voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交28…『アーム玉を奪い返せ』

 
「街に戻っている時間はないかもしれません」
 と、ルイは携帯電話を取り出した。
「一先ずモーメルさんに連絡を」
 
アールはそんなルイを眺めたあと、何気なく視線を落とした。ルイの私物の中にシドの私物が散乱している。トレーニングで使う道具が多く、あとは雑誌などだ。その横に、スプレーらしきものが転がっていた。ルイの私物なのかシドの私物なのかわからないが、なぜこんなものがあるんだろうと思う。
そのスプレーはアールがミシェルの結婚式のときに使ったものだったからだ。傷や痣、火傷の痕も消すことが出来る化粧品《ミラクル消し肌》。
 
「ねぇそのスプレーって」
 誰の?そう訊こうとしたときだった。
 
休息所の出入り口の足元に、魔法円が広がった。ルイが真っ先に気づき、「下がってください!」と声を荒げた。
下がれと言われても物が散乱していて身動きがとり辛い。
 
『なんだい今忙しいんだよ』
 
電話に出たモーメルだったが、携帯電話は耳に当てられていなかった。それどころじゃない。
一行の前に現れたのはムスタージュ組織の第十部隊、サンジュサーカスの一味だった。
 
ルイは電話を切り、ポケットにしまってからロッドを構えた。
 
大きな赤い玉に乗っているピエロ、短剣でジャグリングを披露しているスペード、一輪車に乗っている3人の美女ことハートA・B・C、片手で逆立ちをしてみせるダイヤ、一輪車に乗っているクローバー。そして、中央で微動だにしないクラウン。
 
「随分とにぎやかな登場だな」
 と、シドは刀を抜いた。「しつけーし」
「殺せとの命令が来たかと思えば、殺さずにつれて来いという命令に変わったり、我々も随分と振り回されてきたものだ」
 と、クラウンは腕を組んだ。「それもこれも、本物かどうかの判断ができないからだ」
 
アールも警戒し、ネックレスに戻していた武器に手を掛けた。ヴァイスの銃は既にクラウンのこめかみに向けられている。
 
「仮にお前達が本物だとするならば、ただ殺すだけでは勿体無い。先にアーム玉を手に入れてから殺せばシュバルツ様も喜んでくださるだろう」
「……レストランの、店員?」
 と、アールは言った。
 
サーカス団のクラウンとして現れたときは妙な喋り方をしていたものの、今再び姿を現したクラウンの喋り方に妙な特徴はなかった。だから声で気づいた。同じだ。テンプス街のレストランで自分達をもてなした店員の声と。
 
「せいかぁーい」
 と、クラウンは白い歯を見せて笑った。
 
カイはアールの背中に隠れながら、疑問に思ったことを口にした。
 
「あのレストランで待ち伏せしてたのかよ! ってことは俺達の行動見てたってことかよ! ん? いつから??」
 カイがアールの背中に隠れたのは、武器であるブーメランをテントの中に置いて出てきてしまったからだ。
「あのレストランに君達をよこしたのは、俺達の新しい仲間だ」
 と、クラウンは言った。
「新しい仲間?」
「まだわからないのかい? 君達がテンプス街に来ることも知っていたし、レストランに呼ぶように彼に頼んだのさ」
 
一行の脳裏に、ひとりの人物が浮かんだ。その瞬間、クラウンが一歩左にずれた。クラウンの後ろにもう一人、男が立っていた。脳裏に浮かんだ人物、ジャックだった。
 
「ジャックさん……」
 ルイの表情が強張った。
 
アールは自分の目を疑った。なぜそこにジャックがいるのか、わからなかった。いや、流れからわかってはいるものの、理解しようにも理解したくない、信じられない思いが強かった。
 
「ジャック……裏切ったんだ……」
 背中でカイがそう呟いた。そのお陰でやっぱりそうなのかと理解した。
 
けれど、アールはジャックから見せられたメール画面を思い出した。
【俺はなにがあってもアールちゃんたちの味方だ】と書かれていた。あのときから裏切っていたのだとしたら。
 
──どういう意味になる?
ジャックは彼らの仲間になって私達をはめた。けれど私達の味方だと言った。それもわざわざメール画面で文章にして。そうしなければいけなかったから。なぜ。口に出せなかったから。なぜ。聞かれてしまうから。誰に。
 
ムスタージュ組織の連中に。
 
「ジャックさん……あなたはムスタージュ組織に身を売ったのですか」
「あぁ……すまないな」
 と、ジャックは視線を落とした。
「どうして……」
「何が正しくて、何が間違っているのかを知ったんだ。シュバルツ様は偉大な神。この世界を救ってくださるのは、彼しかいない」
 
アールは頭を悩ませていた。もしも、ムスタージュ組織に入っても私達の味方だというなら何故ジャックは彼らの仲間になったのだろう。なんのために。
弱みでも握られたのだろうか。でもなんで。なんでジャックが? なんでジャックがムスタージュ組織の連中に目をつけられたの。
 
私達を知っているから……?
私達と繋がりがあることを知られたから?
 
ジャックはいつから仲間になったのだろう。ジムは知っているのかな。だとしたらジムとなにを話したのだろう。本当に味方なの?
それとも……
 
「例え勧誘されるようなことがあったとしても、ジャックさんは僕らの味方になってくださるのだと思っていました」
 ロッドを握る手に力が入る。
「お前もこっちの人間になったらどうだ? 殺されずに済む」
「冗談でしょう」
「そうか……残念だ」
「さてさて」
 と、クラウンは再び前に出た。「お話は終わり」
「…………」
「逃げることは出来ないよ? 戦うか、死ぬかだ。でも場所は選ばせてあげよう。ここは戦いにくいだろう?」
「表に出ましょう。受けて立ちます」
 
ルイがそういうと、サンジュサーカス団は休息所を後にした。
 
「カイさんは武器の用意を。アールさんは……なるべく戦闘は避けてください」
 カイは急いでテントに入った。
「でも私が戦わなきゃ……。人を相手にはしたくないから殺しはしないけど、みんなはアーム玉を取られたんでしょう? もし……もしものことがあったら……」
「そう簡単にやられはしませんよ」
「あいつらが弱いことは知ってる」
 と、シドは言う。「戦い方が厄介だが、強さは俺らのが上だ。問題ない」
「モーメルさんに電話でアーム玉のこと頼めないの?」
「僕らがその場にいなければ連結魔法を解除するのは無理です。とにかく、奴らからアーム玉を奪い返しましょう」
 
気分が悪かった。あれほど久々の再会に胸を弾ませて楽しくお酒を飲み交わしていたと思っていたのに。全部、裏があった。突然電話してきて、会いたいと言われたのも、組織の人間にそう仕向けられたからだろう。
 
ジャックの意思はどこにあって、どこに向けられているのだろう。
 
自分と関わった人間は皆なにかしら悪い結果を招くのだとしたら……。
アールの脳裏にミシェルの笑顔が浮かんだ。自分と関わったばかりに、笑顔を奪ってしまうようなことがあったとしたら。
それも必要なことだというのだろうか。世界を救うためには必要な、些細な損失だというのだろうか。
 
カイがテントから武器を持って出てきたそのとき、休息所の外から悲痛な叫び声が聞えてきた。一向は目を合わせ、急ぎ足で外に向かう。
 
休息所の表に出ると、足元に3人のハートとピエロの死体が転がっていた。全身に斬り傷を負ったクラウンは立つこともままならないダイヤを抱きかかえ、地面に魔法円を開いた。そこに右足から多量の血を流しているジャックが逃げ込む。スペードとクローバーの姿はない。既に逃げたのだろうか。
 
何が起きたのかそれを察するのに時間はかからなかった。高笑いが聞え、目を向けると、第十部隊であるサンジュサーカスを襲ったと思われる人物、カーブを描いた刀剣を2本ずつ構えている30代後半くらいの男が2人、待ち構えていたのである。
 
ジャックはクラウンの足に縋るように、その場を去った。
残されたのは命を奪われた3人のハートと、涙のメイクが悲壮感を表しているピエロ、そして、謎の二人の男だった。
 
「何者ですか」
 ルイはアールを守るように前へ歩み出た。
「味方か敵か、という質問なら、君たちの敵になるだろうな」
「…………」
 カイも武器を構え、警戒した。
「安心しろ。手を出す気はない」
「どういう意味ですか」
「戦う気はない、と言っているのだ。ただ、邪魔者は始末しておきたくてね。手を貸してやった。ありがたく思うんだな」
 と、男は武器を腰の鞘に戻した。
「あなた方もムスタージュ組織の人間なのでは?」
「さぁね。まだ名乗るべきじゃない。早々と敵の正体を知ってもつまらないだろう。次に会うときには自己紹介文でも用意しておくよ」
 と。男らは背を向けた。
「あ、そうだ」
 と、振り返る。「3匹、しとめ損ねた。また命を狙われる前にやっておくべきことがあるんじゃないか?」
「…………?」
 
3匹というのは、クラウン、ダイヤ、ジャックのことだろうか。
突如現れた2人の男は一向に背を向けて去っていった。彼らに戦闘意思がないことは武器をしまい、背を向けたことでわかる。
 
アールたちは追いかけなかった。ここで戦闘をしかけても仕方がないと判断したからだ。彼らがなに者なのかもはっきりしない。ムスタージュ組織の人間だろうとは思う。仲間割れだろうか。
 
「一先ず戻って荷物を片付けましょう。それからモーメルさんの家へ」
「属印、あった? さっきの人」
 と、アールは休息所に戻りながら訊く。
「長袖で長ズボンでしたからわかりませんでした」
「そっか……。邪魔者は始末しておきたくてってどういう意味?」
「わかりません……彼らにとって邪魔な存在だったのでしょう」
 と、片づけをはじめたルイに笑顔はなかった。
「私たちを知っていて、サンジュサーカスが邪魔……。私たちを殺そうとしていて、でもサンジュサーカスが邪魔だから殺した?」
 アールも片づけを手伝いながら言う。
「俺たちを殺そうとしたんならさっきそうしただろ」
 と、シドも自分の私物を片付けながら言う。
「そっか。……あ、アーム玉がないから殺さなかったとか? あの二人もアーム玉を狙っていて、でもサンジュサーカスの奴らが持ってて、まずそれを奪ってから私たちを殺そうとした。でも奪えずに逃げられたから殺さなかったんじゃないの?」
「その通りかもしれませんね」
「アールってバカじゃないときあるねー」
 と、カイ。
「憶測だけどね」
「とにかく急ぎましょう。アールさん、申し訳ないのですがモーメルさんに連絡してもらえますか」
「あ、うん」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -