voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光11…『クラウディオ』

 
「すいません、ほんっとーにありがとうございました! 助かりました……」
 と、空腹を満たしたアールは深々と頭を下げた。
「いいって。こっちは命を助けてもらったんだからよ。それより何日食ってなかったんだ?」
「……たった2日半くらいです」
 と、アールは恥ながら言った。
「ははは! よっぽど毎日贅沢な食事でもしてたのか!」
「はい……」
 
アールは顔を臥せ、ルイを思った。
 
「なんでまた急に食えなくなったんだ? 食料が尽きたのか? そういやあんた……ひとりか?」
「仲間が突然……消えたんです」
 と、アールは現状を話した。
「消えた?」
 と、男は興味深げに訊く。
「消えたとしか言いようがなくて……」
「まぁ、死んだわけじゃねぇなら、まだ希望はある。俺なんて目の前で仲間喰われちまったからな!」
 と、男は笑った。
 アールは言葉が見つからずに目を背けた。
「仕方ねぇよ。運が悪かったことにするわ」
 と、男は結界の中で仰向けに寝そべった。
「運が悪かった……?」
「運のせいにしねーと、やってらんねぇよ……」
 
仲間の死を、運のせいにして片付けられるのだろうかと、アールは疑問に思った。
運のせいにすれば、少しは気が楽になれるのだろうか。タケルも、ただ運が悪かったといえるのだろうか。
 
「……あ、名前、訊いてもいいですか?」
 と、アールは言った。
「俺はクラウディオ。あんたは?」
「アールです。クラウディオさんはこれからどこへ?」
「どこって言われてもな……ひとりじゃどこにも行けねぇ。見たろ? 魔物を前にして腰を抜かしたマヌケな俺の姿をさ」
 クラウディオは苦笑いを浮かべた。「街に戻って、新しい仲間を探すか、旅なんかやめて大人しく暮らすか……だな」
「街って……ブラオですか?」
「いや、モス街だ。俺は北西から来たからな。あんたブラオに向かってんのか?」
「はい……」
「ブラオ街は妙な噂を聞いたが……」
 と、男は体を起こした。
「妙な噂?」
「あぁ、水の都とも呼ばれているブラオだが、今は水が干上がって人の気配もねぇとかなんとか……」
「そんな……」
「いや、まぁ噂だからよ、本当かどうかわかんねぇ」
「クラウディオさんが来たモス街っていうのはどういうところなんですか?」
「あそこはオススメ出来ねぇな。大した店はねーし、一応宿泊施設はあるが……まぁ良くも悪くもなくごく平凡な街だ」
「そうですか……」
 アールは肩を落とした。
「ところであんた、結構強いよな。さっきの魔物を倒したところをみると、俺よりは強いのは確かだ。食料……ないんだよな?」
 と、クラウディオはなにか企んでいるかのように様子を伺ながら訊く。
「はい……」
「ここからじゃ恐らくブラオまであと2日はかかる。そこで、だ。あんたもひとりなら、共に行動しねぇか? その街までで構わない。俺はまたあんな化け物に出くわしちゃ適わねぇから、あんたがいると助かる。あんたとしても、食料があると助かるだろ? 2人分の食料なら十分にある」
「……はい、とても助かります」
 アールは考える間もなく、そう答えた。交渉成立だ。
「お、じゃあ決まりだな。よろしく頼むよ」
 と、クラウディオは手を出し、握手を求めた。
 
アールは迷わずクラウディオの手を取り、握手を交わしたのだった。
 
━━━━━━━━━━━
 
「ほらよっ」
 と、テント内で、クラウディオが大きな絆創膏が入った箱をアールに投げた。
「貰っていいんですか? 絆創膏……」
「バンソーコ?」
「あ……傷テープ」
「あぁ、沢山あるからな。あんたの顔の傷、まだ新しいだろ。遠慮なく使え」
「ありがとうございます」
「しかしこっちこそいいのか? 俺までテントにお邪魔して」
「テントがないなら外は危険ですし、仕方ないですよ」
 と、アールは自分の布団を広げた。
 
時刻は午後6時。早めの切り上げだった。
 
「布団は……ありますか?」
 と、アールは訊いた。
「いや、テントも布団も仲間が持っててよ、シキンチャク袋まで一緒に喰われちまったみてぇで……あれってどうなるんだろうな? シキンチャク袋自体は小さいが、中身は大量に物が詰まってるってのに」
「布団ないなら、貸しましょうか」
「いやいや、そこまで世話になるわけにはいかねーよ。んなことより……」
 と、シキンチャク袋を漁る。「夕飯はなにがいい?」
 
クラウディオは作り置きされた料理が入った大きなタッパを床に並べ始めた。
 
「わぁー、いっぱい!」
「俺は食料担当でな」
「担当?」
「唯一結界が使えるのは俺だけだ。防御魔法がある奴は一番生き残りやすい。食料は生きるために一番大事なものだ。そこで俺が食料持ちを引き受けたってわけだ。仲間のひとりが大食いでな、あいつに持たせると夜な夜な盗み食いしやがる。もうひとりは大雑把でな、食料を食料用じゃねぇ袋に入れちまうからよ」
「なるほど……」
「けどまぁ一番いいのは自分の分は自分で持つことだな。あんた見てると」
「あはは……そうですね」
 と、アールは苦笑した。
 
「で、なにが食いたい? 俺のオススメはビーフシチューだ。勿論、米もある」
「じゃあそれを頂きます」
「おっし。じゃあちょっと準備を」
 と、クラウディオは他の料理を仕舞い、大きな板を取り出して床に置いた。
「悪いがこれがテーブルがわりな」
「はい、全然大丈夫です」
 それから、銀色の袋を取り出し、封を切ってアールに渡した。
「ちょっと持っててくれ」
「なんですか?」
 と、中を覗くとお米が入っていた。
「お湯を入れてしばらくすりゃ、食える」
「へぇ……便利ですね」
 
クラウディオはポットを取り出し、湯を注いだ。ポットにはコードがないため、これも魔法の道具なのだろうと、アールは察した。
 
「こういう魔法の電化製品とか、売ってるお店あるんですか?」
「あぁ、ただバカ高い」
「そうなんですか……」
「売手も旅人のために作って、街でのーんびり生活してる一般人には売れねぇから値段が張るんだよ。──さ、食おうぜ」
「あ、いただきます!」
 
ふたりは、これまでどの街に寄っただとか、こんな魔物を見たなど、たわいのない会話をしながら食事をした。
疲労感はあったが、さすがに回復薬を持っていないか尋ねることは出来なかった。食料をわけてもらっただけでも十分だ。
 
「本当にお布団、いらないんですか?」
「いいって。それより……ほれ」
 と、クラウディオは液体が入った瓶を渡した。
「これは?」
「回復薬さ。専用の瓶は小さくていくつも持ってると嵩張るから、他の容器に入れ替えてんだ」
「え……いいんですか?」
「あぁ、それ飲んでゆっくり休んで、また明日俺を守ってくれ」
 と、クラウディオは笑った。
「ありがとうございます!」
 
クラウディオの優しさに感謝し、アールは回復薬を飲んで布団に入った。
疲れがスーッと抜けてゆくような感覚がして、眠りに落ちていった。
 

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©Kamikawa
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