voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇5…『ギップスの魔道具』◆

 
「虫……ですか」
 と、ルイが紅茶を入れ直しながら言った。
 
アールは席に座り、カイとリバーシゲームをしている。
モーメルはアールが摘んだ花を台所へ持っていき、水で汚れを流している。
 
「うん。結局何の虫かわからなかったから余計に気持ち悪くて……」
 そう言いながら、黒い面で石を置き、ひとつ、ふたつと白い面の石を裏返して黒い石を増やした。
「そうですか。では、昨夜の悲鳴も虫が出たからでしょうか?」
 ルイは紅茶をアールの前に置いた。
「ありがとう。昨夜?」
 
カイはボードの空いているスペースに白い石を置き、いくつか黒い石を白に変えながら紅茶を飲んでいる。
 
「えぇ。僕達がお風呂から上がって部屋に戻っているときに悲鳴が……」
 
アールは嫌なことを思い出した。体重2キロ増量の件である。
 
「あぁ……あれね……気にしないで」
「アールの番だよぉ?」
 と、カイが言う。
「うん。えーっと……どうしようかな」
 
リバーシなんて何年ぶりだろうか。小学生以来かもしれない。序盤から中盤に掛けてひっくり返す石は少ない方がよく、中盤から一気にひっくり返すことと、角の四ヶ所を取ればいいことだけは知っているが、如何せん相手は遊ぶことが大好きで自分よりも遥かにリバーシ経験者だ。勝てる気がしない。
 
「あれ? 勝てるかも」
 と、終盤に差し掛かり、アールは呟いた。
「待って待って……残りの角は取らないで!」
 カイがそう願ったが、アールは角を四ヶ所とり、完全勝利。
「やったぁー! カイに勝った!」
 アールはガッツポーズをした。
「やっぱ俺リバーシ苦手だぁ……」
 と、石を片付けながらカイが言った。
「苦手なの? こういうゲーム得意そうなのに」
「全っ然。頭で考えるの嫌いだしぃ」
「あぁ……なるほど」
 
アールも片付けを手伝っていると、外から戸をノックする音がした。
 
「お客様でしょうか」
 と、ルイが立ち上がったが、モーメルがすぐに台所からやってきた。
「いいよ、アタシが出るから」
 そう言って戸を開ける。
 
ルイ達は一瞬ヴァイス(ライズ)ではないかと思い、目を向けたが、立っていたのは見知らぬ男だった。これから就職活動でもするかのような黒いスーツ姿に、深いブラウン色の髪を七三わけにしている。手には銀色のスーツケース。──アールは押し売りでも来たのかと思った。
 

 
「ギップス……なんだいその畏まった服装は……」
 と、モーメルはスーツ姿の男を“ギップス”と呼んだ。
「すみません。アール様にお会い出来ると聞き、失礼のないようにと……」
「私?」
 と、立ち上がる。
「あっアール様……ですか?」
「そうですけど、出来れば様付けはやめてください……」
 アールは微笑してギップスの前まで歩み寄った。
「しかし……」
 と、ギップスは戸惑う。緊張のあまり、震える手で額の汗を拭った。
「アール、彼はギップスだよ。今日あんたを呼んだのは彼に会わせるためさ」
 モーメルはアールにギップスを紹介した。
「そうだったんだ……。はじめまして、アールです」
 アールが右手を差し出すと、ギップスは慌ててスーツケースを足元に置き、ズボンで手を拭いてから、両手でアールの手を握った。
「は、はじめまして。宜しくお願い致します!」
「彼も魔術師さ。元々はゼフィル兵の一員だったんだが、訳あって今はアタシの下で働いてる。ギップスはあんたの話を聞いて、ぜひ力になりたいんだとさ」
「そうなんですか……、ありがとうございます。でも力って?」
「アール様のお役に立てそうなものを勝手ながらご用意させていただきました。是非見ていただきたいと思いまして!」
「……おいくらですか?」
 アールは押し売りじゃないかと、改めて思った。
「いえっ、お金は一切頂きません! さっそく見ていただきたいのですが……」
「とりあえずお入り」
 と、モーメルはギップスを部屋の中へ促した。
 
ルイがお菓子の器やティーカップをテーブルの端に寄せると、カイもお菓子の器を追って端へと移動した。
ギップスは早速スーツケースをテーブルの上に置き、中から色々な魔道具を取り出して並べはじめた。
チェーンのネックレスとブレスレット、花の形をした置物、うさぎのぬいぐるみ、ピンク色のスプレー、赤い靴……。魔道具らしい物はなく、どれも首を傾げたくなるような物ばかりだ。
 
「このウサギはなんですか?」
 と、アールはぬいぐるみを手に取った。
 
ふわふわで手触りが気持ちいい。お伽話に出てくるような白いウサギで、首にはリボンが付いている。持った感じは普通のぬいぐるみと変わりない。
 
「そちらは“お返事ウサギ”です。──まず、ウサギの頭に手を置いて、『お話し聞いて』と話しかけます。すると、話し掛けた人間の心に反応し、希望通りの動きや返事をしてくれる……というものです」
「それは……なぜ私に必要だと?」
 
アールは興味を示さなかったが、カイはぬいぐるみに手を伸ばした。
ぬいぐるみの頭にお菓子で汚れた手を置き、カイは満面の笑みで話しかける。
 
「お話し聞いてー!」
 すると、ぬいぐるみがピョンッと飛び上がり、『わかったピョン! なんでも聞くピョン!』と、喋り出した。
「アール様が寂しさを感じた時に、心安ぐ物をと考えまして!」
 ギップスは自信満々にそう言い放つ。
「う、うん。確かに可愛いし癒されるけど……」
「君は俺のことをどう思うピョン?」
 と、カイはウサギに話しかける。
『とーってもカッコイイピョン! 世界で一番カッコイイピョン!』
「わぁー、嬉しいピョーン」
「カイは語尾に“ピョン”を付けなくてもいいんじゃないかな……」
「あ、ウサぴょん、アールは俺のことどう思ってるのかなぁ?」
 どうやらカイはお返事ウサギを気に入ったようだ。
『大好きだピョン! 誰よりも一番愛してるピョン!』
 そう言ってテーブルの上で跳びはねるウサギに、
「それは無いピョン……」
 と、アールは呟いた。
 
「アール様の為にご用意したのですが……お気に召さなかったようですね」
 ギップスはそう言って、次はピンク色のスプレーを手に取り、アールに見せた。「こちらなんてどうでしょう! メイクアップスプレーです!」
「メイクアップスプレー?」
 アールは首を傾げた。変身でも出来るのだろうか。
「はい。まず普通に化粧をしていただいて、底に付いているライトで顔全体を照らすと、スプレーが化粧をした顔をインプットします。あとは忙しい朝にでも顔にスプレーをシューッと吹き掛けるだけで一瞬にしてメイクアップが出来ます」
「わぁーすごい。でも使わないかな……。化粧する機会なんてないから」
 
せっかくアールのために作った魔法の道具はどれもことごとく却下されていき、ギップスは元気を無くしていった。
 
「この赤い靴と、花の置物はなんですか? 可愛いですけど」
 アールは赤い靴を手にとった。23cmだ。自分のサイズにピッタリである。
「赤い靴は……歩き疲れたときに履いていただくと靴が足の痛みを癒しながら勝手に歩行を始めます。花の置物は癒し道具で、花に触れて好きな香りを想像していただければ、その好きな香りが置物から漂ってきます。疲れたときなどによいかと……」
「うーん……。このチェーンのネックレスは?」
 
アールは、ペンダントトップの無いチェーンネックレスを手に取った。魔法がかけられているとは思えない、どこからどう見ても普通のチェーンだ。
 
「そちらは、そのチェーンを通した物が小さくなります。たとえば……」
 と、ギップスは開いたままのスーツケースを閉じて、取っ手にチェーンを繋げた。すると、スーツケースはみるみる小さくなり、2センチサイズになった。スーツケースがペンダントトップになったのだ。
「うわぁー可愛い!」
 と、アールは初めて食いついた。
「持ち運びに便利です。スーツケースは重いので、こうしてネックレスにしてしまえば首に掛けることが出来ます。ネックレスには物を小さくする他に、離合魔法が使われております」
「離合魔法?」
「自由自在に、簡単に、引っ付けたり離したりすることが出来ます」
 そう言ってギップスはスーツケースを首に掛けた。「この状態でスーツケースを引っ張ると……」
 チェーンを取っ手に通していたというのに、スーツケースはチェーンから簡単に外れた。
「元の大きさに戻すには、宙に浮かせる事です……」
 と、ギップスは説明しながら、小さなスーツケースを宙に投げた。
 
ギップスの手から離れたスーツケースは元の大きさに戻り、けたたましくテーブルの上に落下した。
 
「す、すみません! 重過ぎて手から滑り落ちました……」
「机を壊さないでおくれよ?」
 と、モーメルが椅子に腰掛けながらため息まじりに言う。
「またネックレスに戻すにはどうするんですか?」
 アールが身を乗り出して訊いた。「またチェーンを通すの?」
「いえ。首に掛けているチェーンに物の一部を触れさせれば……」
 そう言ってまた実践を始めた。
 
スーツケースを両手で持ち上げ、首に掛けている取チェーンに触れさせると、再びスーツケースは小さくなってネックレストップに早変わりした。
それまで黙ってギップスのプレゼンを見ていたルイが口を開いた。
 
「離合魔法は僕がロッドを背中に背負うときに使うベルトにも使われている魔法ですね。そのネックレスの場合は宙に放り投げられるくらいの重さでないといけませんね」
「はい。ちなみにブレスレットバージョンもあります!」
「私それ欲しいかも」
 と、アールは言った。
「本当 デ すか?!」
 実はチェーンネックレスが一番の自信作だったギップスは、嬉しさのあまり、声を裏返した。
「アールぅ、それ一番いらなくなーい? ねぇ? ウサぴょーん」
『うん! いらないピョン! つまらない道具だピョン!』
「ウサピョンに変なこと言わせないの」
 と、アールは叱る。「このネックレス、使いこなせたら便利だと思う」
「いくつまでネックレスに引っ掛けられるのですか?」
 と、ルイは勝手に他の道具をスーツケースにしまいながら訊いた。
「……ひとつのネックレスにつき、ひとつだけです」
「使えなぁーい!」
 と、カイが親指を下に向けてブーブーと言い放つ。
「ひとつで十分」
 と、アールは言った。
「でしたらスペアも含め、ネックレスとブレスレット、両方差し上げます! お役に立てる物があってよかったです!」
 

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©Kamikawa
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