voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散35…『選択』

 
翌朝、アールはいつもどおりの時間に目が覚めた。欠伸をしながらベッドから下り、背伸びをする。
 
「んんーっ……ん?」
 
机の上に、緑色の液体が零れている……と思い気や、スライムが溶けたように伸びきっていた。
 
「ちょっ! スーちゃ……大丈夫っ?!」
 
スライムは伸びた体から小さな手をニュッと出すと、ひらひらと手を振った。
 
「もしかして水?」
 ペチペチ…と、スライムは手で伸びきった体を叩いた。
「水が欲しいの? 食堂いこっか」
 と、アールが手を出すが、動こうとしない。いつもなら手を出すと、手の平にピョンッと乗ってくるのだが、今日のスライムはひらべったく伸びきったままだった。
 
アールはスライムをペロンと机から剥がすと、急いで食堂へ向かった。
食堂で水を貰い、スライムを水の中へゆっくりと浸らせた。すると、みるみるうちに丸みを帯びて、スライムは嬉しそうに拍手をした。
 
「ごめんね……。水が欲しくなったら、私が寝てても髪を引っ張るなりビンタするなりして起こしてくれていいからね?」
 
スライムは目をパチクリさせると、自分の頭部を引っ張ってビローンとガムのように伸ばした。触角のようなものが一本出来あがった。
 
「ふふふっ、なにそれ。髪の毛のつもりなの?」
 スライムは髪の毛(のつもり)をうねうねと動かした。
「ふふっ、気持ち悪いかも」
 しゅん、と垂れ下がる触角。
「あははは! ごめんごめん」
 
スライムは様々な形に変化する為、見ていて飽きない。
アールがスライムに夢中になっていると、後ろから誰かが近づいてきた。
 
「楽しそうっスね」
 振り返ると、デリックだった。
「あ……デリックさん」
 
彼はアールの隣に腰掛けると、わざとらしいほど大きなため息をついてテーブルに顔を伏せた。
 
「はぁあああぁあぁ……」
「どうしたんですか?」
「お嬢……慰めてくれよ」
「なにがあったのかわからないのにどう慰めたら……あ、スーちゃんに慰めてもらう?」
「はぁああぁああぁ……」
 と、デリックはまたわざとらしくため息をついた。
「う、うーん……」
 アールは少し悩んでから、顔を伏せているギップスの頭に手を置き、ぽんぽんと頭を撫でた。
「…………」
「よーしよしよし。いい子だ。よしゃよしゃ」
 と、動物大好きムツゴ○ウさんばりの慰め。
「……ふっ」
 デリックは思わず吹きだした。「なんすかそれっ」
 そう言って顔を上げ、笑った。
「よかった元気になって。──ね、スーちゃん」
 スライムは水の入ったコップの中でパシャパシャと跳ねた。
「それにしても起きたばっかのお嬢に会えるなんて光栄だな」
「え……なんでわかるの?」
「見事な寝癖だ」
「うげっ!」
 アールは髪を押さえながら立ち上がった。
「うげってなんだよ!」
 と、ギップスは笑う。「まぁいいじゃん、一緒に朝食いただきましょう」
「無理っ。私コテツ君と食べるので!」
 と、アールはスライムが入ったコップを持った。
「それにお風呂にも入らなきゃいけないし、ごめんなさい。それじゃまた」
 
頭を下げ、慌ただしく食堂を後にした。
 
「コテツ……気にくわねぇなぁ」
 デリックはそう言って背もたれに寄り掛かった。「排除しちゃおっかなー」
 
━━━━━━━━━━━
 
アールは一度部屋に戻ると、着替えを持って浴場へと向かった。その肩にはスライムが乗っている。
 
「今日はのんびり入ってられないや」
 脱衣所で服を脱ぐと、スライムは服を入れる棚に移動した。ピョンピョンと跳びはね、ゴムボールのようだ。
「すっかり元気になったね」
 
城に戻ってから、入浴時間は2時間もとっていた。しかし今日は先に食堂へ行ってしまったため、1時間以内にお風呂を済ませた。コテツが部屋に迎えにくる時間が決まっているからだ。
脱衣所にはドライヤーがある。完全に乾かしたいところだが、ささっと済ませて部屋へと戻った。部屋に入るとテーブルに置いていた携帯電話が鳴っていた。
 
「もしもし?」
 急いでいたため、相手を確認せずに電話に出た。
『アールかい?』
 声ですぐにわかる。
「モーメルさん! お久しぶりです!」
『おやまぁ……元気なようだね』
「あ、はい! どうしたんですか?」
『電話に出るってことは、まだ戻っていないんだね』
「……? なんの、話ですか?」
 と、アールは眉をひそめた。
『まだ城にいるんだろう? てっきりもう戻ったのかと思っていたんだがね』
「あ……すいません……私……」
『ルイたちから連絡は来たのかい?』
「えっと……昨夜電話しました。カイと」
『それでまだ城にいるのかい』
「あの……なんですか?」
『聞いてないのかい? 防壁へ向かったことを』
「防壁? なんですか? それ……」
 
アールは部屋の掛け時計を一瞥した。コテツが来る時間まで10分ほどある。
椅子に腰掛け、モーメルの話を聞いた。
 
『防壁には魔物が住み着いているんだよ。以前、彼等だけで立ち向かったことがあったんだけどね、倒せなかった魔物さ』
「魔物……」
 アールは昨夜、カイと電話をしたときの話を思い返した。「巨大ダコ……?」
『あぁ、タコのような魔物だね。あいつらは一度戦って負けたのさ。今じゃ随分と成長したようだし、心配いらないかもしれないが……魔物もあれから成長しているかもしれないね』
「それって、危険だってことですか?」
『アタシはその魔物を直接見たことがないからなんとも言えないさ。──まぁ、あんたに協力を求めなかったところをみると、大丈夫なんだろうね』
「…………」
 アールは浮かない顔をして黙り込んだ。
『昨夜ルイから連絡があったんだよ。朝一で挑むとね』
 
アールは再び時計に目をやった。
ルイ達が起きるのは大体5時か6時頃だろうか。もう戦っているのかもしれない。カイは何も言っていなかったのに。巨大ダコの話だって、冗談まじりに話して……。
アールははたと思い当たった。そういえばカイの様子が少しおかしかった。
 
「モーメルさん……」
『なんだい?』
「私……行ったほうがいいのかな……足手まといになるだけかな……?」
『あんたが決めることだよ』
「そうだけど……」
『人に決めて貰って、なにかあったときに決めた人のせいにするつもりかい?』
「違います! そういうつもりで言ったわけじゃ──」
 
その時、アールの部屋をノックする音がした。
 
「アールさん、おはようございます」
 と、ドアの向こう側からコテツの声がした。少し早めに迎えにきたようだ。
「あ……待って……」
『アール、いざという時ほど自分で選択出来なきゃいけないよ』
 モーメルはゆっくりとした口調でそう言った。
「え……あ……はい、それは……あの……」
「アールさん? どなたかと電話中ですか?」
 部屋からアールの話し声が聞こえ、コテツが言った。
「うん、あの……えーと、モーメルさんちょっと待って。いま人が来たから──」
『選択しなければならない場面に出くわしたとき、必ずしも考える時間や待つ時間があるとは限らないよ。アタシはもう切るよ』
「あっ……もしもし? モーメルさん?!」
 電話は切れてしまった。
 
アールは呆然と立ち尽くした。しかしまた戸をノックする音がして我に返り、ドアを開けた。
コテツの目に、顔色の悪いアールが映る。
 
「なにかあったのですか?」
「ちょっと……今……」
「落ち着いてください」
 そう言うと、コテツはアールの右手に握られている携帯電話を見た。「──誰かからお電話があったんですか?」
「……モーメルさんから」
「モーメルさん? 魔術師の……」
「ルイ達が危険……かもって……」
 

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