voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱26…『無防備な船』

 
「シオン! なんか武器ない?! やっぱり結界張られてないよ!」
 と、アールは操舵室を覗き込みながら言った。
「それより波をどうにかして!」
「無理言わないで! ──ん?」
 
アールはシオンの足元を見遣った。機材が並んであるが、その上に四角いプレートが置かれている。
アールがそれに目を止めたのは、そのプレートに魔法円が描かれていたからだ。
 
「ちょっとごめん」
 アールは膝をついて四つん這いになり、プレートに手を伸ばした。
「もうダメ!」
 シオンが突然そう叫んだ瞬間、船に衝撃が走った。
 
船体は傾き、ゴォッと波に呑まれる。波に乗っていた小さな魚が操舵室のガラスにたたき付けられた。
四つん這いになっていたアールの頭の上にシオンのお尻が乗っかった。
押し寄せてきた高波がとうとう小型船に覆いかぶさり、飲み込んだのだ。
 
甲板に海水が入り込み、一気に水浸しになった。しかし操舵室は壁に囲まれていたため、海水が入り込む前に2人が息を止める時間はあった。
 
2人が乗る船体は今にも横転しそうだったが、なんとか持ち直して転覆はまのがれた。
 
「シオン大丈夫?!」
「私は大丈夫……」
 
シオンは腰を上げた。船内に溜まった海水の中で鋭い歯をもった小魚が泳いでいる。
アールは慌てて立ち上がり、手で掴むと海へ放り投げた。
 
「いっぱいいる……なにか武器でもあれば……」
 
そう言いながら噛み付いてくる小魚を再び素手で掴もうとしたが、スルリと逃げられてしまった。
真っ赤な魚。目はぎょろりと飛び出していて気味が悪い。
 
「シオン、機械の上にでも足上げてて。噛まれたら超痛いから」
 
シオンは言われた通りに操舵室の機械の上に足を上げた。きつい体勢だが、海水に浸かっているよりはいい。
 
アールは操舵室に入り込んだ魚をどうにか外に出し、戸を閉めた。
ガラス越しにシオンに言った。
 
「そこから出ないで」
「えっでもアールはっ?!」
 
アールは痛みに顔を歪めた。なにもしないで立っていると次から次へと噛み付いてくる赤い小魚。甲板に溜まった海水に赤い血が広がってゆく。
 
アールは辺りを見遣った。妙に静かだ。さっきの高波の原因がわからない。
──と、そのとき、なにかが足元に流れてきた。アールはそれを拾い上げた。
 
「鎌……?」
 
デイズリーが船に積んでいた鎌である。船内のどこかに置いてあったのが流れてきたのだろう。
迷わずに振りかざし、足に噛み付いてくる魚を切り裂いていった。
 
──鎌を見るとジムを思い出す。そしてそれをきっかけに無精髭のジャックや滑舌の悪いコモモ、短剣のドルフィー、タクシー運転手のエディを思い出す。
 
「アール! 何か来るよ!」
 
操舵室からシオンが叫んだ。
アールは海面に目を遣ると、不自然に黒い影がゆらゆらと迫ってくるのを確認し、強張る身を構えた。
 
その様子をルイとシドが息を呑んで見ている。そこに、息を切らしたカイがやって来た。
彼は一度浜辺に来たが、2人が堤防にいるのを見てUターンし、岩山まで走って岩山の梯子から上に上がり、橋から堤防に渡ってルイ達の元へやって来たのだ。
 
「カイさん……」
 
ルイがカイに気づいて声を掛けた瞬間、カイは大きく息を吸い込み、声に乗せて吐き出した。
 
「アーーーーーールぅううぅッ!!」
 
その声量に、思わずシドは耳を塞いだ。
そして、カイは持っていた“刀”を、アール目掛けて思いっきりぶん投げた。
 
「おまっ……なにやってんだッ」
 
カイが投げた刀は半円を描き、小型船へ向かって飛んでゆく。
アールはそれをしかと見ていた。
 
「カイ……」
 
アールが頭上に手を伸ばしたその時、海面から巨大な黒い生物が飛び出してきた。
 
──?! シャチ?!
 
小型船と大差ない巨体のシャチが船を飛び越えようとしていた。
 
その脇をすり抜けるように刀がアールの手へと吸い込まれた。
すぐに刀を構えたアールだったが、“動物”を殺すわけにはいかないと躊躇った。しかしそのシャチの目を見て、その躊躇いは消え去った。
シャチの目は、拳ほどある“人間の目”だったからだ。丸く見開かれた目は、ギョロリとアールを見下ろしていた。
 
「魔物……」
 
刀を握る手に力が入る。
飛び上がったシャチの魔物は小型船を飛び越えて海の中へダイブした。高波のような水しぶきが船とアールを襲い、アールは尻餅をついた。
 
「シオン! 足元にプレートない?! 魔法円が描かれたプレートをどこかに貼って!!」
 
一か八か、アールはそう叫んだ。
操舵室で見つけたプレートが気になっていた。あれは船を守る結界を発動させる魔法円なのではないかと。船体のどこかに貼付けただけで結界が張られるかどうかはわからない。
 
「探してみる!!」
 と、シオンは機械の上から足を下ろした。
 
操舵室に溜まった海水は膝下程度だ。赤い魚がいないことを確認し、足元を覗き込んだ。
 
プレートは操縦機械の奥に入り込んでいた。シオンは膝を付き、手を伸ばしてプレートを引き抜いた。
 
「これか……」
 
辺りを見回し、張れそうな平らな場所を探したがガラス窓しかなかった。
シオンは首を傾げた。こんな目立つ場所に貼っていたらこのプレートの存在に気づいていたはずだからだ。
 
もしかしたら床の隅にでも置くようにしてに貼られていたのかもしれないと思いながら、シオンはプレートをガラス窓に押し付けた。
ガラス窓もプレートも海水で濡れていたが、磁石のようにペたりとくっついた。
 
巨大シャチが起こした波のせいで船体は大きく揺れている。
アールは甲板の上でしゃがむようにして身を構えていた。──必ず再び襲いに来る。
 
 
「アール! プレート貼ったよ!」
 シオンが叫んだ早々に海面から赤い魚が飛び込んできた。
 
「貼っただけじゃだめか……」
 
アールは不意に魔法文字を思い出した。魔法文字は魔法円に使われている。
 
「シオン! 魔法円に何が描かれてる?!」
 
海中に潜っていた巨大シャチは、大きくUターンをして再びアール達の船へと泳いでくる。
 
「……面倒なことになっているな」
 そう言ったのはヴァイスだった。
「ヴァイスん!」
 と、カイが隣に立っていたヴァイスを見遣る。「アールんを助けてん!」
「…………」
 
ヴァイスは海の上で揺れている船を一瞥し、背を向けて堤防を降りた。
 
「ヴァイスん無視すんなこのやろー!!」
 と、カイは地団駄を踏んだ。
「ありゃいくらなんでもデカすぎるな」
 と、シドは海を漂う黒い影を目で追う。
「小さい方ですよ」
 ルイは険しい顔をした。
「どうすんだ? ここから遠距離攻撃するにしても、下手すりゃ巨大シャチが船の上に落ちて沈没するぞ」
 
「ヴァイスさんに任せましょう」
 そう言ったルイに、シドとカイは怪訝な視線を向けた。
「はぁ?」
「ヴァイスんは今逃げたんですけどぉ!」
「戻ってきますよ。──おそらくデイズリーさんを連れて」


[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -