voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン11…『結局』

 
「まずはストレッチからだ」
 休息所を出て、シドが立ち止まって言った。
「ここで? 道のど真ん中だけど」
「あぁ。早くやれ。魔物は俺が見張っててやっから」
「……」
 少し眉間にシワを寄せ、地面に腰を下ろした。
「やる気ねーな」
「…………」
 アールは黙って足を広げ、前屈をはじめる。
「お前ストレッチ毎日しろ。朝と夜な」
「……わかってるよ」
「わかってたら忘れたりしねーだろ」
「忘れっぽいんだからしょうがないでしょ」
 アールの体は、未だに柔らかくならない。筋肉痛の痛みのせいで、初日よりも固くなっているようにさえ思えてくる。
「大事なことは普通忘れねーよ。ストレッチもろくに出来ねぇとかシャレになんねぇからな」
「やる気なくすからちょっと黙っててよっ」
 
──むしゃくしゃする。
悲しくなったり、ムカムカしたり、やる気になったり。自分が腹立たしい。
 
「魔物だ」
 と、シドがアールの背後を見て言った。アールは咄嗟に立ち上がる。
「モルモートか……おっきいね」
 今まで見たモルモートより、一回りも大きかった。
「咄嗟に立ち上がったのは死にたくねーからだろ?」
 と、シドが言う。「お前やれよ。俺は手を貸さねぇ」
「え……」
 と、アールは戸惑いながらもモルモートに目をやった。
 
モルモートは10メートル先までやってくると、一旦立ち止まった。警戒しているようだ。
 
「わかった」
 剣を構え、モルモートに向かって走り出した。足を踏み込む度に泉で回復しきれなかった筋肉痛がズキズキと痛む。
 
シドは腕組みをして、アールを見据えた。
 
アールは、どこか余裕を感じていた。モルモートくらいなら自分一人で仕留められる。VRCで少なからず鍛えた。モルモートを何匹も倒したんだ。一回り大きいからといって、負ける気はしない。
 
けれど、アールはドスンと尻餅をついた。モルモートに軽々と突き飛ばされたのだ。
興奮したモルモートが突進してくる。シドは腕を組んだまま、動こうとはしなかった。
 
体が思うように動かない。
 
「シド!!」
 助けを求めるように名前を呼んだ。
 
それでも助けてとは言わなかった。喉をつっかえて、言葉にできなかった。
 
しかし結局、モルモートはシドが仕留めた。
アールはシドから視線を落とし、目を合わせられなかった。自分が情けない。
 
「結局、こうなることは目に見えてたな」
 シドがアールを見下ろしながら、呆れたように言った。
 アールは地面に座りこみ、血が流れ出る左腕を押さえた。
「結局、俺が倒してやったわけだ」
 モルモートは2人の前で息たえている。「筋肉痛で体が痛いんだろ」
 そう言われ、ドキリとした。
「体が硬いとそうなる。日頃から体をほぐしておかねーから筋肉痛も酷くなんだよ」
「…………」
「聞いてんのか? 結局お前は──」
「結局、結局って……やめてよ。言われなくたって私は……」
「わかってるだけじゃ意味ねーだろ。わかってても実践しねぇと意味ねぇだろが」
 
──わかってる。
 
「お前さ、生きて帰る気あんのか?」
「──?!」
 アールは顔を上げ、シドを睨んだ。当たり前な質問をされ、頭にくる。
「死にたい、帰るのは諦めたっていうなら何も言わねぇが、生きて帰る気があんならストレッチを忘れる余裕なんかねぇはずだろ。一日も無駄に出来ねぇはずだろが」
 
──そう。その通り。シドの言う通りだ。
それなのに。
 
左腕を押さえる手に力が入り、激痛が襲った。体罰のつもりだろうか。自分でもよくわからない。
 
「……どうすべきなのかわかってても、体が言うこときかねぇこともあるけどな」
 
シドはそう言ってアールに背を向けると、刀を構えた。魔物がまた姿を現したのだ。
 
シドはアールの心境を見透かしていた。
変われるきっかけは、どこにあるんだろう。自分で見つけられるなら誰も苦労はしない。だからといって、いつまでもきっかけを待っている暇もない。
 
生きて帰りたいと思う。こんな場所にいつまでもいたくはない。会いたい人がいる。自分の居場所に帰りたい。
でも、今のままでは帰れない。明日生きているかどうかもわからない。明日も生きていると自信を持って言えない。
死にたくないという思いは押し潰されそうなほど強くあるというのに、死にたくない=強く生きていける……にはならない。
矛盾なのかな、よく分からない。
 
「アールさんっ」
 ルイが血相を変えて走ってきた。すぐにアールの腕を治療魔法で治した。
 
アールは幼い頃に戻った気がした。
小さい頃は誰かが必ず助けてくれた。怪我をして泣いていたら、気づいた大人が駆け寄ってくれた。手を引かれて帰り道を歩いた。
 
「大丈夫ですか……?」
「うん、ありがとう。ごめんね、しくじっちゃった」
「シドさんは……」
 と、ルイはシドに目をやった。
 
シドは倒した魔物から刀を抜き、ほかに魔物はいないかと辺りを見回している。
 
「シドは助けてくれたよ」
 と、アールは立ち上がった。
「助けた? 怪我をなさっていましたが……」
「シドは助けてくれた……。結局、助けてくれたの」
「…………」
 

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©Kamikawa
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