voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光20…『人が消えた街』‐ 後編

 
一行がブラオ街に着いたのは、それから3日後だった。
アールは街の入口で愕然と立ち尽くしていた。街の中に植えられていた緑は茶色く枯れ果て、水の都と呼ばれていたはずのブラオ街から水気が一切なくなっていた。街の中心部にある噴水に向かって伸びる水路に水は流れておらず、小魚が腐って死んでいる。
 
「これが水の都なの……?」
 と、アールは辺りを見回した。人の気配すらない。
「クラウディオが話していたことは本当だったんだな」
 と、シドが言った。
「そういえば妙な噂を聞いたって話してたね。今は水が干上がってるとか、人の気配がない……とか」
「人がいないか確かめましょう」
 ルイはそう言って、街の中を歩き始めた。「入口の門は開いていましたので、魔物に注意してください」
「人を捜すなら別行動のほうがいいだろ。俺は向こう見てくる」
 シドは刀を抜き、南の方角へ調べに向かった。
「お二人は僕と一緒にいてください。なにがあるかわかりませんから、なるべく離れないように」
 と、ルイはアールとカイに言った。
 
アールも念のため剣を握り、歩き進める。崩された建物がある中で人の気配はないものの、崩れずに残っている民家もいくつかあった。
 
「むやみに中に入るのは危険ですので、外から声をかけてみましょう」
 と、ルイが注意を促した。
 
妙に静かで、薄気味悪い。
 
ルイが声をかけまわっている間、アールはルイの目が届く範囲の捜索を始めた。
とある一軒家に足を止め、外から庭を眺めた。沢山の花が植えられていたであろう花壇がいくつも並べられているが、どの花も鮮やかさを失って枯れ果てている。庭へと入り込み、近くにあった水道に手をかけた。蛇口を回すと、綺麗な水が出た。
庭から室内を覗いてみると、荒らされている様子もなく、むしろ綺麗に整頓された部屋だ。部屋の中央に食卓があり、壁にそってテレビや棚などが置かれている。
 
「すいませーん、誰かいませんかー?」
 そう声をかけながら、アールは窓を叩いた。
 
返事はない。しばらく耳を澄ませてみたが、物音ひとつ聞こえてこない。
玄関にまわり、ドアに手をかけると、きちんと閉まっていなかったのかドアが開いた。──鍵もかかっていない。足を踏み入れようとして、ルイに言われたことを思い出し、思い止まった。
 
「すいませーん」
 と、もう一度声をかける。
「はーい」
 と、背後から声がしてビクリとした。──カイだった。
「もう……驚かすのやめてよ」
「エヘヘッ。誰もいないねぇ、俺はいるけど」
「そうだね。ほかの家も見てみよっか」
 アールは少し離れた場所にいるルイの姿を確認しながら、次の家へと向かった。
 
「ねぇ、俺の推理聞いてくれる?」
 と、後をついてくるカイ。
「推理?」
「うん。──魔物が街を襲った! 魔物がブラオ街の水を飲み干した! 魔物に喰われたから死体はない! どうだ!」
「縁起でもない推理だね。でも……可能性はなくもないのかな。だとしたらたとえ死体はなくても血の跡くらいあるんじゃないかな……」
「雨が降って流された! それか丸呑みにされた! どうだ!」
「どうかな……。確かに雨が降ったのなら流されるかもしれないけど、雨が当たらない場所とかあるだろうし……まったく血の跡がどこにもないのはおかしいよ」
「じゃあ丸呑みで」
「丸呑み……争った形跡はないよ。普通、魔物が現れたら何かしら行動に出すでしょ? 武器らしきものも落ちてないし」
「えーじゃあ……魔物が近くをうろついていたから、隙をみてみんな逃げ出した! これでどうだ!」
「……なるほどね。それならちょっとわかるかも。玄関の鍵を閉め忘れるくらい急いで逃げ出した、とか。でもじゃあどこに逃げたんだろ」
「うーん地下にある秘密の避難所!」
「……あの家見てみようか」
 と、アールは足を速めた。
 
その家の小さな庭に、子供用のおもちゃが置かれていた。プラスチックで出来ている車の乗り物で、背中には親が押しながら進めるように長い取っ手がついている。
カイが真っ先に駆け寄り、跨がった。
 
「バックします! バックします!」
 そう言いながら、後ろ向きでアールに近づいた。
「子供じゃないんだからやめなよ……しかも人様のものを……」
「乗り物見たら乗りたくならない?」
 と、カイが言った瞬間、お尻からパキッと音がした。「あ……」
「ほらぁ! 今絶対壊れたでしょ!」
 
カイがそっと腰をあげると、座る部分が割れていた。
 
「どうしよぉ……」
「弁償だね」
「俺お金ないよぉ。幸い持ち主はいない……」
「バックレようとしたらダメだよ」
 と、アールはシキンチャク袋から財布を取り出した。「いくらくらいするんだろ」
「どうするの? 持ち主いないのにぃ」
「せめて弁償代を置いて行こうよ。──ていうか本当に誰もいないのかな」
 アールは玄関のドアを叩いた。「すいませーん、誰かいませんかー?」
「……いないねぇ」
 と、カイが言う。
 
アールはまた玄関に手を掛けると、鍵が閉まっていないことに気づいた。
 
「やっぱり開いてる。カイ、お金玄関に置いておこうか。一応一言添えたほうがいいのかな」
「それより早く人捜した方がいいよ。俺あっち見てくる!」
 と、カイはルイの元へと向かった。
 
アールは仕方なく玄関の靴箱の上に、1万ミルを置いた。これだけあれば足りるだろうか。城でバイトしておいてよかったと、改めて思った。
 
玄関のドアを閉めようとしたとき、コトンと、微かに家の中から音がした。アールは耳を澄ませてみたが、何の音もしない。気のせいだったのだろうか。
 
「誰かいますか? 誰かいたら返事してください! 私……怪しい者じゃありません!」
 
もしかしたら中に人がいて、警戒しているのかもしれないと思い、そう言った。
 
「さっきこの街に着いたばかりで……あの……」
 
誰かいるのかどうかもハッキリしない中で、話し掛けるのは虚しいものがある。
 
「いない……か……」
 
しかしまた、コトンと小さな音がした。
 
勝手な行動は慎むべし……。そう思い、アールは一先ず玄関から出ると、ルイの姿を探した。
 
「ルイーッ!」
 
姿が見えなかったので名前を呼ぶと、3軒先の家からルイが出てきた。すぐに駆け足でやってくる。
 
「どうかしましたか?」
「この家の中から音がしたんだけど……あれ? カイは?」
「カイさんは邪魔ばかりしてくるので、結界の中で大人しくしているように促しました」
 そう言って、物音がした家の中へと足を踏み入れた。「アールさんは待っていてください」
「あ……うん」
 
ルイはロッドを構え、家の奥へと入っていった。
 
「お邪魔します。誰かいますか?」
 足を止め、一室ずつ調べて回る。
 
小さな物音を聞き逃しまいと足音に気をつけていると、階段付近で2階から音がした。
階段を上がると2部屋あり、一先ず手前の部屋のドアをノックした。
 
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
 返事はない。失礼します、と、ドアを開けた。──誰もいない。
 
ツインベッドが壁側にあり、大きなドレッサーが置かれている寝室だ。
ルイはドアを閉め、隣の部屋へと移動した。またノックをして声を掛けるが、返事はない。
そこは、二段ベッドと小さな机、おもちゃ箱などが置かれた子供部屋だった。
 

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