voice of mind - by ルイランノキ |
──暇を潰すため、余計なことを考えないため、なにかに集中するために始めたこと。
みんなの元に戻ることなんて考えていなかった。
考えそうになるとすぐに別の事を考えて消し去った。
心を休ませるのは意外と難しい。
コテツやリアと話している間は平常心でいられた。
でも、ひとりになると時折吐き気を催して、異物に混じった血を吐き出した。
相変わらず夢だけはコントロール出来ず、夢には仲間が出てきたり、そこに自分がいて順調に旅を続けていたものの、突然足が動かなくなる夢だったり、魔物に体を切り刻まれる夢だったりする。
時にはタケルが出てきて、タケルが夢に出てくるときは決まって自分はそこにいない。
正確には、そこにいるものの、みんなには見えていない。
沈静の泉で見た光景が蘇る時もあった。
ジャックの仲間であるコモモたちの無残な死を見るときもあった。旅の途中で目の当たりにした、誰かもわからない肉の塊も。
そして、仲間が魔物に襲われているのに金縛りにあったようになにも出来ない自分がいたり。叫ぶことさえ出来なかったり。大声で泣き叫ぼうにも、喉がつっかえて声が出なかった。声を出すことに必死になり、いつの間にか仲間は誰一人として助からなかった。
──そんな悪夢ばかりを見ていた。
夢から覚めた私は、所詮夢だと言い聞かせ、またなにかに没頭して忘れようとした。
けれど、どうしてもあの夢だけは、なにをしていても脳裏にこびりついて毟っても毟っても剥がれてはくれなかった。
それは、この世界に家族、友達、恋人がいるという夢だった。
辺鄙だけれど平穏な街にみんながいた。私の帰りを待っていた。やっとみんなの元へ還れたと思ったら、私を出迎えてくれたみんなの笑顔が凍りついた。言葉を掛けても返事をしてくれず、微動だにせず、まるで銅像のようにそこに立っていた。
次第に蝋燭が溶けてゆくようにみんなの体がドロドロと変形していって、真っ赤な液体だけが足元に広がった。
なにを意味するかなんてわからない。
意味があるかどうかもわからない。
夢占いだか夢診断だか知らないけど、そんなものに頼って今の自分を見直す気にもなれなかった。
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「おはようございます」
と、コテツがドアをノックした。
アールは伸びた髪をひとつに束ね、ドアを開けた。
「おはよう」
「今日も行きますか?」
「もちろん!」
あれから、1週間が過ぎた。
アールはすっかり“訓練所”を気に入り、朝昼晩の食事は訓練所の隣にある食堂で済ませていた。
コテツはアールに付き添いながら、訓練所へと向かった。訓練所はVRC施設のような場所で、魔物との戦闘等を体験出来るようになっている。
「でも私、兵士さんたちの邪魔になってないかな……」
「大丈夫ですよ。初めは驚いていましたが、今はアールさんが来るのを楽しみにしているようですし」
「楽しみに? それもどうなんだろう」
「皆、アールさんの成長が見たいんだと思います」
「……そう」
成長。力をつけたくて訓練所に通っているわけではなく、ただ気晴らしをしたかっただけ。けれど周囲の人間は期待の眼差しを向けてくる。
訓練所の扉を開けると、訓練中の兵士達が一斉にアールに目を向けた。
「おはようございますアールさん!」
そう言って、丁寧に頭を下げた。
「おはようございます」
挨拶を交わし、奥へと進む。
トイレの個室のような小さな部屋がズラリと並べられ、使用中の部屋のドアには魔法文字が浮かび上がっている。コテツいわく、そのまま使用中と書かれているようだ。
窓がなく、外から部屋の中を覗くことは出来ないが、作りはVRCの戦闘部屋と同じで、コンパクトになったタイプと言える。外観は先ほども述べたようにトイレの個室程度の広さだが、中は設定によっては無限に広い魔法の部屋だ。
「じゃあ私行ってくるね」
と、ドアに手をかけ、振り返って言った。
「がんばってください!」
と、コテツは見送る。
「じゃあお昼に食堂で」
そう言い残し、戦闘部屋へと入って行った。
訓練所内の手前側には、武器屋のようにあらゆる武器がズラリと並べられている。兵士達が武器を選び、戦闘部屋へと入ってゆく。
アールを見送ったコテツは、兵士達の邪魔にならないようにと部屋の隅を通りながら訓練所を出た。
戦闘部屋に入ったアールは、地平線が見える草原にいた。緩やかな風、澄んだ青空、流れる雲。緑の香り。──どれをとっても偽物だとは思えない。
「……よし」
アールは首に掛けていた武器を外してすぐに構えた。遠くから足音が聞こえてくる。魔物が向かってくるのが見えた。
「1匹目」
そう呟き、バトルを始めた。
訓練所には監視兼操作室がある。ここでは全ての部屋をモニタリング出来るようになっている。トラブル等がないか監視員が常にチェックをしている。時折戦闘部屋からの通信がある。操作室は10室あり、1室につき50ものモニターが並んでいる。監視員は5人ずつである。
その操作室に、1人の男がやってきた。
「そろそろ交代だ」
すると椅子に座っていた5人の監視員のひとりが、男に言った。
「まだ交代まで時間がありますが……」
「代わってやると言ってるんだ。お前はゆっくり休めよ」
「ありがとうございます!」
頭を下げ、席を立って操作室を出て行く。
入れ代わりに入って来た男は椅子に座ると、自分が担当する10台のモニターを一通り見遣り、その中のひとつに目を止めた。アールが入った部屋が映し出されている。
男の隣に座っている監視員が口を開いた。
「じゃ、始めますか」
他の監視員3名のうち、2人も男に目を向け、黙って頷いた。
残りのひとりは状況が把握出来ておらず、なにがはじまるのかと動揺している。
「──いや、まて」
と、男はなにも知らずに動揺している監視員に目を遣った。「お前、金に困っていたよな」
「え……私、ですか」
「あぁ」
男は内ポケットから茶封筒を取り出すと、その監視員に突き付けた。
「口封じだ」
受け取った監視員は中身を確認して驚いた、500万ほど入っている。
「あのっ……これは一体?!」
「今から私達がやることを黙って見ていればいい。人に話すなよ?」
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アールは3匹目の魔物を倒したとき、空間に歪みを感じた。
蜃気楼のように辺りがゆらゆらと揺れている。
新しい“ステージ”にでも切り替わるのだろうかと思ったが、そんな設定を施した覚えはない。
次第にアールの周囲には灰色の霧が立ち込めてきた。視界が悪い中、突如鼻をつく異臭……。
すぐに袖で鼻と口を覆った。どこかで嗅いだことのある、吐き気を催す異臭に顔が歪む。鼓動が速くなり、フラッシュバックする。
──血肉の匂いだ。
肉の塊と化した人間の遺体。
立ち込めていた霧がスッと引いたかと思うと、異臭を放つ人間の死体の山が辺り一面に広がっていることに気づいた。
アールは声にならない叫び声を上げた。
Thank you... |