voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生30…『導かれる』

 
お姉さんから聞かされた真実を話せばいい。タケルが残したメッセージを伝えればいい。
それで何かが変わるなら。変わらないならシドの反応を見て、必死にまた説得すればいい。
説得できるかどうかは別にして、これらを実行するのは簡単なこと。
なのに動けないのは、シドの二の腕にある属印の制裁に怯えているからだ。
 
「アリアンの塔を知っているか?」
 星が瞬きはじめた頃、宿の外に出て聞き込みをしていたのはクラウンだった。
 
彼はいつもの白塗りを落とし、大きなフードつきのコートで顔を隠していた。声をかけられた住人は一瞬立ち止まるも、「知らないね」と言ってすぐにその場を立ち去った。
手当たり次第に尋ねてみるも、「知らない」と返されて背中を向けられる。誰に聞いても「知らない」「知らんな」「知りません」。
 
「…………」
 そんなクラウンの様子を、路地裏の影から見ていたのはアールだった。
 
そこに靴音を鳴らしながら近づいてきたのはどこかへ出かけていたヴァイスだった。肩にスーを乗せ、アールの右後ろに立って遠目からクラウンの様子を眺めた。
 
「妙だな」
「──?! ビックリした!」
 と、アールは目を丸くして振り返った。
「考え事か?」
「あ……うん。私も妙だなって。だって、クラウンが『アリアンの塔を知っているか?』って聞いたら、みんな『知らない』って言うの。みんなだよ? こう聞かれたら知らないって答えるように決まってるみたいに」
「そうだな」
 
クラウンも妙に感じているようだった。足を止め、聞き込みを中断して考え事をしている。
 
「その“知らないこと”に興味を持とうとする人は一人もいないのおかしいよ。知らないって答えて立ち去る。この村の人たちが人見知りなのか、クラウンに警戒心を向けているからかもしれないけど」
「…………」
 
しばらくクラウンを見ていたが、クラウンは聞き込みをやめて宿への道を帰って行った。明日改めて聞き込みをするのだろうが、こうも相手にされないとなると明日はどうするつもりなのだろう。
 
「私も聞き込みしようかと思って出て来たんだけど、これじゃあなんの情報も得られそうにないや」
 と、ヴァイスを見上げる。
「…………」
「ヴァイスはお風呂入らないの? 浴場は10時までみたいだよ?」
「そうか。──戻るか?」
 と、スーに目を遣ると、スーは拍手をして賛成した。
「ヴァイスも聞き込みしてたの?」
 と、帰り道を歩く。
「いや……」
「ちがうの? あ、虹色の花、今度写真……あそっか、こっちのケータイって写真撮れないんだっけ」
「……?」
「私の世界の携帯電話は、カメラとして使えるし、ゲームも出来るし、メールも出来るし、あとは……ネットと、あ、ボイスレコーダーとか」
「機能が多いな」
「そうなの。便利でしょ? モーメルさん作ってくれないかなぁ」
「彼女は魔道具専門だ」
「そっか……。あ、ケータイ会社に私の世界から持ってきた携帯電話見せたら開発の役に立つかな?」
 
そんな会話をしながら宿へ向かう二人の様子を、とある一軒家の窓から眺めている無精ひげの男がいた。彼はアールたちの姿が見えなくなってから家を出て、村の奥へ走った。
木々がうっそうとしている中にひっそりと佇む古びた家にたどり着くと、木の引き戸を叩いた。
 
「婆さん、起きてるか?」
 
しばらく待っていると、室内から物音が聞こえてきた。そして、ガタガタと立て付けの悪い引き戸が開いた。30代くらいの女性が顔を出した。
 
「奥にいるわ。どうぞ」
 と、男を招き入れる。
 
男が奥の部屋へ向かうと、床の上に置かれた低いベッドの上に座っているお婆さんが待っていた。彼女が眠るベッドには薄汚れた天蓋カーテンがぶら下がっている。
 
「どうかしたのかい」
 と、しわがれた声。
「アリアンの塔について聞きまわっている連中がいる」
「それがどうかしたのかい。これまでも考古学者だかなんだか知らないが何度か訪れていたじゃないか。皆、知らないと言えばよい」
「それが……もしかしたら婆さんが言っていた人物ではないかと。連中の中に若い女性を見たんだ」
「……そうかい。それならば自然とここへ導かれるじゃろう。お前はなんもせんでよい」
「わかった。用心しろよ? あいつらが危険人物じゃねーとは言い切れないからな」
「わかっておる」
 
男が去ると、老婆は女にアルバムを持ってくるよう頼んだ。本棚からアルバムを一冊持ってくると、お婆さんはアルバムの埃を手で撫でるように払って、ページを開いた。
1枚のモノクロ写真が目に入る。
そこに映っていたのは若き頃の自分と、若き頃の──
 
「そろそろ私の出番かね。モーメルよ」
 
モーメルだった。
 
第二十八章 一蓮托生 (完)

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