voice of mind - by ルイランノキ |
「カイ、ちょっと先に戻ってて」
と、アールはスーパーの前で立ち止まった。
「お菓子なら俺も買うーっ」
「お菓子は買わない。日用品をね」
「なーんだ。じゃあ先に帰っとく」
「うん、じゃあね」
アールはスーパーに入り、化粧品などが置かれているコーナーで剃刀を手に取った。
──ムダ毛処理なんかする必要はないんだけど。
アールは苦笑した。誰に見せるわけでもないが、伸ばしっぱなしも気持ち悪い。ついでになにか見て回ろうとスーパーを歩き回り、とある商品の前で立ち尽くした。
「…………」
生理用品である。懐かしいと思うのは長らく生理が来ていないからだ。おそらくトイレに行く必要を無くすヴァントル薬のせいだろう。女性用と男性用とでは違うらしく、女性用は生理も来なくなる。
アールは複雑な表情でその場を離れた。
それからというもの、必要ないものばかり目立って視界に入ってくる。その物にスポットライトでも当たっているかのように。
室内用の消臭剤。──友達が部屋に遊びに来るたびに、いい香りがする消臭剤を撒いていたっけ。
猫の餌。──チィを思い出す。いつも台所に餌を置いていたのだけど、こっそり自分の部屋で缶詰をあげたりしていたっけ。
除光液。──いつも百円ショップのものを使っていたっけ。今はマニキュア自体しないから必要ない。
レターセット。──手紙を書くのは好き。でも今は送る相手がいない。
スーパーにはいろんなものがある。アールの背後を一組のカップルが通り過ぎた。
「ねぇ、今日なにがいい? なに食べたい?」
女の子がカートを引く。その隣を歩く男性。
「なんでもいいよ」
「なんでもいいが一番困るんだけど」
そう言いながらも、そのやり取りを楽しむように笑う。
アールは惣菜が置かれている場所で立ち止まった。適当に手に持って眺めながら、雪斗を思い出す。──あの人達と全く同じ会話をしたっけ。
料理は得意ではなく、レシピを見ながらでないと作れないというのに「なにが食べたい?」と訊いた。なんでもいいよと言われた。助かるけど、やっぱり好きな人が食べたいものを頑張って作りたいから、「なんでもいいが一番困るんだけど」って。
アールは殆ど無意識に手に持っていたものを、しかと見た。ひじきだった。
「…………」
なんでひじきなんか手に取ったんだろうと思いながら元の場所に戻し、結局カミソリだけを手に、レジへ向かう。
ミネストローネ。
不意に名前を思い出す。なんでもいいが一番困るんだけどと言ったら、雪斗の口から出た料理名。確かミネストローネだった。
「いらっしゃいませ」
と、レジの店員がカミソリを受け取り、バーコードを読み取った。「210ミルになります」
アールは財布からちょうどを取り出し、渡した。
ミネストローネ……?
もっとハンバーグとか、オムライスとか、王道なものをリクエストされると思っていたから、ミネストローネ自体は知っていたものの、つい訊き返してしまった。
うん。無理?
うーん、レシピ見てもいい?
たとえハンバーグとかオムライスとか言われていてもレシピを見るつもりだった。
もちろん。でも無理するなよ?
大丈夫! 頑張ってつくるよ
そう言ってポケットから携帯電話を取り出し、ミネストローネのレシピを検索したっけ。
「ありがとうございました」
アールは店員から袋に入れられた商品を受け取り、スーパーを出た。水色の空を見上げ、苦笑した。──初ミネストローネは、失敗した。
でも、雪斗は「うまい」と言っておかわりまでしてくれた。
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「ん?」
カイは、宿が見えてきたところで足を止めた。視線の先にいたのは超絶美人。ライモンドからアマダットの話を聞いた帰りに出会った美少女、ティアラだった。
「君っ!」
思わず声をかけ、近づいた。
彼女はカイに気づくと一瞬、警戒心を向けて、誰かに助けを求めるように周囲を見遣ったが、カイが目の前までくると笑顔をつくった。
「……あ、昨日の」
「覚えてくれていたんだね、喜ばしいなぁ」
と、いつもの声よりもいい声を意識してしゃべるカイ。
「あの、私になにか……?」
彼女は両手にスーパーの袋を持っていた。中には食材が入っている。
「そうそう、昨日はごめんよ、人まちがいしたみたいでね」
「人まちがい……?」
「いやー、てっきり君がアマ……えっとぉ、まぁ知り合いから聞いた噂の美女かと思ったのさ。しかも父親のこと訊こうとしたら逃げただろう? 尚更そうなのかなって。あ、いや、逃げたということは父親が問題ある奴だからってわけじゃないんだけれども、何て言うか、あのねぇ」
「逃げてすみません。いきなり知らない男性から父親の名前を訊かれるなんて、怪し過ぎると思ったんです」
「あ、なんだ、そっかー。でもさ、父親の知り合いなら訊くんじゃないかなぁ」
「父の知り合いなら尚更怪しいと思ったので」
「え、なんで」
「殺し屋をやっていて捕まったんです、私の父」
「…………」
カイの笑顔が固まった。
美少女はカイにペこりと頭を下げ、その場を去った。
「──と、こういうわけだったのよ」
カイは宿に戻ると、台所で夕飯の下準備をしているルイについ先程起きた出来事を話した。
珍しくベッドルームにあるラウンドテーブルの椅子にはヴァイスが座っており、ルイが入れた紅茶を飲んでいる。スーはグラスに注がれた水の中だ。
「そうでしたか」
「あんなに美人な女の子の父ちゃんが殺し屋だったなんて、誰が想像できますか!」
「それは驚きますね」
と、ルイは人参を角切りにする。
「やっぱさぁ、ルイを産んだお母ちゃんってチョー美人だったの?」
「…………」
ルイの包丁が止まり、部屋のドアが開いた。シドが帰ってきたようだ。
「おかえりなさい」
と、ルイはキッチンからベッドルームを覗いた。
「おう。さすがに腹減ったな」
「記者さんのところへ行ってきたようですね、すみません」
「俺は別になにもしてねーよ」
シドはベッドに座り、持って帰った資料を眺めた。
「それは?」
「わかった! 日頃の俺への態度を改める反省文でも書いたのー?」
と、カイがベッドに上がり、覗き込んだ。
「んなわけねーだろ。テメェが反省しろ。──面白い情報を手に入れた」
「情報?」
ルイは一先ずキッチンの電気を消し、ベッドルームに移動した。
「浮き島と魔物を閉じ込めることが出来るアーム玉だ」
「浮き島っ?!」
カイは想像を膨らませた。雲の上に浮かぶお花畑の島に、綺麗なお姉さんが走り回る。
「んなことより、お前はもう大丈夫なのかよ」
と、シドはルイを見遣った。「母親とは話ついたのか?」
「……えぇ」
ルイは視線を落とした。
「ほんとかよ。また自殺未遂されて引き止められちゃたまったもんじゃねぇ」
「…………」
ルイは隣のベッドに腰掛け、シドと向かい合わせになった。
Thank you... |