voice of mind - by ﾙｲﾗﾝﾉｷ |
ルイは一瞬、上空に魔法円が浮かび上がったように見えた。それは風によって巻き上げられた草や枝が魔法円の形をつくり出していたのだ。
見間違いだろうかと思ったが、魔法円に見えた瞬間に風は止み、舞い上がっていた自然の塵が一斉に落ちてきた。
ルイは暫く腕で口を塞いでいた。砂埃が舞っているのだ。
落ち着いた頃、辺りを見回した。事が起きる前と後で、森の雰囲気が違うことに気づいた。そして途方に暮れる。
森が全体的に大きくなっているのだ。それはシキンチャク袋やテントにも使われている広狭魔法だった。外観から見ても変わりはないが、中はとてつもなく広い。
ルイは突然、迷宮の森に閉じ込められたような感覚に陥った。森全体に仕掛けられた魔法の中だと正常な道と、繰り返されて前へ進めなくなる罠がある道を区別することが難しくなった。
「今日中に出られればいいのですが……」
しかしふと疑問に思う。
アンデッドが森の中に隠された何かを守るためにつくられたのだとして、例えばそれを攻撃した為に命を狙われるならわかる。森の出口へ飛ばされるのもわかる。何かを守る為の行動といえる。だが、森全体に広狭魔法を掛けられただけだ。──今のところは、だが。
森から出られないようにすることが何を意味しているのだろう。
立ち止まっている暇はなかった。再び歩き出しながら頭を悩ませた。カイのことも心配だった。それでもルイは自分の役目を果たすために歩みを進めた。
出口は、自分が見つけ出さなければ……。
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カイはスーと一緒だった。また仲間と離れ離れになり、うんざりする。
頭に被った砂や葉を叩き落しながらうなだれた。
叫べば誰かに聞こえるかもしれないが、魔物にも聞こえるだろう。自分の叫びを聞いて仲間が先に来るか魔物が先に来るか、掛けをする勇気はなかった。
「スーちん、掴まっててねん」
カイは比較的登りやすく、背の高い木に手を掛けた。大人しく誰かが助けに来るのを待とうと思ったのだ。
ヴァイスはというと、漸く落ち着いた空を見上げていた。
小さくため息をつき、歩きはじめた。
落ち着いているヴァイスとは違い、酷く苛立っていたのはシドだった。わけがわからないことは大嫌いだった。
「ったく……携帯電話は使えねーし結局バラバラになるし」
舌打ちをして、歩き出した。魔物をぶった切りたい気分だった。とにかく苛立ちをぶつけたい。
行く手に獣が現れ、シドは駆け出して行った。
アールは舞っていた枯れ葉や砂を被り、呆然と立ち尽くしていた。
シドがいなくなったため、ネックレスにしていた武器を鞘ごと元の大きさに戻して、腰に挿した。
久しぶりに腰に装備すると違和感がある。アールは剣を抜いてからとにかく道が伸びている方へ歩きだした。
方向がわからないため、どこにむかって歩いているのかわからない。
みんなは無事なのだろうか。
アールが絶叫したのはそれから10分ほどしてからだった。
森の奥からカサカサと音がした。剣を構えて正体を捉えようとして、絶叫したのだ。はじめは小さな生き物が草の間から出てきたと思ったが、それは“手”だった。人間の“手”が、続々と森の奥から沸いて来る。
手は、手首から肘の中心で切断されていた。指を蜘蛛の足のように動かしながら近づいてくる。
アールは卒倒しそうになった。これはファンタジーじゃない。ホラーだ。
静かに後ずさると、彼女の足を何かが掴んだ。
「ひっ……」
反対側の森からも“手”がうじゃうじゃと沸いて来ていた。「いやあぁあああぁあぁ!!」
アールは剣で手を振り払うと、全速力で逃げ出したが、頭を積み上げたアンデッドに道を塞がれてしまった。
アールは異臭と悍ましさに耐え切れず胃液を吐き出した。
来た道を振り返るとアールに向かって“手”が追い掛けてきている。何十もあるアンデッドの頭は、歯をガチガチと鳴らしながら腐った舌を覗かせた。
気持ちが悪い胸を押さえながら、アンデッドの横を通り抜けようと走り出した。しかしアンデッドはアールの前に立ち塞がり、アールはアンデッドの体に飛びつく形になってしまった。
目の前に皮膚が腐った頭がある。
「ひぃッ──!?」
咄嗟に離れようとしたが、体が動かなかった。はじめは何が起きたのかわからなかったが、すぐにいくつもの顔がアールの服や腕に噛み付いていることに気づいた。そして、グチュっと嫌な音と共に右肩に熱を感じた。噛み潰されていたのだ。
アールは悲鳴を上げた。
必死に体を動かしながら抵抗を試みたが、噛み付く力が強く、痛みも酷くて力が出なかった。
目の前にあった顔の口が大きく開かれた。がたがたな歯が並び、肉のようなものが挟まっている。顔を逸らしたが、そのせいで耳に噛み付かれてしまう──
「だ……だれか……た……た……」
アールは絶句した。助けてと叫びたくても喉がつまり、声が出なかった。
「だれか……」
耳元で蜜柑を潰すような音がした。──熱い。ぬるぬるとした生温い液体がアールの首筋を流れていった。耳を引きちぎられて溢れ出した血だった。
足元からなにかが這い上がってきた。人の手だ。太股辺りで動きを止めた“手”は、ぎりぎりとアールの足の皮膚を掴んだ。
「痛い……痛いよ……」
力は一掃強まり、親指が太股に突き刺さった。
「あ"ぁッ──」
アールが顔を歪めた時、銃声が響いた。
ヴァイスだ、と、アールは咄嗟に思った。
だがアンデッドに噛み付かれて体を固定されているため確かめることが出来なかった。
背中越しに何かがいる気配を感じていた。
アールの太股に、人差し指と中指が突き刺さり、呻いた。
銃声が再び響いた。今度は３発だった。するとアールを離さなかったアンデッドの力が弱まり、後ろに倒れ込んだ。
じたばたといくつもの足を動かしている。足に穴が空いていた。ヴァイスが撃ったのだ。
アールは噛みちぎられた肩を押さえ、片膝をついた。太股にはまだ“手”がしがみついていた。それを掴み、引き離そうとしたがどんどん減り込んでゆく。
アールの視界にヴァイスの足が映り込んだ。ヴァイスは“手”を掴むと、まるで林檎を潰すように軽く握り潰した。
突き刺さっていた指は引き抜かれ、アールは脚からも血を流した。
額に汗を滲ませながら漸くヴァイスを見遣り、目を見開いた。ヴァイスの口が緑色の液体で酷く汚れている。
走ってきた道に視線を移すと、潰された無数の“手”が辺り一面に散らばっていた。緑色の血で地面を染めて。
Thank you... |