voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光1…『星』

 


- 前編 -

 
「お前もういっぺん城に帰れッ!」
 
翌朝、テント内でシドの声が響いた。腕を組んで仁王立ちをしている彼の足元では、アールが頭を深々と下げ、土下座をしている。
 
「ご……ごめんなさ……」
「初日からなまけやがって……チッ」
 寝起きで頭がボサボサのアールを見下ろしながら、舌打ちをした。
 
そこに、外で朝食の準備をしていたルイがシドの声を聞き付けてテントに顔を出した。
 
「なにかあったのですか?」
 頭を下げていたアールが顔を上げ、
「今……起きました……」
 と、小さく言った。
 
早朝4時に起きる予定が、時計の針は5時を示している。
 
「カイはともかく、お前……」
 シドは呆れて言葉も出ない。
 カイは未だにシドの後ろで眠っている。
「仕方ないですよ。アールさんは昨日までお城で過ごされていたのですから」
「やる気が感じねーんだよッ」
「はい……すいません……以後気をつけます……だから城に帰れなんて言わないで……」
「“言わないでください”だろ」
「言わないでください……」
 
昨夜のアールは、うるさいシドのイビキもカイの寝言も心地好く感じ、仲間がいる安心感から深い深い眠りについていた。
アールはひたすら謝り続け、シドの機嫌をとった。それでもなかなか説教は終わらず、「ストレッチします!」と半ば強引に説教を中断させた。しかしストレッチ中もシドの機嫌は悪く、スパルタな指導を受けるはめになった。
 
寝坊した自分が悪い。初日から残念な滑り出しだ。アールはそう思いながら、体を捻った。せっかく成長した自分を見てもらおうと思ったのに、これでは前と変わらない。
 
「毎日欠かさずやってたみてぇだな」
 と、ようやく怒りが落ち着いてきたのかシドが言った。
「え……ストレッチ……ですか?」
 刺激しまいと、敬語を使う。
「少しは柔らかくなってんじゃねーか。まぁまだまだ硬い方だけどな」
「はい……これからもっとがんばります」
「意気込みはいいが行動に出さなきゃ意味ねんだぞ。女ってのは口先だけだからな。明日からダイエットしようと意気込んでおきながら、翌日また“明日から”って言うだろーが」
「よ、よくご存知で」
「行動に出して尚且つ持続させねーと意味ねんだよ意気込みだけじゃ」
「……はい。その通りです」
 
シドの監視の元でストレッチを終わらせたアールは、カイを叩き起こして朝食をとった。
ストレッチもしないで怠けているカイは、注意さえ受けなくなっている。カイになにを言っても無駄と諦めているのだろう。
 
「アールぅ、寝る前に話したこと覚えてるー?」
 
食事を終えた頃、カイは外に出されたテーブルに顔を伏せたままアールに訊いた。
アールは歯を磨きをしながら答えた。
 
「ん、巨大魚釣った話でしょ?」
「そう。あれね、俺が釣ったって言ったっけ?」
「……シドが釣ったんでしょ?」
「俺のヨーヨーで釣ったんだ」
「あぁ、そうなんだ」
「俺のヨーヨーが無ければ釣れなかったってわけ」
「うん、そだね」
 答えるたびに歯磨きを中断する。
「ってことはさぁ、俺のおかげってことだと思わない?」
「…………」
 アールは歯磨きに専念した。
「ヨーヨーが無ければ釣れなかったってことじゃん?」
 と、カイはまた同じことを言う。
「…………」
「ヨーヨーを持ってた俺がいなかったらシドは釣りが出来なかったに違いないんだよ」
「…………」
「あの時、俺がそばにいて、しかもヨーヨーを持っていて、更にヨーヨーを貸したんだ。俺ってけっこう役に立ってる」
「ガラガラガラガラ……ペッ」
 と、アールは口を濯いだ。
「聞いてる? 人の話……」
「聞いてる聞いてる。ヌシが釣れたのはカイのおかげ」
「はぁ?」
 と、シドが不機嫌な面持ちでアールの後ろに立っていた。
 
シドは手に持っていたコップの底でアールの頭をググッと押さえた。
 
「い……痛い……」
「なにがカイのおかげだって? あ?」
「いや……ちが……カイが話してたから……」
「カイが話すことは全部自分に都合がいい話だろーが。お前はそれを信じたのか? 何時間も粘って釣り上げ仕留めたのはこの俺だ」
「痛い……わかってます……」
「まぁまぁシドぉ、落ち着いて」
 と、カイに宥められてシドはコップをカイの頭に投げつけた。──スコーン!といい音が鳴る。
「いたぁああぁい?!」
 
歯磨き用のコップはプラスチックなのでさほど痛くはない。大袈裟な反応だ。
 
「テメーのヨーヨーがなくても釣れてたっつんだよッ」
「もぉーシドはいっつも自分だけの手柄にしたがるんだからぁ!」
「テメェがなにしてくれたっつんだ! あ"ぁ?! ヨーヨーよこせっつったのは俺だ! 言わなきゃ貸さなかったろーが! テメェのヨーヨーを俺が“使ってやった”んだよッ!」
「なんだよその言い方ぁ!」
 
カイとシドの言い争いが始まり、アールは後ずさった。
先に歯磨きを終えていたルイが、テントから手招きをしている。──なんだろう。
カイ達に気づかれないように静かにテントへ向かった。カイとシドは言い争いに夢中でその場からアールがいなくなったことに気づいていない。
 
「どうしたの?」
 と、アールはテントに入り、ルイに目を遣った。
「シドさんたちはもう少し時間がかかりそうなので一杯どうですか?」
 
テント内に出された座卓に、ふたつの湯呑み茶碗が置かれている。アールは笑顔で座り、湯呑みを手に取った。──うめこぶ茶だ。
 
「ルイが好きな飲み物だね」
 そう言って、一口飲んだ。歯磨きをした後だから妙な味がするけれど、ほんのり梅の香りと甘酸っぱさが口の中で広がった。
「覚えててくれたのですね」
 と、ルイも床に腰を下ろし、うめこぶ茶を嗜む。
「なかなかいないからね、好きな飲み物を訊かれてうめこぶ茶って一番に答える人」
 そういって笑った。
「そうですか?」
 
ルイの穏やかさは、内面から醸し出されている。ルイがそこにいるだけで、気分が和んだ。
 
元の世界にはこんなに落ち着いた男の子はいなかったように思う。10代なんてまだ遊び盛りだし、馬鹿騒ぎしている悪ガキばかりのイメージがあった。20歳を迎えても成人式でド派手に暴れる人がいるくらいだ。
 
アールの視線に気づいたルイが首を傾げた。
 
「どうかしましたか? あ……寝癖ついてますか?」
 と、髪を撫でた。
「ううん。──ルイって和むね。おじいちゃんの家に遊びに行ったときみたい」
「おじいさん……」
「おじいちゃん家に遊びに行ったら、必ずお茶菓子を出してくれてね、一緒に食べながら、のーんびりテレビ観たりしてた。カリントウもよく出してくれてたよ、みかんも」
「カリントウ……。アールさんのおじいさんと気が合いそうですね」
「でしょー? 雰囲気似てるし。あ、ルイは将棋出来る?」
 そう訊きながら、この世界にも将棋はあるのだろうかと疑問に思った。
「少しなら出来ますよ」
「そっか。おじいちゃん将棋が好きだったんだけど、私将棋だけは覚えられなくて、相手してあげられなかったんだ……。ほら、駒? って裏返したり、動ける場所が駒によって違ったりするじゃない? 王将を取れば勝ちってことくらいはわかるんだけど」
「そうでしたか。──おばあさんは?」
「おばあちゃんは会ったことないの。早くに亡くなったんだって」
「……すみません」
「ううん。実はおじいちゃんももう亡くなったんだ。私がまだ小学生の時に」
 
ルイは黙ってアールの話に耳を傾けた。
 
「人って、死んだら体温なくなって冷たくなるんだって知った。柩に入れられて蓋を閉める前に、おじいちゃんの顔に触れたの。ひんやりしてた。なんだか寒そうだなって思ったよ」
「そうですか……」
「あ、ごめん。暗い話になっちゃったね」
 と、アールはうめこぶ茶を啜った。「カイたち遅いね。いつまで歯磨きしてるんだろ」
「敷地に花は咲きましたか?」
「へ……?」
「おじいさんが亡くなった翌日あたりから、家の敷地内に花は咲きましたか?」
「……? わからないけど……なんで?」
 
ルイは一瞬、驚いた表情を見せた。アールもきょとんとする。急に何の話だろう。
 
「すみません。アールさんの世界とは違うようですね」
「なんの話?」
「こっちの世界では、亡くなった人の魂が花となって姿を現すと言われているのです。大切な人のそばで咲き誇り、大切な人の痛みや苦しみ、悲しみなどを身代わりに背負って枯れてゆくと」
「そうなんだ……素敵だね」
「アールさんの世界では、そういった言い伝えなどはないのですか?」
「うーん……亡くなった人は星になって、空からいつも見守ってくれてる……とは言うかな」
「それも美しい思想ですね」
 笑顔で言ったルイに、アールも笑みを浮かべ、お茶を飲み干した。
「でも星は……遠すぎる」
 と、アールは小さく呟いた。
 

──人は死んだら星になって、見守ってくれている。
空から光を放って、闇を照らしてくれる。
 
星になったらいつも遠くから大切な人を見守ってる。
傍に行きたくても遠すぎて、気づいてもらいたくても周りに沢山の星がありすぎて、悲しくて苦しくて、気づいてもらいたくて他の星よりも輝こうとする。
 
傍に行きたくて大切な人に触れたくてその想いが光となって地上まで降り注ぐ、悲しい光。
 
そんな風に思うようになったのは、この世界に来てからだ。
 
私がもし死んで星になって、遥か高い場所から地上を見下ろせるようになっても、
いくら探しても君はどこにもいないんだよね。
 
君が見上げた空に
私はどこにもいない。
 
この世界から出られないのなら
死んで自由に見下ろせても
例え自由に飛び回れるようになったとしても
君を見つけることはできない。
 
いない人を見つけることはできない。
永遠に。

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