voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷24…『光の役目』

 
シドがいる第三部隊のアジトには鍵が掛けられた部屋がある。出入り口の見張りは2人、中には宝箱がふたつ置いてある。中はこれまでに集めたアーム玉が収納されている。その中にはコモモやドルフィのアーム玉も入っていた。
 
「そろそろアーム玉を届けにいかねぇとな」
 と、見張りの一人が言った。
「定期的に届けるのも面倒だな。けど、今回はもう少し後じゃないのか? グロリアのアーム玉に力を宿してから持って行くんじゃないのか」
「まぁ、二度手間にならなきゃいい。それよりドレフさんに客だそうだな。誰なんだ?」
 
━━━━━━━━━━━
 
「お嬢」
 と、公園にいたアールにデリックが声を掛けた。
「デリックさん……お姉さん達は?」
 彼の肩にはスーが乗っている。
「お嬢の様子が気がかりだって言うから様子見に来たんすよ」
「そう……」
 
デリックはアールが座っているベンチに腰掛けた。
 
「デリックさんは城に戻らなくて大丈夫なんですか?」
「さっき連絡があった。ネズミが騒いでいるらしい」
「ネズミ?」
「俺がいなくてもよさそうっすけどね」
 
──と、アールの携帯電話が鳴る。着信相手の確認をし、一瞬電話に出るのを躊躇した。
 
「クソ野郎っすか?」
 と、画面を覗き込む。
「ううん。ジャックさん」
 アールは少し考えてから、電話に出た。
 
『俺だ。すまない……シドのことだが、俺も最近までは知らなかったんだ。お前らがレストランで寝ていたときに正体を見せた。俺は奴にいつからアールちゃんたちを狙ってるんだって訊いたらあいつ……「少なくともジムがお前らを襲う前からさ」って答えやがった。それが本当なら──』
「組織の人間……ですよね、ジャックさんは」
『え……あぁ』
「じゃああなたと話すことは何もありません」
『…………』
「裏切り者は消されるんですよ。軽率な行動は取らないほうがいい。私は私のせいであなたを殺すようなことはしたくないんです。二度と電話してこないでください」
 そう言い張って、電話を切った。
 
「冷たいねぇ」
 と、ポケットからタバコを取り出すデリック。
「こうでもしないと……。あの人は自分の立場をわかっていないんです。ちょっとした行動で組織から消されるかもしれないのに」
「消されればいいじゃないすか。組織の人間なんでしょう?」
「…………」
 アールは立ち上がり、デリックを睨んだ。
「お嬢こそ、もっと警戒したほうがいい。どんな理由であれ、向こうに魂を売った以上、そんな奴を信用しちゃならんスよ」
 と、デリックも立ち上がると、タバコをくわえてアールを見下ろした。
「私が誰を信用しようが勝手でしょ」
「お嬢ひとりならな。仲間の存在忘れなさんな。あんた一人で行動してるんじゃない」
「…………」
 アールはハッとして、視線を落とした。
「それに、あんたの命は、世界の命だ」
「…………」
「あんたが死んだら、世界も終わる。──多分な」
 
「……重い」
 
そう呟いたアールに、デリックはタバコを吹かしながら微笑した。
 
「だから仲間がいるんでしょう。お嬢と旅をしている連中だけが仲間じゃない。俺たちも世界を救う為に陰ながら動いてる。ひとりで動いてるわけじゃないっての、わかるよな? 例えばあんたを召喚して『んじゃ、世界の為に戦ってください』ってひとりで外に放り出されても何もできないだろう? 周りのサポートがあってあんたは動けてる。世界を救えるかどうかはあんたの選択肢だけに決められているんじゃない。例えあんたに世界を救う力があったとしても、周りのサポートが最悪ならあんたは動かないし、その力も発揮できずに終わる」
 
タバコの煙が揺れながら空へ上ってゆく。
 
「俺たちも、背負ってる。世界の運命を。ただ、なかなかそれを口に出せないのはあんたのほうが背負ってる重みが違うとわかっているからだ。別世界から来てわけもわからないまま動かされてる時点で別格だからだ。それに俺たちの思いが、お嬢の重荷になることも考えられるからだ」
「…………」
 アールは不安げにデリックを見上げた。
「お嬢は人が良すぎる。周りが命がけで頑張れば頑張るほど、それに答えられなかったときに自分を責める。共に戦っているとはいえ、結局は自分の行動で世界の運命が決まると思ってるだろう? 周りのサポート不足だったとは思わない。自分を責める。それをみんなは知ってる」
 
──全て読まれていて、なにも言えなくなった。
きっと私は扱いづらいんだろうなとも思う。
 
「たまには何もかも忘れて頭も心も身体も休息させる時間が必要だと思いません? お嬢」
 と、デリックはアールに一歩歩み寄った。
 
近すぎて体が触れ、アールは後ずさった。タバコの匂いが鼻をつく。
 
「お嬢もいい大人でしょう。子供相手は疲れませんか」
 子供とはルイたちのことだろう。
「なにが言いたいんですか」
「相手しますよ、必要なら。喜んで」
 
──これは、下ネタ?
と、アールは首を傾げた。そっち系のお誘いだろうか。だとしたら全力で断りたいが、勘違いだったら恥ずかしすぎる。
そういえばデリックは女性に手が早いと聞いた。
 
「えっと……?」
「恋人、いないんでしょう?」
「……いますよ」
「この世界に。」
「…………」
 アールは鋭い目つきでデリックを見遣った。
「デリックさんはこっちの国に恋人がいても他所の国にいったら新たに恋人作りそうですね。ていうか街ごとに恋人作りそうですね」
「俺、一途なんすけどねぇ。恋人がいない今は幅広く手ぇ出しますけど」
 真顔で言われてもな、とアールは思う。
「それに、国は違っても会いに行けるが、お嬢は違う」
「やめて」
「会えない。会いに来てもくれないし、連絡も取れないから互いの状況もわからない」
「やめてったら」
「寂しいでしょう、抱かれないのは」
「……意味がわからない。恋人のぬくもりを感じられなくて寂しいのはわかる。でもその寂しさを他の人で埋められるとは思わないし他の人で埋めようとも思わない」
「気はまぎれる。試します?」
「これ以上変なこと言わないでください。デリックさんのこと大っ嫌いになりそうです」
「おっと。クソ真面目なんすね」
 と、両手を上げて何もしませんと言った。
「クソ真面目で結構です」
 と、ムッとする。
「でもクソ真面目だと困るんすよね。本気で好きになる」
「は……?」
「クソ真面目な人を遊び相手としては見れなくなるでしょう」
 
こんなときに……
シドには裏切られ、シオンを自らの手で殺め、タケルの私物が見つかり、モーメルもミシェルも囚われ、城では騒ぎが起きている。
こんなときに……なんなんだこいつは!!
 
アールはデリックから距離をとって武器の剣先を彼に向けた。
 
「お嬢……動揺しすぎっすよ……危ないじゃないすか」
「ち、近づいたら刺します!」
「わーかったわかった、近づきません。何もしません」
 と、デリックは笑いながらタバコを地面に落として火を足で踏み消した。
「デリックさんは一先ずその吸殻を拾ってゴミ箱に捨ててから城に戻ってください! ていうかそもそもなんでついて来たんですか! あ、スーちゃんは置いていってください!」
 と、動揺で武器を持つ手が震えている。
「……クソ野郎がどんな顔で踏ん反り返ってんのか見たくてね」
 鼻で笑い、吸殻を拾った。「決着もついてねーし」
「デリックさんもシドを心配してくれてるの?」
「んなわけねーだろう」
「……そう」
「心配するとしたら世界平和。と、お嬢」
「…………」
「ま、グロリアを支える光のひとつがクソ野郎だとしても、この一件であいつの役目が終わりって事もありえるかもしれねーけどな」
「どういう意味……?」
 ゆっくりと武器を下ろした。
「ギルトが見たグロリアを支える光。必ずしも“最後まで共にある”とは限らないだろう。それぞれに役目があるんだとして、その役目がいつ終わるかはわからない。だろう?」
「…………」
「例えばお嬢とクソ野郎が戦うことになったとして」
「そんなのやだ……」
「例えば、だ。クソ野郎と戦うことでお嬢の中の、まだ眠っている力が目覚めたとする。結果的にクソ野郎はお嬢の力を呼び覚ますのに必要な光のひとつだったとして役目を終える……ってのもありえるってことだ。あいつが組織の人間だったからといってなにかが間違っていたとかじゃなく、そういう流れを含めて必要な光のひとつだったってことだ」
「受け入れろっていうの? 全部、どんな結果になっても……」
「とにもかくにも、否定ばっかしてたってしょうがない。──お嬢の命令どおり、俺は一度城に戻る」
 そういうと、肩に乗っていたスーがアールの肩へ移動した。
「あ、俺の連絡先はカイが知ってるんで、気が向いたら連絡してください。いつでも相手しますよ」
「結構です」
 
デリックは笑いながら「冗談すよ」と言って公園を出て行った。
アールは力なくベンチに座り込む。スーは肩からベンチに下りて、元気がないアールを見上げた。アールはそんなスーに、優しく微笑みかけた。
 
「じっとしていられないよね。スーちゃん、傍にいてね」
 
アールは携帯電話のメモリーから、シドの連絡先を表示させた。
 

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