voice of mind - by ルイランノキ |
「俺パス」
翌朝、ルイが外のテーブルで朝食を作りながらシドに武器強化のアーム玉の話をしたら、シドは素っ気なくそう言った。
「パスというのは強化しなくていいということですか?」
「あぁ。強い武器なんか使わなくてもまだまだいける」
シドは地べたに座り、ストレッチと筋トレを始めた。
しばらくしてアールも起きてきた。シドに指摘される前にストレッチをする。
「ルイ、あれから眠った?」
「えぇ、眠りましたよ」
ルイは眠っていなくても眠りましたと言いそうだ、とアールは思った。
カイはいつも通りシドにたたき起こされ、眠気眼で廃墟を見遣った。帽子を深く被った男が窓のない窓際に立っている。
「あれは誰かなぁ」
と、今更訊く。
「吟遊詩人さん」
と、ストレッチを終えたアールは椅子に座りながら言った。
「えっ、じゃあ音楽鳴らしてくれるの?!」
「カイさん、きちんとご挨拶を」
「ほーい」
と、カイはルイに促されて廃墟内に足を踏み入れた。
外を眺めていた吟遊詩人は気配に気付いて振り返った。コートの内側には大切そうに竪琴を抱えている。
「あ、こんにち……じゃなかった。おはようございます! 俺カイって言います!」
「……あぁ、話は聞いている」
「え? アールから? かっこいいって?」
「……いや」
「あ、どうせアールが『カイはカッコイイんだよ? あ、でも恥ずかしいから本人には言わないでね』って言われたんでしょー? 大丈夫、聞かなかったことにするから!」
「…………」
アールが彼のことを“今森の中を逃げ回っている思い込みの激しいカイ”と言っていたことを思い出し、なるほどな、と詩人は納得した。
食卓にはルイ、カイ、シド、アール、そして詩人が座っていた。
ヴァイスはいつの間にかまたいなくなっていた。
「貴重な食料ではないのか?」
と、吟遊詩人は言う。
「えぇ、ですが今は余裕がありますし、お世話になりましたので」
吟遊詩人が寝床としている廃墟があるのは迷宮の森の中心部だった。
ここを去るとしても、無事に森から抜け出せるかはわからない。
「今度こそ逸れないようにしないとね」
と、アールはオニオンスープを飲みながら言った。
「時間はかかりますが僕がひとりずつ連れていくというのはどうですか?」
「却下だ」
と、シドはレタスとハムを挟んだロールパンを頬張った。「待てるかよ」
「ですがまた逸れてしまったら時間がかかってしまいます」
そう言いながらルイはカイのグラスに水を注いだ。その隣ではコップの水にスーが浸かっている。
「逸れなきゃいんだよ」
「それが問題なのですよ」
「ふたりずつのペアにしたらいいんじゃない?」
と、アールは提案した。
「ふたりずつ?」
「ルイは正しい道がわかるから、ルイと……カイが先頭を歩くペア。次は私と誰か……そうやってペアになってペアの内どっちかが相手を視野に入れておけばいいんじゃないかな」
「なるほど……ですがひとり余ってしまいますね。2人と、3人のペアか、ひとりは一番後ろで常に誰かを視野に入れておくのがいいかもしれませんね」
「俺アールとペアがいい……」
と、カイはパンを頬張った。
「カイはちょっと黙ってて。じゃあ私は……シドかぁ」
嫌々ながらそう言った。
「嫌ならハイマトスと行け」
シドはふたつめのパンを手に取った。
「それ名前じゃないよ。ヴァイスは銃だから遠距離攻撃が出来るし、全体的に目を凝らしてもらうのがいいと思う」
「そうですね。それはいいかもしれませんね」
と、ルイはオニオンスープを飲んだ。
「お前俺から目ぇ離すんじゃねーぞ?」
シドはアールに言ったが、カイが声を荒げた。
「そのセリフ俺がアールに言いたかったのに先に言うなよぉ!!」
「うっせぇ。つーかお前こそルイから目ぇ離すな。俺から目ぇ離したときみてぇに面倒くせぇことになんだから」
「むうっ」
カイは口を尖らせた。
「大丈夫ですよ、僕がカイさんを見ていればいいのですから」
「けど一列になんだろ? 5人もいちゃあ魔物が現れたときに邪魔だな。ペア組んだ相手のことだけ考えてりゃいいってわけにもいかねぇだろ。それぞれ仲間の動きを把握して行動出来るんだからよぉ」
「確かにそうですね……」
アールはパンを一口大にちぎり、口に運んだ。
「じゃあ2人ずつペア組んで、時間をおきながら森に入るのは? ルイとカイが森に入って、ルイが正しい道に印しをつけるの。15分くらいしてから私とシドが森に入って後を追う。そうすれば自分らのところに現れた魔物だけ相手にすればいいし、私もカイやヴァイスの居場所を把握しないでシドを目で追うことに集中出来るから。ヴァイスはスーちゃんと一緒に行動してもらおうよ、ヴァイスはいつも冷静そうだからひとりでも大丈夫かも。一人好きだし」
「俺も一人がいいけどな」
と、シドはふたつめのパンも食べ終えた。
「ダメだよシドは魔物を見つけたら仕留めるまで追いかけていきそうだもん」
「ではその方法で森を抜けましょう。魔物が現れたら僕はカイさんを視野に入れたまま対応します。僕には結界がありますから、それをうまく利用します。それよりシドさん、アールさんをお願いしますね」
「チビカスが俺から目ぇ離さなきゃいい話だろ」
「魔物が現れたらシドさんが全て対応するのですね?」
「まかせろ」
パンを食べ終えたカイは水を飲んでから言った。
「アールぅ、シドの後頭部に飽きたらお尻を見るといいよ。それが嫌なら俺と行くといいよ」
「お尻にしとく」
「え?」
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ヴァイスが戻ってきたのはルイが食器を片付けた頃だった。
アールが提案した方法で森を出ることを伝えると、ヴァイスは黙って頷いた。
カイは廃墟の中にいた。吟遊詩人が軽く鳴らしてみせた竪琴の音色に感動しているようだった。
シドは外に出されたテーブルにどっかりと座り、出発の時を待っている。
「シドさん、テーブルを仕舞うのでどいていただけますか」
シドはひょいとテーブルから腰を下ろした。ルイはテーブルを仕舞い、テントも片付けようと中にいるアールに声を掛けた。
「アールさんそろそ……ろ……」
ルイの目に飛び込んできたのはスリップ姿で着替えているアールだった。
「すみませんッ!」
と、ルイは慌ててテントを出ると、シドと目が合った。
「どーしたぁ?」
ニヤニヤしながら訊くシドは察しがついているようだった。
「いえ……別に……」
アールは慌ててツナギに着替えると、髪を束ねてテントを出た。
「ごめんルイ、さっき着てたツナギが破けちゃって着替えたの」
「いえ、アールさんが謝ることでは……」
ルイは動揺しながらテントを片付けた。
「いや、謝ることだね」
とシドが言う。「見たくもねぇもん見せられたんだ」
「服着てたっつの」
スリップだが。
「なんだ、裸見たわけじゃねぇのか」
シドはつまらなそうな顔をした。
「迷宮の罠は……」
と、吟遊詩人が言う。「この先の道を暫く進み、二手に分かれる道からはじまる」
「そうですか。ではそこまでみんな一緒に行きましょう。分かれ道からは二人ずつ、時間をおいて進みましょう」
Thank you... |