voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン32…『夢幻泡影9』

 
「ねぇ、タケルさん」
 と、リアは丈瑠を見遣った。
「は、はい」
「……調子はどう? その剣、使いやすいかしら」
「あ……まだ慣れてませんが、大丈夫だと思います」
「そう? 大変よね、いきなり世界を救ってくれだなんて……」
「いえ。嬉しかったです」
「嬉しい?」
「はい。俺、誰からも必要とされなかったから。こんな俺でも誰かの力になれるなんて、嬉しいんです」
「……でも、旅には危険がつきものよ?」
「はい。勿論、“冒険”という意味では正直ワクワクしてますけど、モンスターを目の当たりにしてから恐怖心も少なからずあります。だけど、もう逃げてばかりじゃいたくないし、俺に出来ることがあるなら、誠意を持って立ち向かう意志はあります」
「そう……」
 と、リアは複雑な思いにかられた。
「俺に救える力があるかどうかは正直わかりません。でも、救いたい……この手で世界を変えて、自分も変わりたい」
 丈瑠は広げた手を暫く見つめると、何かを掴むように、グッと拳を握りしめた。彼の強い意志は、リア達にも伝わっていた。
「あ……言うだけなら簡単ですよね」
 と、丈瑠は恥ずかしげに笑った。
「そんなことないわ……」
 リアは首を振った。
「俺、よかったです。この世界に来れて。……って、まだ来たばかりだけど」
 と、丈瑠はまた笑った。「この世界で旅をしながら、成長していきたい」
 
その言葉を聞いたリアは黙って微笑んだが、どこかぎこちないその笑顔にルイは気づいていた。
 
食事を終え、カイが真っ先にテントへ戻った。丈瑠は何をすればいいかわからず、まだ椅子に座っている。
シドは食べ過ぎたのか、椅子を並べて横になると、大きなゲップを出した。
 
「男の子っていいわね、自由で」
 と、リアはシドを見ながら言った。
「──リアさん」
 と、ルイはみんなが食べ終えた食器を片付けながら言った。「なにかあったのですか?」
「え? なんのこと?」
「いえ、気のせいならいいのですが、なんとなくなにか思い詰めているような気がしましたので」
「……気のせいよ」
 と、少し戸惑いながら答えた。「ちょっと父と言い争っただけ」
「ゼンダさんと?」
「えぇ。大したことじゃないの……ほら、お料理作ったって言ったじゃない? 下手過ぎて呆きれられちゃったから」
「……そうですか」
 そう言いながらも、ルイは他に理由があるような気がしてならなかった。
「ねぇーねぇー!」
 と、テントからカイが出てきた。「これタケルの携帯電話ー?! 布団の上にあったけどぉ」
 カイの手に、シルバーの携帯電話が握られている。
「あっ、うん!」
 丈瑠は驚きながら携帯電話を受け取った。「まさか別世界に持ってきてたなんて……」
「今気づいたのー? 天然だねぇ」
 と、カイは丈瑠の隣に座り、携帯電話を覗き込んだ。
「ポケットに入れたままだったみたい。鳴らないから気づかなかったよ」
 そう言って二つ折りの携帯電話を開いた。
 
少し戸惑ってから、自宅に電話を掛けてみた。勿論、繋がるはずもない。
 
「やっぱ繋がらないか……」
「寂しいのぉ……?」
 と、カイが悲しそうな顔をする。
「え? ううん、全然。試してみただけだよ。──あ、ゲームする? アプリゲーム、Flashゲームをいくつか入れてるから」
「えっ何それー!」
「ゲームだよ」
 と、丈瑠はゲーム画面を開き、カイに携帯電話を渡した。「方向キーでキャラクターが動くよ。後は決定キーで攻撃」
「えっえっ? ゲームって……これ携帯電話じゃないの?」
 と、カイが言った。シド達もついついケータイに目をやる。皆興味津々のようだ。
「携帯電話だよ、ゲームも出来るんだけど……」
「えっ電話でしょ?! なんで電話でゲームするのさ! 俺の電話はゲームなんて出来ないよ」
「……じゃあ音楽は?」
「音楽って?」
「携帯電話で音楽は聴ける?」
「いや、だから……電話だよぉ? 聴けるわけないじゃーん」
「じゃあカイ達のは電話だけなの? メールは?」
「メールは出来るよぉ! ていうか、音楽も聴けるの? すんごいねぇ!」
「色々な機能があるのですね」
 と、ルイが言った。
「うん、他には……写真撮ったり動画も撮れるし、ボイスレコーダーとしても使えるし、あとは……使い道少ないけど方位磁石とか。あ、電卓も」
「え……これ、メインはなんなの?」
 と、カイが首を傾げる。
「メイン? メイン機能は勿論電話として使うんだよ」
「なんかもう凄すぎて言葉出ないねぇー。ていうかさぁ、携帯電話でゲーム出来たりとか可能なのー?」
 と、ルイに目を向けたカイ。
「可能でしょうね。現にタケルさんの携帯電話が証明していますし。──僕達の世界では普及されはじめて間もないですから、これからどんどん進化していくのではないかと思います」
「なるほど……」
 と、カイと丈瑠は声を合わせた。
「えーと、方向キーで動かすんだっけ?」
「うん、そうだよ。まずはスタートボタンを押してね」
 と、説明を聞いたカイは言われた通り操作すると、ゲーム音が流れてきた。
「うわぁ! ハイテクノロジィ! ハイテクノロジィ! 電話でゲームぅ!」
 
──丈瑠が自分の世界から持ってきた携帯電話をみんなが囲み、小さな画面を見ながら笑い合う。
キャラクターが喋っただけで歓喜の声。丈瑠はカイ達の笑顔を心地好く感じていた。こうやって誰かと趣味を共有したのは何年ぶりだろう。幼いころ以来だ。
 
「うわ! ゲームオーバー!」
 と、カイは頭を抱えた。
「俺に貸してみろ」
 と、次はシドが携帯電話を手にした。
 
旅の準備などすっかり忘れ、携帯電話のゲーム画面に夢中になる。
 
丈瑠が携帯電話を持ったのは中学3年生の頃だった。
友達と呼べる人がいなかったため、メモリーには自宅の連絡先とネット上で知り合ったメール友達の5人のアドレスだけ。
学校の休み時間にわざと携帯電話を取り出してみたこともあった。誰かが気づいて「アドレス教えて」とか「ちょっと貸して」と声を掛けてくれることを期待して。
でも、聞こえてくるのは「あいつケータイなんか持ってるけど友達なんかいんの?」とか「怪しいサイトとか見てそう」という言葉だけ。
物で誰かの心を釣ろうとした自分を恥じた。
 
「あっ、そうだ!」
 と、カイはまたテントへ戻る。
 
暫くして、カメラを手に戻ってくると、みんなにレンズを向けた。
 
「タケルぅ、笑ってー! 冒険前の意気込みをどーぞ!」
「えっ?! いきなり言われても……」
「ほらほら、世界を救う勇者を写真におさめて、後々有名になったら売りさばくんだからぁ」
「なんだよそれ!」
 そう言って笑うと、フラッシュを浴びた。
「さぁ、意気込みを!」
「えぇ……、んー、がんばります!」
 と、ガッツポーズ。
「だめだめ。もっとこう……『英雄に俺はなる!』みたいな」
「え、なんか聞いたことあるセリフだなぁ。あ、海賊王……」
「ほら、テントの前に立ってポーズキメてよー」
「恥ずかしいよ!」
「てゆーかその服カッコイイねぇ。しばらく着れなくなるしぃ、写真におさめよう」
「着れなくなる?」
「うん。それじゃズタボロになっちゃうよ。丈夫な防護服に着替えないと」
「そうなんだ……この靴も?」
 と、丈瑠は履いている靴を見せた。汚れはほとんどなく、見ただけでまだ新しい靴だとわかる。
「新品の靴ぅ?」
「うん、まぁ……」
 と、丈瑠はテントの前に立った。「最期にお金使い果たそうと思って買った靴なんだ」
 
ゲームに夢中だったシドも、丈瑠に目をやった。ルイやリアも、気にしている。
 
「なんで靴なのー?」
「一応、服も高いやつなんだけど、靴が一番高い。前々からほしいと思ってたスポーツブランドの靴でさ、プレミア物なんだ。なかなか手に入らなかったんだけど、最期に贅沢したくて」
「ふぅーん……。んじゃ、尚更写真におさめよう!」
 と、カイはカメラのレンズを向け、何枚か写真を撮った。「みんなも後で一緒に撮ろー!」
「……私が撮ってあげるわ」
 と、リアが笑顔で言った。
「ありがとう! その前にタケルぅ、俺とリアちゃんのツーショット撮って!」
「あ、うん!」
 
「あークソッ!」
 ゲームを再開したシドが思わず声を漏らす。ゲームオーバーだ。
「なかなか難しいですね」
 と、ルイが言う。
「おまえもやってみろよ」
「僕はゲームが苦手ですから」
「じゃあ音楽聴く?」
 と、ツーショット写真を撮り終えた丈瑠が駆け寄ってきた。
 
沢山の機能が詰まった携帯電話をここまで活用したのは初めてだった。
ロック調の曲が流れる。ハスキーなボーカルの声が響く。
 
「かっけぇなぁ」
 と、シドが言った。
「うん、俺この曲が好きでさ。今一番人気のロックアーティストなんだよ」
「へぇ、幼稚な曲聴いてそうなのにな」
 と、シドは馬鹿にする。
「う、うん……」
「タケルさん、口が悪いのはシドさんの愛情表現ですから、気にしないでください」
「はぁ? なにが愛情表現だよ! 勝手に解釈すんな!」
 と、シドは言った。
「あははは、わかってるよ。シドに悪気はないんだよね」
「そうですよ。気にするだけ無駄です」
 

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