の封筒を手に、2階へと上がった。荷物を床におろし、封をあけて便箋の内容を確認する。

≪8月10日のすすきの神じゃのなつ祭りであなたにあいたい。午ご8時10ぷん、すすきの神じゃの裏にあるスギノキの下で≫

「うん同じ同じ」
 と、引き出しに仕舞う。

同じ文章を繰り返し読むことがこんなに苛立つものなのかと驚いた。
再びおもちゃをリュックサックに詰めるかどうか悩む。また蔑ろにされるんじゃないかと思ったからだ。でも一回目がダメだったからといって二度目もダメとは限らない。
私は押し入れを開けた。おもちゃが入った段ボールの蓋は閉じられていた。

「また一から詰め込むのか……」

全身で感じる面倒くささとけだるさに表情が歪む。
一度目のときにリュックに詰め込んだおもちゃを再び乱暴に詰め込んだ。またかけっこをしようなんて言われたらどうしよう。と、不安になる。森の中は暗いし、方向を失う。

「あ、そうだ!」
 と、机の引き出しを漁った。

コンパスでもない、分度器でもない、ノリでもない、消しゴムでもない。がさごそとあさりながら、やっと見つけた。方位磁石だ。これさえあればまっすぐに進むことは出来る。リュックサックの左右についているポケットに方位磁石を仕舞った。

学校で使ったプリントをノートに挟んでおき、母が宿題をやったのか聞かれたらすぐに見せられるようにしておく。あとはパソコンを開いて、再び検索だ。

お狐さまも8月10日までが長く感じて日付を早めに変更してくれたりとか、迎えに来てくれたりしないのだろうか。
検索バーに、≪お狐さま ムカつく≫とほぼ無意識に打ち込んでしまっている。キーボードのCLEARを連打して、≪ムカつく≫の文字を消した。

「直接交渉してみようかな……」

せめて戻すなら8月10日の前日にしてくれって。
私は椅子の背もたれに寄り掛かり、椅子を斜め後ろに傾けた。
──大丈夫。まだチャンスはあるわけだから、色々と試すなら早いうちのほうがいい。お狐さまと話をしてみよう。

「よしっ!」

意気込んだとき、椅子を傾け過ぎて真後ろに転倒してしまった。1階まで響いたドッシーンッ! という音に、母は心配するどころか怒鳴った。

「りんなにしてんの?! 何時だと思ってんの?! 静かにしなさい!!」
「はーい……いたたたた……」

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©Kamikawa
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