voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散30…『すれ違い』

 
アールが仲間達から離れて90日もの時間が流れた。
その間、仲間と連絡を取ったのは5回程度だった。カイからの電話に出て、カイが一方的にしゃべり、アールは話を聞く。アールは自分のことを話さなかった。期待されるとプレッシャーになるからだ。あくまでマイペースに、コツコツと経験を積んで旅の準備を整えていった。
 
星空は灰色の雲に隠れて今にも雨が落ちてきそうな深夜の1時過ぎ。
バルコニーにあるベンチに腰掛けているアールは、久しぶりに遅くまで起きていた。
 
雲に隠れて見えない星を探す。手には、携帯電話が握られていた。
ゆっくりと流れる雲の隙間から一瞬、星の光が見えたとき、着信が鳴った。すぐに開いて確認をする。ルイからだ。
この日の朝に、一度だけルイから着信が来ていたので、また電話をくれるのではないかと待っていた。──予想は的中。久しぶりにルイと話しが出来る。
 
「もしもし」
 静かな夜に、アールの声が流れた。
『……アールさん』
「電話、ありがとう。出られなくてごめんなさい」
『いえ。お元気そうでよかったです。カイさんとお電話されたとき、カイさんからアールさんの話を聞いていましたから』
「そっか。──旅は順調?」
『…………』
「なにかあったの?」
『いえ……』
「あぁ、私に気を遣わなくていいよ?」
『カイさんが、寂しそうにしています……』
「ふふ、気を遣わなくていいってば。──あ、ねぇ、本読んだ? “猫背”の下巻!」
『はい! もちろん読みましたよ』
 と、ルイの声が明るくなる。
「おもしろかったよね! まさかあんな展開になるなんて思わなくて!」
『いい意味で裏切られましたね』
「あ、番外編が出てるの知ってる? リアさんとルヴィエールに買い物しに行ったとき、宣伝ポスター見たの。でも……いろいろ忙しくて、すっかり忘れてたんだけど、リアさんが覚えててくれたみたいでね、本を買ってきてくれたの。まだ途中までしか読んでないんだけど……ルイは知ってる?」
『──えぇ、よく知っていますよ』
 
番外編の本を贈ったのは、ルイだった。そのことをアールは知らない。
 
「じゃあもう読んだの?」
『いえ、僕もまだ途中です』
「そっかぁ、じゃあお互いに読み終わったら、語ろうね!」
『はい』
 と、ルイは電話の向こうで微笑んだ。
 
アールは時折夜空を見上げながら、距離は離れていても繋がる空の下にいる仲間達を思った。
電話越しにルイの声を聴くたびに、仲間と会いたい気持ちが少しずつ募ってく。
 
「そうだ、ルイたちは今どこにいるの?」
『花山という村ですよ』
「かさん村? どんなとこ?」
『静かな時間が流れる村です。家は20件くらいしかありませんが、みなさん優しいですよ』
「そっか……」
 
仲間は自分の知らない場所にいた。当たり前のことだけれど、アールは少し寂しい気持ちになった。
 
「その村も結界で囲まれてるの?」
『えぇ。一人魔導師の方がいらっしゃいました。彼の力で結界が保たれているようです。とはいっても、アールさんと訪れた街ほど頑丈な結界ではありませんが』
「そう……」
『この村の人達は、この場所から離れたくないようです。どんなに危険でも、思い出の詰まったこの場所にいたいとおっしゃっていました』
「そっか……」
『アールさんは……』
 と、言いかけて口をつぐんだ。
 
ルイは、アールに何をして過ごしていたのか訊こうとして、やめたのだ。
 
「あ、コテツ君を知ってる?」
『いえ……』
「カウンセラーの卵なんだって。毎日私のお世話を焼いてくれてる」
 と、アールは笑った。
『そうですか、いい人そうですね』
「うん。一緒にルヴィエールに行ったんだけど、コテツ君がアイスコーヒーを買ってきてくれて。でもアイスコーヒーに砂糖を入れて来たんだよ? 普段あんまりコーヒーを飲まない私でもアイスコーヒーにはシロップだってことわかるのに。おかしくって笑っちゃった」
『そうですか……楽しそうですね』
 と、ルイは無理をして笑った。
 
楽しそうに話すアールに、ルイは複雑な思いを抱いていた。
不安が過ぎる。城での生活が楽しくて、旅に戻ってこないのではないか、と。
 
「その後、砂糖を入れてひたすら混ぜてる姿が可愛くて。ふふっ、なんか癒される人だよ」
『……男性、ですよね?』
 そう訊いて、なぜこんな質問をしたのかと疑問に思う。
「うん、そう。あ、でも若い子だから可愛いと思っちゃって」
『そうですか……すみません、変な質問をして』
「あっそうだ! デリックさんからスライムを貰ったの!」
『えぇ……聞いていますよ』
「名前はスーちゃんにしたんだ!」
 
そう話すアールは、久々にルイと話せたことが嬉しくて、話したいことが沢山浮かんでは話題に出していた。
 
『可愛いお名前ですね……』
 ルイの様子がおかしいことに、気づくことなく、アールは話し続けた。
「そうかな、単純すぎたかなって思ったんだけど、スーちゃんが気に入ってくれたみたいだし、まぁいいかな」
『…………』
「あとね、リアさんと出かけた時には、リアさんの変装にビックリしたの! あ、ゼンダさんの変装見たことある?」
『──アールさん』
「ん? なに?」
『すみません……、少し眠いので、また今度お話ししませんか?』
「え……あ……うん。ごめん……」
 アールは冷静になり、肩を竦めた。
『いえ……すみません』
「ルイが謝ることないよ!」
 と、アールは慌てるあまり立ち上がった。「ルイ達は旅を続けてて疲れてるだろうし……気づかなくてごめんなさい」
『アールさん……違うんです』
「いーよ、いーよ、私は全っ然大丈夫だから!」
 
ルイに気を遣わせないようにと、そう言ったアールだったが、「全然大丈夫」と言われたルイの心にひやりと冷たい風が吹いた。
 
『では……また』
「うん……また。おやすみなさい」
『おやすみなさい』
 
──電話を切った2人の表情に、笑顔が消えていた。互いに互いを遠く感じる。
もうこのまま会えないような、不安と寂しさが胸を突いた。
 
「……仕方ないか」
 と、アールは俯き、力なくベンチに腰を下ろした。
 
みんな忙しいんだ。久々に話せて舞い上がっていたのは自分だけだった。
ルイもカイも、疲れてる中、気遣って電話してくれていたんだ。それなのに自分は忙しいことを理由に電話に出なかった。自己中で、最低だ。みんなのほうが忙しいし疲れているのに。
ルイの話、ほとんど聞かなかった。自分ばかり喋りたいこと喋って相手を気遣うことを忘れて……ほんっと最悪。心配してくれていたのに。最低だ。
 
アールはため息をつき、ふさぎ込んでしまった。
それは、距離から生まれたすれ違いだった。
 

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©Kamikawa
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