voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考25…『利用』

 
──第三部隊のアジト、アーム玉の保管部屋。
 
「ベン。答えてくれ。俺に黙っていたことはないか?」
 と、シドは改めてそう訊いた。
「なんのことだ」
「姉から妙な話を聞いた。ヒラリーが一人で留守番をしていた時に町の結界を破って侵入してきた魔物に襲われ、そのときに助けてくれたのがお前とワードだって聞かされていたが、本当は……違うと。あんたの口から真実を聞きたい」
 シドは拳を強く握った。
 
ベンは一切顔色を変えなかった。シドを見据え、小さく首を傾げた。
 
「なんの話だ。真実も何も、俺とワードは旅の途中でツィーゲル町に立ち寄って2、3日滞在する予定だったんだ。そんなときに町で騒ぎがあって、住人が血相を変えて女の子が魔物に襲われてるって言うんで駆けつけたらヒラリーがちょうど魔物に飛び掛られそうになってたもんで助けただけだ」
「…………」
 シドは黙ったまま眉間にシワを寄せた。
「他に何が訊きたい。ヒラリーが何を言ったんだ」
「……魔物はあんたらが連れてきたんだって」
「はぁ? 何のために」
「……強姦だよ」
 怒りを抑えてそう言った。「はじめから姉さんたちを狙って起こしたことだって」
「…………」
「…………」
 二人は暫く見つめ合い、ベンは小さくため息を零した。
「シド。ヒラリーがなんでそんなことを言い出したのかは分からないが、そんな事実はない。俺らにそんな趣味もない」
「姉さんが嘘をついてるって言うのかよ……」
「そりゃあ赤の他人の俺らより家族を信じたいだろうが、俺らは懺悔するようなことは一切していない。ワードの名誉を守るためにも、何度だって言い張る。そんな事実はない」
「…………」
 シドは険しい表情で視線を逸らした。
「だが、ヒラリーが嘘をつくとは思えん」
「……はぁ?」
「よほどの理由があるか、もしくは……」
「なんだよ」
「魔物に襲われたとき、あまりのショックに記憶が捻じ曲がった可能性も考えられる」
「たとえそれだけのショックがあったにしても助けてくれたあんたらを悪者に仕立てるような捻じ曲がり方はしねーだろ!」
「なら嘘をつかなければならないよほどの理由があるんだろう」
「…………」
「心あたりはないのか?」
「俺に? なんでだよっ」
「お前に嘘をついたんだ。そう考えるのが普通だろう」
「そもそも姉さんが嘘をついていると認めたわけじゃない」
 と、ベンを睨みつけた。
「……そうか。まぁこっちには釈明しようにもワードはもういないしな」
「…………」
 
シドはむしゃくしゃして頭を掻き毟った。──誰が嘘をついているんだ?
デリックに言われた言葉が脳内で反芻される。
 
 お前は一体誰を信用してんだ。胸張って、誰を信用してるって言えるんだ!
 
「うっせーなッ!」
 と、ドアを蹴って保管室を出た。
 
一先ず外に出て苛立ちを押さえるために魔物をぶった切ろうと思っていたが、廊下を歩き進めていると携帯電話が鳴った。姉かもしれないと立ちながら立ち止まり、携帯電話の画面を見遣った。
 
「…………」
 ルイからだった。
 
しばらく眺めていたが、止む気配がない。近くにあった部屋に入り、窓際に立って電話に出た。
 
『もしもし……シドさん』
「…………」
『今どちらですか』
「…………」
 
病院のトイレの個室にいたルイは、思わずケータイの画面を見遣った。通話中の表記と通話時間が秒を刻んでいる。
 
「シドさん」
 と、呼びかける。
『……なんのようだ』
 怒りが含まれた低い声がした。
「……エルドレットさんが亡くなったのはご存知ですか」
『なに……?』
「まだ、把握していなかったのですね」
『どういうことだよッ』
「アールさんが、射止めたようです」
『…………』
「彼女は無事です。カイさんも。──少し会えませんか」
『…………』
「シドさん。……以前、あなたがイスラ奉安窟で閉じ込められたとき、助けに向かえたのは僕の力ではないんです。アールさんが洞窟の入り口を塞いでいた岩を元通りにしました。でも、僕が伝えたいのはアールさんの中に秘められた力ではなく、その力が発揮される前です。彼女ははじめ、素手で岩を除けようとしていました。あなたを助けるために」
『だからなんだよ』
「必死でしたよ。それに彼女はいつだってあなたを信じていた。あなたは信じるしかなかったからだろうと言うのかもしれませんが、例えそうでも、信じ、頼りにされていたことは確かです。──今も、アールさんはあなたと戦うことを望んではいません。なにか理由があって組織にいるのだと思っている。その理由を知りたがっている。そしてもしあなたが何かに困っているのなら助け出そうとしている。カイさんもずっとあなたの戻りを待っています」
『……さっきからうるせぇな。用がねーなら切るぞ』
「シドさん。ムスタージュ組織は一体何を目的とした組織なのですか。話していただけませんか。話せない理由があるのならそれを教えてください」
『……お前らと同じだって』
「同じ?」
『世界を救う』
「でもシュバルツを崇拝しているのですよね。彼の目覚めを望んでいる」
『シュバルツは世界を守るために目覚めるんだからな。世界を滅ぼすのはグロリアだ』

「え……なにを……言っているのですか……?」
 と、ルイは動揺したようにケータイを逆の手に持ち変えた。
 
聞き間違いかと思ったが、シドは声のトーンを変えることなくこう言い足した。
 
『そして最悪なのはゼンダの企みだ。奴はグロリアの力を利用して全てを手に入れようとしている。そのためにお前も利用されたんだろうがよ』
「…………」
『エテルネルライトのことだよ』
 

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