voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散32…『スーパーライト』

 
ゼフィル城の裏庭にある花壇の縁に、アールは腰掛けていた。時刻は昼過ぎ。昼食を食べ終えたばかりだ。
暫く待っていると、デリックが欠伸をしながら歩いてきた。
 
「おー、お嬢じゃないスか」
「デリックさんを待ってたんです」
 と、アールは立ち上がった。
「待ち伏せ? 俺に告白?」
「違います。スーちゃ……スライムのことで」
「あー悪いけど今更返されても困るんスよ」
「いえ、そういうことじゃなくて」
 と、アールは顔を伏せ、言葉を詰まらせた。
「おっと。そうか、死んだのか」
「死んでません! その、もし、仮に、例えば、私が……もしもですよ?」
「なんスか?」
「その……旅をもし、再開するとなったらスライムの面倒みれないから……」
「あーぁ。連れていきゃいいんスよ」
「えっ旅に? 危険ですよ」
「あいつは元々、とある兵士のペットだったから戦場には慣れてますよ。その兵士が死んじまってね」
 と、デリックは花壇に腰を下ろすと、ポケットからタバコを取り出してくわえた。
「そうだったんですか……」
「なんでか俺に懐いたもんでさ」
 
タバコに火をつけ、ゆっくりと深く吸い込んでから、ふーっと吐き出した。
 
「おっと。お嬢にこんな辛気臭い話はタブーっスね」
「え……なにそれ」
「お嬢には、誰が死んだとかそういう話はタブーなんだそうスよ」
「誰かがそう言ったんですか?」
「いーや。みんなそう思ってる」
 アールは怪訝な表情を浮かべた。
「けど、戦いに死は付き物だ。死にたくて戦う奴はいねーけど、死ぬかもしれない覚悟は出来てる。あんたは……お嬢はそんな覚悟出来ないっスよね」
「“あんた”でいいですよ。“お嬢”なんて柄じゃない」
「ふははっ」
 と、デリックはタバコの煙りを吐きながら笑った。「いや、お嬢に“あんた”は失礼だ」
「……死ぬかもしれない恐怖は、消えません。きっと、どんなに強くなっても」
「そりゃそうさ。死にたい奴と、絶対に死なない自信がある奴くらいだろ、恐怖がない奴は」
「デリックさんも、怖い?」
「ま、死にたくねーわな」
 と、視線を落として笑った。
 
その時、上空からエンジン音が聞こえてきた。空を見上げると、10機ほどの小型飛行機が飛んでいる。アールは思わず身をのけ反った。
 
「なにあれ……」
 と、アールは警戒しながら呟く。
「おおっと。あぶねぇっスよ」
 と、デリックは慌ててタバコを地面に落とし、足で火を消してからアールの腕を掴んだ。「離れましょう」
「え……」
 
10機ほど空を浮かんでいた航空機は、上空で一旦停止をすると、ゆっくりと垂直に下りてきた。
 
「おつかれーっす」
 と、デリックが言った。
 
その航空機に乗っていた兵達はデリックに気づくと、慌てて地面へ下りてヘルメットを脱ぎ、頭を下げた。
 
「あれはなに?」
 と、アールが訊く。
「あれはスーパーライトっつー乗り物っスよ。ちなみにライトってのはあの乗り物を作った奴の名前。ハイパーライトかミラクルライトかスーパーライトか悩んでいたけどな。──ダッセェ名前。もっとダセェのはデザインだけどな」
 と、デリックは笑った。
「単純な名前だね……」
 スライムにスーと名付けた人が言うことではない。
「はははは! まぁ名前なんてなんでもいい。使えりゃな。──乗ってみます?」
「えっ?! いいよ……私多分こういうの苦手だし」
「簡単に乗れますよ」
 
デリックはアールの手を引いて、スーパーライトに歩み寄った。
 
「一機貸してくれよ」
 と、兵士に言う。
「はい、どうぞ。お気をつけて」
「ねぇ待って、私乗り方わからないし……」
「大丈夫っスよ。さっき見てたろ? 見よう見真似で乗ってみ」
「見よう見真似って……下から見てただけだし」
 
困惑しながらも、渋々スーパーライトの操縦席に座った。
一人用らしく随分と狭い。U字のハンドルの周りにはいくつものボタンやレバーがついており、機体のデザインはダッソーラファエルに似ている。
 
「パーキングブレーキを解除してみ」
 と、デリックが指導する。
「なにそれわかんないし嫌だ」
「手前に引っ張るレバーがあるだろ?」
 デリックは手を伸ばし、代わりに引いた。
「ちょっと! 勝手に色々触らないでよ!」
「だぁーいじょうぶっスよ。見た目ちょいイカツイがバカでもわかるほど簡単な操作で動かせるのがこのスーパーライトだ」
「でももういい。降りる」
 と、操作席から立とうとするアールの肩をデリックはグッと押さえた。
「まぁまぁ落ち着いて。飛ばさないっスから」
「ほんとに? 飛ばない?」
「飛ばない、飛ばない」
 デリックは楽しそうに言った。「今度は操縦桿を力いっぱい手前に引いてみ。ちょうどいい高さになる」
「こ、こう?」
 と、アール操縦桿を手前に引いた。
 
すると突然キュイーンと機械音が鳴り、一気に不安になった。
 
昔から乗り物は苦手だった。まず、車。免許は持っていないから運転することはないが、乗りなれていない車に乗ると高い確率で酔う。バスも酔う。飴や酔い薬や窓際は欠かせない。
バイクは以前も言った通り、ただただ怖い。自転車なら大丈夫だが、ぼーっとしてると溝に嵌まることがある。
遊園地は嫌いだった。ゴーカートに乗ったことがある。なぜあんな狭い道を走るのかわからない。必ずぶつかる。そして後からきた人に煽られる。
ジェットコースターは心臓に悪い。空中ブランコ(グルグル回るやつ)も死ぬほど怖い。遠心力で吹っ飛ぶんじゃないかと思う。
観覧車だけは好きだった。高所恐怖症ではないため、ゆったりと回る観覧車は景色も楽しめて会話も弾んで好きだった。
それでも幼い頃は、観覧車はひらべったいから横にバタンと倒れるんじゃないかと思っていた。
 
「右足のつま先を……」
 と、デリックが言った。
「右足のつま先?」
 と、アールはグッとつま先に力を入れてしまう。
「踏み込むと浮上──あ……」
「ぎゃあああぁああぁ!」
 
──アール、浮上。
 
「お嬢! 右足を離して!」
 と、下からデリックが叫ぶ。
「もう離したよ! 下りない下りない下りない! 下りるのどうするの?! いやあぁあああぁあぁ」
「おっと……やべぇ……」
 
──アール、浮上後、前進。
 
「やべぇやべぇ!」
 と、デリックは慌てて隣のスーパーライトに乗り込み、アールを追い掛けた。
 
アールは暫く前進したあと、停止。すぐにデリックが隣にやってきた。
 
「大丈夫っスかぁ?」
「大丈夫じゃないっス!」
 と、アールはパニックになる。
「まぁまぁ落ち着いて。なにもせずに聞いてくれ。右足を踏み込むことで浮上する。いったん足を離してもう一度踏み込むことで前進する。離せばゆっくり止まる。車と同じ。──おわかり?」
「はい。右足は踏み込んじゃだめ」
「はははっ! まぁ飛びたくなきゃそうだな。──車と一緒で右足を踏み込み具合でスピードが変わる。面白いだろ?」
「面白くないです。下りる方法を教えてください……」
「停止した状態で両足を踏み込むと下りる。ちなみにハンドルの左側に赤いボタンがついてるだろ?」
「押しちゃいけない気がする……」
「あったりぃ。押してみ」
「やだよ!」
「攻撃するときはボタンひとつでズドドドドってな」
「え、これ、戦闘機なの?」
「戦闘応戦機だな」
 と、ギップスは笑いながら言った。
 
「普段は体剥き出しで開けっ放しだけど、戦場に突っ込むときは屋根を閉める。まぁ距離をとって応戦するときに使う機体っスね。まだ試作段階っスけど」
「なるほど……。えーっと、右……違う、両足で降下」
「待て待て待て。まだ早いだろ? せっかく借りたんだ。少し遊んで行こうぜ」
「いや……私訓練所に戻らないと」
「そういやお嬢、最近頑張ってるみたいっスね」
「……じゃあ私はそろそろ」
「あ、そうそう、さっきの説明、嘘だから」
「──は?」
「両足を踏み込むと、なにかが起きることは確かだ」
 と、意地悪げに笑うギップス。
「なにかってなんですか! じゃあどうやって下りるんですか!」
「少し遊んでから教えてやりますよ。──さ、右足踏み込んでしゅっぱーつ!」
「ま、待って!」
 

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©Kamikawa
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