voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光29…『眠るように』

 
シドの予想は的中していた。上から拳ほどの石が降ってくる。コートを頭から被っても、防護服ほど衝撃は防ぎきれない。
 
「うっ……まいったな。次は石まみれか」
 
ゴトゴトと落下してくる石の下で、アールは頭を悩ませた。この家と家との隙間に身をひそめておけば連れ去られることはないだろうが、石が積もれば身動きが取れなくなるだろう。そうなれば仲間が助けに来てくれるのを待たなければならない。かといって今出ていけば捕まってしまう可能性が高い。そうなればまた仲間に迷惑がかかる。
 
どっちにしろ迷惑をかけることになる。
 
アールは自分のことで手一杯だが、ルイ達のことが気掛かりだった。無事なのだろうか。後で連絡すると言ったきり、ルイから連絡が来ない。恐らくそれどころではないのだろう。
 
──ゴンッ!と、突然頭頂部に強い衝撃が走った。ボーリングのボールほどの重みがのしかかる。
 
「──ッ?! ッ?!!!」
 
あまりの衝撃に、声も出なかった。魔物がアールの頭ほどの巨大な岩を落としてきたのである。両腕を頭の上に組んで、その上からぶ厚いコートをかぶっていたため、コートと腕がクッションとなり直接頭部に直撃することは避けられたが、首への負担と腕に走った激痛に涙が滲んだ。
 
──だめだ……下手すりゃ死ぬ……。
 
鉄板でもあれば屋根がわりにするのだが、そんなものが都合よく近くに置いてあったりはしない。
アールは隙間の奥へと移動し始めた。狭い通路の出口では魔物がどうにかしてアールがいる隙間へ入ろうと頭を突っ込んで翼を羽ばたかせているが、胴体が太いせいで入ってくることは出来ない。
 
出口の少し手前に、室外機があった。足を止めて室外機の上へどうにか上ろうとした。
今いる通路に逃げ込む前に、この室外機があることには気づいていた。更にその室外機の上辺りに、隣の家の小さな窓があったことを思い出し、逃げ込めたら逃げ込もうと思ったのだ。
しかし室外機に足を掛けるだけでも一苦労だった。体を横にしてやっと入れた通路。膝を高く曲げる隙間もない。
 
魔物がアールを狙って落とした石が室外機の上に落下し、バン!とけたたましい音が鳴る。室外機は長年使われていないようで、粗大ごみと化していた。
左足を外側に向け、大股を開くようにして室外機に足を掛けた。もたもたしているとまた石が落ちてきて足に直撃してしまう。頭をカバーしていた片手を壁につき、右足で地面を蹴って壁を押すようにしてなんとか室外機の上へあがると、すぐにまた両腕で頭を覆った。
 
ゆっくり立ち上がるとちょうど目の高さに窓がある。手を掛けてみたが、鍵が閉まっている。
拳で割ろうと試みたが、こんな狭い場所で勢いをつけられないし、アールの力では無理だ。首に掛けている剣を元の大きさに戻したとしても狭すぎて使えない。
ふいに足元にある石を見遣った。両足を横にひねってなんとかしゃがみ、ルフ鳥が大量に落としてくれた石を一つ手に取ってから、再びよっこいせと立ち上がる。ただそれだけの行動を行うだけで一苦労だ。
 
石の尖った部分を探し、窓にたたき付けた。はじめは傷がつく程度で割れる気配がなかったが、何度かやっているうちにピシッと大きな皹が入った。その間も上から石がゴトゴトと落ちてくる。室外機の上に立っているお陰で、魔物がいる屋根からアールの頭までの距離が短くなり、その分、少しは衝撃も和らいだ。
 
「あーもうッ! 割れてよッ!」
 
思うように力も入らず、苛立ちながら石をぶつけ続けた。そしてやっと、カシャン!とガラスが割れた。
怪我をしないように鋭く尖ったガラスを、縁から外して地面へ落としていった。
窓はアールがひとり、なんとか通れる大きさだった。ガラスを外し終え、念のため服の袖で手を覆ってから窓の縁に手をかけて身を乗り出すと、ずり落ちるように室内へと避難した。
 
「い"ったぁーッ!!」
 
逃げ込んだ場所は、浴室だった。からっぽのバスタブに頭を打ち、頭を抱えて悶え苦しんだ。
痛みが引くまでうずくまり、落ち着いた時には糞まみれのコートの臭いが鼻をついた。
 
「くさっ!」
 
コートをバスタブの外へ放り投げ、シキンチャク袋から防護服を取り出した。
 
バスタブのドアは閉まっている。様子を見に家の中を歩き回る気はなかった。家の中へ魔物が侵入してきたら、また窓から狭い通路へ出て、頭から防護服を被って堪えようと思っていた。
 
ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。仲間から連絡が来ていないか確かめてみるが、誰からも連絡はきていない。
深いため息をこぼし、バスタブに寄り掛かった。つかの間の一休み。バスタブの狭さがなんだか心地好い。
 
少しの間ぼーっとしていると、次第に瞼が重くなる。気を張っていたせいか、眠い。しかし、外で上から落下してきた石がまた室外機に当たり、大きな音に体を震わせて身を縮めた。
 
「びっくりした……。危ない危ない。寝るとこだった」
 両手を頬をペチペチと叩いた。
 
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「人間なんか食べてもおいしくないと思うんだよね。それでも食べちゃうのは実は美味しいから? それともマズイけどこの世知辛い世の中を生き抜くためには食べざるおえないとか? いやいや、それでもマズすぎるものは食わないでしょ? やっぱ美味いわけ? 人間って」
 
魔物に連れ去られているカイが、自分を運んでいるルフ鳥に話し掛けている。
 
「ねぇ聞いてる? あーぁ……ルイがいたらカラシを貰って体中に塗りたくるのに。流石にカラシまみれだったら食わないでしょ? あ、カラシ食べたことある? あれカライんだよ。俺あれ嫌いなんだよね。なんでかって? チョー辛いから」
 
ルフ鳥に捕まってから長い間襟を掴まれた状態で空中を移動し続けているせいか、恐怖心が薄れていた。
 
「今度モーメルばぁちゃん家に行ったときは、おもちゃじゃなくてお役立ちグッズを貰おっと。モンスターに捕まった時の俺のためのお役立ちグッズ! あ、そういえば花火貰ったのにアールから受け取ってないや。まぁいっか。なんかもう花火とかどうでもいいや。今度アールに伝えとこっと。『アールぅ、花火はアールにあげるよぉ。そのかわりアールを俺にください』って。そしたらアールはきっと『えー、なに言ってるのよぉ! バカじゃない?』とか言いながら頬を赤らめるんだ。そんで『ほんと……おバカなんだから……』とか言いながら、アールはそっと目を閉じて……。うんうん、完璧なシナリオだ! でもアールは恥ずかしがり屋だからなぁ……俺がリードしてあげないと! ──ん?」
 
永遠と独り言を話し続けていたカイが、目を丸くして黙り込んだ。円形の“カゴ”が目に入ってきたからである。それは足元に広がる森に、転々と枝や草などで作られた鳥の巣だと誰が見てもわかる。──ただ、直径が15メートルはあった。
 
「…………」
 カイは全身を強張らせ、顔を歪めた。
 
もちろん、鳥かごだけがそこにあるわけではない。今か今かと腹を空かせて待っている雛たちが、親鳥が飛び交う空にくちばしを向けてパクパクと動かしている。
本来、雛鳥といえば小さく可愛らしいものを想像するが、あくまでも“魔物”であるルフ鳥の雛は、小学6年生の子供くらいの大きさはあった。
 
カイは思わず、自分が餌として雛の元へ連れていかれ、雛にキツツキのように頭を突かれて頭蓋骨に穴が開くところを想像をしてしまい青ざめた。
 
「……どうしよう! 死ぬときは眠るように死にたいのに!」
 

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©Kamikawa
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