voice of mind - by ルイランノキ


 サンジュサーカス1…『けじめ』


   
スーツを着込んだ男はある一軒家の玄関前で深々と頭を下げていた。
彼の背中を眺めながら通り過ぎる街の住人達は何事だろうかと首を傾げる。
そして、頭を下げる男の目の前、家の中にいた女性は両手で顔を覆いながら泣き崩れていた。そんな女性に掛ける言葉もなく、悼み拳を握りしめて頭を下げ続けていたのは、以前旅の途中でアール達と出会い、仲間を失ったジャックだった。
泣き崩れたのはログ街付近でタクシーの運転手をしていたエディの元妻。元夫の死を知らされ、涙に暮れた。
 
家の奥からパタパタと走ってきた6才くらいの少女。膝をついて泣いている母親の背中に小さな手を添えた。
 
「ママ……? どうしたの?」
 
離婚後、妻が引き取ったと言っていた娘だった。
 
「すまない……俺達にもっと力があったらエディは死なずに済んだんだ。いや、それ以前に、俺達と関わらなきゃ……」
「どういうことですか……」
 と、エディの元妻、ライラは俯いたまま言った。
「エディを殺したのは俺の仲間だ。あんなことするような奴だとは思ってなかった。ろくに調べもせずに仲間に入れた俺に責任がある。俺の他の仲間も──」
「出ていけっ!!」
 突然、ライラは声をあらげて叫んだ。
 
ジャックにつかみ掛かり、娘の前だということも忘れて力いっぱい彼の胸に拳をぶつけた。
ジャックはきつく目を閉じて、それを受け入れた。
 
「返せっ……エディを返してッ! 返してよッ!」
 
そんな母親の豹変に驚いた娘は大声で泣き出してしまった。
ジャックは突き飛ばされ、大きな音を立ててドアを閉められてしまった。尻餅をついたジャックは憔悴しきった顔で静かに立ち上がり、玄関のドア越しに深々と頭を下げて立ち去った。
 
近くを通りかかった街の住人の視線が突き刺さる。
はたと立ち止まり、ポケットからへたれた黒い革のふたつ折り財布を取り出した。開き、札が入っている場所に入れられていた写真を見遣る。ライラとその娘が写っている。
ジャックは引き返し、財布をビニール袋に入れてポストの中へ。ジャックが回収しておいたエディの形見だった。
 
ジャックはエディの家を離れ、人の少ない路地裏に入ると携帯電話を取り出した。
 
『もしもし?』
 
電話に出たその声に、折れそうだった心が落ち着く。
 
「おう、元気か? 俺だ俺だ!」
 と、無理して元気に振る舞う。
『元気ですよ! 久しぶりですね、ジャックさんは?』
「おう、元気だ!」
『……なにかありました?』
 
相変わらず勘が鋭い女だ。
 
「いや、今、やっとエディの元妻に会って知らせてきたんだ」
『……そうでしたか』
「遅くなっちまったけどな……。先にドルフィやコモモの実家を訪ねたもんで。どの街かは聞いてたんだが、詳しい場所までは知らなくてなぁ、時間かかっちまった」
『……お疲れ様です』
「……おう。怒鳴られたよ、エディを返せってな。娘さんもまだ幼くてなぁ」
『…………』
 
ジャックは壁に寄り掛かり、足元に視線を落とした。
 
「そっちはどうだ? 今どこにいるんだ?」
『ついさっき、カモミールっていう街を出たところです』
「へぇ、みんな無事か?」
『はい』
「そうかそうか。誰ひとり、欠けるんじゃねぇぞ」
『……はい』
 
暫く沈黙があった。
静かな時間が流れて、ジャックはその場に力無くしゃがみ込んだ。
 
「アール」
『はい』
「ジムのことなんだが」
『…………』
「あいつ逃げたのか?」
『え……?』
「独房からじゃ連絡してこれねぇはずだ」
『連絡……あったんですか?』
「どこで俺の番号知ったのかしらねぇが、一言、すまないって言って切れたよ。お前が教えたのか?」
『いえ……私には連絡来てません』
「そうか……。まぁ、いい。俺はこれから仕事を探す予定だ」
『もう女の子拉致したりとかそんな仕事はダメですよ?』
「ガハハハ! もうそんなもんに手ぇ出さねぇよ」
『仕事探しながら婚活もいいかもしれませんね』
「コンカツ?」
『結婚活動、略してコンカツです。素敵な人を見つけたり』
「ハハハッ……俺には無理だな」
『自分の可能性を自分で潰さないでください』
「…………」
 
不意に路地裏の入口に目をやると、顔が隠れるほどフードを深くかぶった見知らぬ男が立っていた。じっとジャックの方に体を向けているが、近づいてこようとはしない。
 
『私自身にも言えることですけどね……』
 と、アールは笑う。
「……あぁ、互いに可能性を信じて生きたいもんだな。悪い、そろそろ切る。突然電話して悪かったな」
『いえ。じゃあまた』
「おう、また」
 
ジャックは電話を切ると、ポケットに仕舞いながらフードの男に近づいて行った。
 
「俺になにか用か?」
「あんた、アールという女をご存知かーい?」
「……いや、しらねぇな」
 咄嗟にそう答え、怪訝な表情で相手を見遣った。
「ふぅん。じゃあ吐くまで遊ぼーう。まずはその鼻糞ほじくったような汚らしい小指を賭けーて、オレと勝負しましょーう? なにがいいかなぁ、トランプでもするー?」
「はぁ?」
 
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私の知らないところで起きる、私に関わることは多くある。
その全てが私の耳に知らされるわけじゃない。知らされたところで私にはどうすることもできない。
 
何人、私の身代わりになって死んだのか知らない。
 
影武者として生きた人達は、私に世界の全てを託して死んでいったのだろうか。それとも命じられたから引き受けるしかなくて私を恨みながら死んでいったのだろうか。
 
私と会ったことも言葉を交わしたことも、私が名前も知らない私の影武者。
 
ごめんなさい……
 

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©Kamikawa
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