ル イ ラ ン ノ キ |
深夜の2時過ぎ。
ほんのり届いた月明かりに照らされている墓場があった。その一角にシーツはいた。
「ねぇ」
「…………」
「ねぇってば」
シーツはとある墓石の前で声を掛けた。
「…………」
「いるんでしょう? いないわけないじゃん、ここお前んちなんだから」
「…………」
「引きこもりのくせに。居留守つかわないでくれる?」
「…………」
「ねえってばーゾンビー、いるんでしょー? 墓荒らしにでもあわない限りいないわけないじゃん」
「…………」
「もう! むりやり掘りおこしてもいいんだよ?!」
ボコッ!と、土の中から腐った手が出てきた。無理矢理掘り起こされるくらいなら自ら出て行ったほうがいい。
「いるんじゃん」
地面の中からゆっくりと這い出てきたのは、説明するまでもなく、ゾンビである。ただれた身体に汚れた包帯がよく似合う。
「ねー聞いてよ、ジャックとケンカしたんだ」
「…………」
「カシミヤを探してほしくてさ、そしたらバカにされたんだ」
「…………」
「なんか言ってよ」
「あ”あぁああぁ……」
「そうだった。ゾンビのやつしゃべれないんだった」
「…………」
ゾンビはうめき声しか出せないのだ。これでは会話が成り立たない。けれどシーツは構わず続けた。
「あ、あとね、シルク! シルクってやつの布がいいみたいなんだ。それでもいいとおもってる」
「…………」
「いっしょにさがしてくれる?」
「う”ぅううぅう」
「なんだよー! ゾンビもバカにするのー? お前くさいから手伝ってくれたら芳香剤買ってきてやろうと思ったのにさー」
「…………」
「その包帯にしみこませたら少しはいいにおいになるかもしれないでしょー? 香水はだめだよ、そんなの手に入りにくいから」
カシミヤもシルクも手に入りにくいものである。ゾンビは唸りながら首を左右に振った。
「そんなにふるなよ、また首がちぎれるよ」
「…………」
「よーくわかったよ、ジャックもゾンビも、ボクのこと友達だと思ってないんだ!」
「あ”ああぁぁあ……」
ゾンビは必死に首を振った。そうじゃない、そんなことないと訴えるように。
「ボクはジャックがかぼちゃじゃなくってスイカをかぶりたいっていうなら手伝うし、ボクはゾンビが包帯じゃなくてリボンを巻きたいっていうなら手伝うのに!」
機嫌を損ねたシーツは、ゾンビの前からも姿を消してしまった。
ゾンビは何度も首を振り、とうとう首がちぎれて地面に落ちてしまった、“からだ”は頭を探して拾い上げ、元の位置に戻すとどこか物悲しそうにシーツが消えていった方角を暫く眺めていた。
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「なにさなにさ! ゾンビもジャックも!」
こうなったらひとりで探して調達してきてやろうと、ハロウィンを前にシーツは意気込んでいた。
こうして行動できるのは夜だけだ。シーツを被らなければ黒いモヤモヤの身体は闇に溶け込みやすい。ゆらりゆらりと町をさ迷い、お目当ての布を探した。けれどそんなに簡単に見つかるわけもない。
夜道を照らす街灯の下に、山積みにされたゴミ袋があった。結び目の口の隙間から入り込み、布をまとって外へ。
「なんだろー、あんまりかっこよくないや」
シーツが身にまとったのは穴の空いたセーターだった。着た感じもゴワゴワしているし、気に入らない。セーターを脱ぎ捨てると、隣りのゴミ袋の中に入り込んだ。
そのときだった。コツコツと人間の足音が近づいてくる。
──どうしよう。出られないや。
シーツはゴミ袋の中で息をひそめた。足音は直ぐ目の前で止まった。衣類が詰め込まれたゴミ袋の中にいるシーツ。突然身体が浮き上がり、驚いた。どうやら人間がゴミ袋を持ち上げたようだ。
──見つかったらどうしよう……。ジャック、助けてよ。
人間はドサリとゴミ袋を地面に置き、結んであった口を解いた。シーツは慌てて衣類の奥へと身を隠した。その隙間から、ゴミ袋の中を覗きこむ人間の顔が見えた。ぎょろりとした丸い目、たるんだ顔の皮膚に、大きな鷲鼻……
──魔女だ!!
シーツは驚いてゴミ袋の中から飛び出した。しかしその瞬間、素早い魔女の手に捕まってしまった。
「わーっ!?」
「ほう、こりゃいいもん手に入ったわい」
真っ黒い尖がり帽子を被り、引きずるほど長い黒のワンピースを着た白髪の老婆。
「はなせ! なにするの!」
「人間の髪の毛を手に入れるはずが、もっといいもの手に入れた。お前も材料にしよう」
「なんのだよー! ジャックー助けてよー!」
シーツは魔女が持っていた瓶の中に入れられ、連れて行かれてしまったのだった。
その様子を木の陰から見ていたのはゾンビだ。これは大変だと、うまく動かせない身体をガクガクさせながらジャックのいる森へ急いだ。
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