voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散40…『頑張ろう』

 
シドは物思いに耽っていた。
一人の方が自由で楽だと言いながら、寂しさを感じるときがある。誰かと共に過ごす楽しそうな人を見て、気に食わなかったりする。「バカバカしい。一人の方が楽だ」と、自分に言い聞かせている。
本当に一人で満足しているのなら、他人を見て苛立ったりはしないはずだ。
認めたくないんだろう。自己中な自分を。
確かに一人は自由だ。誰からも束縛されず、空いた時間は自由に使える。
けれど、ふと寂しくなったときには誰かいてほしいんだろう?
 
人付き合いは面倒だ。
 
 
「シド」
「──なんだよ」
 
午後11時過ぎ。一行は休息所にたどり着いていた。
食事を終え、眠るまでの自由時間。シドは外に出されたテーブルに腰掛け、片足を椅子に乗せ、星空を眺めていた。
 
「髪、伸びたね」
 たわいのない会話を持ち掛けてきたのは、アールだった。
「は? ……まぁな。前髪が鬱陶しい」
「カイみたいに縛れば?」
 と、笑うアール。
「ルイに切ってもらう」
「切るの? 今の長さ良いと思うけど」
「……で? なんの用だよ」
 と、シドは面倒くさそうに言った。
「久しぶりに会ったから話そうと思って……」
「カイは? あいつと話すんじゃなかったのかよ」
「寝ちゃった」
「はぁ……。朝になりゃ、なんで起こさなかったんだって騒ぐぞ」
「あはは、そうかも」
 アールは椅子に腰掛け、テーブルに顔を伏せた。「久しぶりのルイの手料理、美味しかったなぁ」
「城で豪華なもん食ってんだろ」
「食堂でカレーとA定食とB定食の無限ループだったよ」
「なんじゃそりゃ……」
「私にはそっちのほうが合ってたの」
「あーそう」
「……んあっ?!」
 と、アールが突然変な声を出した。
 
何事かとシドが見遣ると、アールの服の中からスライムが出てきた。背伸びをするかのようにビローンと体を伸ばし、ひらべったくなってテーブルに張り付いた。
 
「こいつか……糞づまり野郎から貰ったスライムってのは」
「忘れてた! ごめんね!」
 
アールは慌ててシキンチャク袋から水筒を取り出し、コップに水を入れた。スライムはすぐに水に浸かった。コップが小さいからか、きっちりと嵌まっている。一見、緑色の液体が入っているようにも見える。
 
「かわいくねぇな」
「可愛いよ! 名前はスーちゃんだから、よろしく」
「つまんねぇ名前だな」
 と、そこにルイがお盆に乗せたティーカップを持ってテントから出てきた。3人分のティーカップだ。
「コーヒー入れましたよ」
 と、ルイはテーブルにカップを置く。
 
シドはテーブルから下りると、椅子に座りなおした。
 
「熱いので気をつけてくださいね」
「ありがとう。ルイのコーヒーは久しぶりだ!」
 そう言ってアールはカップを手に取ると、最初に香りを楽しんでから、コーヒーを啜った。「わぁー、やっぱり美味しい」
「ありがとうございます」
 と、ルイは笑顔で応え、椅子に腰掛けた。
「こちらが、スーさんですね」
 と、ルイはスライムに気づいて言った。
「うん、よろしくね。でもちゃん付けでいいよ」
「仲間がひとり、増えましたね」
 そう言ってルイは、微笑んだ。
 
アールはコーヒーを啜りながら、どれもが懐かしく感じる。懐かしむのは早い気がするが、この木製のテーブルも、椅子も、ルイの笑顔も洗剤の良い香りも、シドの鋭い目つきと椅子に片足を立てる行儀の悪さも、風に運ばれてくる緑の香りも、コーヒーのほろ苦さも、なにもかも。
なんか落ち着く。そう思ったとき、ホッとする気持ちと、胸の痛みを感じた。
すっかり型に嵌まってしまっている。しばらくは元の世界に帰れないのだから、私の居場所は此処になる。仲間がいる、この場所になる。
仲間といると安心してしまう。それは悪いことではないけれど、いつかは離れて元の世界に帰るのだと思うと、複雑だった。
 
「アールさん、明日の朝、これから向かう場所について説明しますね」
 と、ルイが言った。
「今話せよ時間あんだから」
 と、シドが促す。
「今日はもう旅のことは考えずにゆっくりしましょう。アールさんもお疲れのようですし」
「ありがとう」
 と、アールは言った。
「アールさん、訓練所で頑張ったのですね。だいぶ強くなったように思います」
「そうかな……もっとがんばるよ」
 そう言って笑顔を見せると、アールはコーヒーを飲んだ。
「カイさんを起こしましょう。まだ泉に浸かっていませんからね。──アールさんお先に入りますか?」
「ううん、後でいいよ」
「わかりました」
 と、ルイは席を立ち、カイを起こしにテントへと戻った。
 
「シド、聞きたかったことがあるんだけど」
 と、アール。
「なんだよ」
「そのムキムキな腕さ、どのくらいで手に入れたの……?」
「あ? ムキムキになりてぇのか」
「なりたくないよ……。私も毎日筋トレとかやっちゃったらそうなるのかなって」
「ある程度は筋肉つくだろうな」
「やだな……」
「あ?」
「そういえば、ヴァイスから連絡……」
 ハッと、アールは言葉を止めた。
「なんだよ」
「…………」
 
確かヴァイスの武器は銃だ。ここへ来る時に聞こえた銃声はもしかして……。
 
「おい。ヴァイスがどーした。連絡あったのか?」
「あ……ううん。連絡あった? って訊こうとしたんだけど……そういえば来る途中で銃声を聞いたの。あれって……」
 シドは少し考えてから、
「……それはねぇだろ」
 と答えた。
「それがヴァイスなら今頃とっくに着いてんじゃねーの? まぁのーんびり歩いてんなら、可能性はなくはねぇが」
「なんで今頃着いてると思うの? 私はスーパーライトに乗ってたし、ワープしてきたからすぐに着いたけど……」
「まぁそうか。──そもそも連絡先知らねんじゃねーの?」
「あ、そっか……。でも、以前モーメルさんから、ヴァイスから連絡あったかどうか聞かれたし、こっちの連絡先知ってるんじゃないかな。モーメルさんが教えてるかも」
「んじゃ、連絡あるはずだろ」
「……シドみたいな人なら連絡来ないかも」
「どーゆう意味だよ」
「こまめじゃない、とか」
「あぁ。ルイみてぇに礼儀正しい奴か、カイみてぇに馴れ馴れしい奴なら連絡してくるだろうな」
「楽しみだね、どんな人かな」
 と、アールはコーヒーを飲み干した。
「期待はしねぇほうがいいだろな。ばあさんも言ってたからよ」
「……?」
 
アールは“ライズ”と会ったときのことを思い出した。
彼はあまり話をしたがらなかったから、性格はあのままだろう。モーメルが言っていた“期待するな”とは、容姿のことだろうか。沈静の泉で意識を失いかけていたときに、微かに見えた人影。太陽の光を反射させた水面がキラキラと光っていたのもあって、はっきりとは見えなかったけれど、シルエットは普通の人間と変わらなかったような気がする。
 
「ルイ遅いね。なかなか起きないのかな」
 アールは寝ているカイを起こしに行ったルイを気にかけた。
「なぁ。お前、なんで戻ってきたんだ?」
「え?」
「モーメルに頼まれたからか?」
「……違う。モーメルさんは知らせてくれただけで、旅に戻るかどうかは私が決めた」
「なんで戻ってきたんだ?」
「なんでって……」
 アールは、シドから目を逸らし、少し考えてから答えた。
「守りたいものがあるから」
「…………」
 
シドは、それ以上のことは訊かなかった。
目を擦りながらカイが眠たそうにテントから出てくると、シドが言っていた通り「なぜ起こしてくれなかったのか」と駄々をこねた。
シドとカイが言い争う中で、ルイがティーカップを片付ける。
 
遠方から獣の鳴き声が響く。仲間と過ごす久方ぶりの星月夜。
アールはカイと寝る前に話す約束をして、テントへ入った。程よい狭さがまた懐かしい。自分が寝ていた仕切の奥に、布団が畳まれて置かれていた。ルイがカイを起こしに行ったついでに、布団を出してくれていたようだ。
床に座り、着替えを取り出した。リアが用意してくれていた物を改めて広げ、確認する。
防護服、下着、薬(回復薬、胃薬など)、耳かき、爪切り、絆創膏、充電シール、ドライヤー、ハンカチ、ポケットティッシュ。
 
「靴下は……防護靴下じゃないよね」
 そう呟き、耳かきに手を伸ばした。
 
なぜか耳かきを見ると、耳に違和感がなくても耳かきをしたくなる。耳かきをしながら爪切りを見遣る。耳かきをしていない手の爪を見た。大分伸びている。風呂場で髪を洗うたびに、爪を切らないとと思うけれど、風呂から出ればすっかり忘れていた。
外からは3人の笑い声が聞こえてくる。
 
──明日から、再出発だ。
 
耳かきをしながら意を決した。
もう二度と、城に戻されないように頑張ろう。
 

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©Kamikawa
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