voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配43…『小さな魔導師』

 
血液が腕を伝って剣へと流れた。
生き血を吸って生き返ったかのように、握りしめていた刀剣がドクンと脈打つ。
アールは武器をネックレスに戻すために右手へと持ち替え、宙に投げた。縮んだ刀剣から血液がボタリと地面に落ちた。
アールは打たれた左肩を押さえながらあてもなくただひたすらに受付所から遠ざかった。
 
   ……こっちだよ
 
少女の声がまた、聞こえた。
狭い路地裏。建物に沿ってある側溝を流れる濁った水。換気扇がカラカラと音を立てて回る。
 
   おねえちゃん
 
声に導かれて、壁づたいに進む。猫が好みそうな、薄暗くて静かな裏道。
 
   こっちだよ……
 
少女の声が聞こえる方へと目を向けた。大人が通るには狭すぎる建物の隙間だった。
 
──ここを通っていけっていうの?
 
体が小さいお陰で入ることが出来たが、体を斜めにしても服が壁に当たって擦れる。足元には側溝。蓋がないため、落ちないように進む。
 
   こっち……左だよ
 
少女の声が聞こえる先に、なにがあるのかはわからない。
けれど、姿が見えない少女の声が聞こえることに、なにか意味があるように思えた。
 
少女の声を辿って行くと、竹の柵で囲まれた場所へと出た。柵には蔦が巻かれていて、2メートルも高さがある。
柵に沿って歩いていると、遠くに少女の姿が見えた。
 
──あの子……。
 
アールは少女に歩み寄り、膝をついた。
 
「……マリちゃん?」
 病院で会った女の子だった。
「おねえちゃん、肩……だいじょうぶ?」
「うん。ありがとう。廃墟で聞こえた声も、マリちゃんだったの? 姿が見えなかったからわからなくて。ごめんね」
「いいの」
 と、マリは笑顔で首を振った。
「でも危ないよ、歩き回ってたら……って、あれ? 廃墟から結構距離あるよね」
「マリはずーっとここにいたよ」
「え……?」
「マリね、魔法使いになったの。マリの声、遠くまで届けることが出来るんだよ?」
 そう言って自慢げな表情を浮かべた。
「そんな力もあるんだ……」
「おねえちゃん、ここから中に入って」
 と、マリは足元の柵を指差した。
 小さな穴が空いている。
「ここから……?」
 と、アールは腰を屈めた。「この中は何?」
 そう言って顔を上げると、マリの姿はなかった。
「マリちゃん……?」
 
──もしかしてマリちゃんって、小さな魔導師なのだろうか。
 
アールは両手を地面につけると、肩がズキンと痛み、顔を歪めた。
仕方なく片腕だけで這うようにして柵の中へ入ると、そこには大きな畑が広がっていた。その中で一人の女性が水をまいていた。
アールが立ち上がると、女性は振り返り、その手を止めた。
 
──あの人って確かマリちゃんの……。
 
アールは近づこうとしてためらった。畑仕事をしていたのは、マリの母親に間違いない。悪い人だとは思えないけれど、ログ街の住人は誰も信用するなとワオンが言っていた。
アールが俯いていると、マリの母親が歩み寄ってきた。首に掛けていたタオルを、アールに差し出した。
 
「血が出てるわ」
「……すいません。ありがとうございます」
 タオルを受け取り、肩に当てた。
「貴女のことは知っているわ。情報紙を見たから」
 
アールは警戒してマリの母親から一歩下がった。
 
「安心して。──といっても、無理よね。私は貴女が悪い人だとは思えないの。ほら、覚えてる? 病院で一度、お会いしたことが……」
「ジャックさんの病室ですよね……」
「えぇ。あのジャックさんのお友達に悪い人はいないわ」
 と、マリの母親は笑った。「でもどうしてここに……?」
「あ、マリちゃんに呼ばれて」
 
肩を押さえていたタオルが、赤く染まっていた。
 
「マリに……」
「なんで呼ばれたのかはわからないんですけど……私、正面口の門を開けなきゃいけなかったのに開けられなくて……。自分は何も出来ないんだって途方に暮れてたら、マリちゃんがここまで導いてくれて」
 と、アールは入ってきた穴に目をやった。「さっきまでそこにいたんですけど」
「そう……」
 と、マリの母親は小さく呟いた。
「ここに来ても……仲間は助けられないですよね。私戻ります」
「待って。ここから街の外へ出られるわ」
「え……?」
「こっちよ」
 
アールはマリの母親に連れられ、畑の奥へと向かう。奥は街の壁になっていて、大きな岩が置かれていた。
 
「この岩を退けられれば、出られるわ。壁に穴が空いているのよ」
「穴……」
「私の旦那が生きていた頃にね、ここに穴を開けちゃったの。怪力だったのよ? ここの広い畑も、彼が一人で作ったんだけど、最初はなかなかうまく育たなくて、『もう畑なんかやめてやるー!』って」
 と、マリの母親は笑いながら言った。
「暴れて穴あけちゃったんですか?」
「そうなの。ちょうど街を守る結界に不具合が出てるときだったわ。この岩と同じくらいの大きさの岩がもう一つあって、軽々と持ち上げて放り投げたら穴が空いたのよ。本人もまさかこんなことで穴が空くなんて思ってなかったみたい。──その後は、この岩で穴を塞いだ……というより、隠したってところね」
「仲間をここに呼んでもいいですか?」
「もちろんよ」
 
アールは安心した面持ちで携帯電話を取り出そうとしたが、視線を落とした瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。足元がふらつく──。
 
「大丈夫……?」
 マリの母親がアールの顔を心配そうに覗き込んだ。
「あ……はい……」
「出血が酷いわ……。座って」
 アールは壁に寄り掛かかり、腰を下ろした。
「私が連絡してあげる」
「すいません……」
 
アールは血がついた携帯電話を渡した。血がついた手で握ったせいで汚れてしまったのだ。
マリの母親が代わりに電話を掛けたが、繋がらない。
 
「出ないわね……」
「カイなら出ると思います……」
「そのカイ君に連絡しているのよ」
「あれ……なにやってんだろ……。ルイに掛けて貰ってもいいですか?」
「ルイ君ね、わかったわ」
 
アールの携帯メモリーに入っている数は少なく、すぐにルイの名前が見つかる。
 
『アールさん、大丈夫ですか?!』
 と、電話に出たルイが言う。
「ごめんなさい、アールちゃんは今、目の前にいるわ」
『あなたは……?』
「マリの……って、知らないわよね」
『マリさん? 病院にいた女の子のお知り合いですか?』
「マリを知っているの? 私はマリの母です」
 
マリの母親は、事細かに場所の説明をし始めたが、思い出したようにアールが言った。
 
「あ……ゲートの紙があること忘れてた……」
「ゲートの紙?」
 マリの母親が聞き返す。
 
アールはルイから預かったゲートの紙をポケットから取り出したが、血が紙に滲んでしまった。
 
「汚れちゃった……。これがあれば簡単に移動が出来るんですけど……」
「聞いてみるわ。 ──もしもし? ゲートの紙が血で汚れてしまったようなの。使えるのかしら」
『どちらの紙でしょうか』
「待ってね。アールさん、ゲートの紙、見せて」
 
アールは言われるがまま、紙を見せた。マリの母親はまじまじと魔法円を見て、呟いた。
 
「出口……」
『出口の紙ですか……。汚れてしまったのなら使えませんね。先程教えてくださった道からそちらへ伺います』
「そう……」
 アールに目をやった。「残念だけど、使えないそうよ」
「あの……さっきルイに話してた道って、裏道じゃないですよね? 裏道のほうが人目につかないし安全かと……」
「裏道?」
「私マリちゃんの声に従って狭い路地裏を通ってきたんです。道というより、建物の隙間を通ってきたんですけど……」
「その道……たぶん知ってるわ。昔マリに連れられて通った狭い道。あの子、女の子なのに冒険が好きだったから」
 そう言うと、母親はルイにルートの説明をし直した。
 

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