voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦25…『広狭魔法』

 
カイは周囲を確認しながらキッズコーナーへ向かっていた。追いかけてきた男たちの姿がないことを確認しながら。
子供たちがいる場所なら男たちは来ないだろう。それにきっと楽しいに違いない。そう思いながら廊下を歩いていると、外からなにやら声援が聞こえてきた。窓から中庭を覗くと、2人の男が血を流しながら格闘していた。その周りを大勢の野次馬が取り囲んでいる。
 
「野蛮だなぁ。でもちょっと見に行きたいかもー」
 興味本位でそう呟いた。
「見に行くんじゃなくて参戦したらどーだ?」
「それは危険だよぉ! ……って、え?」
 
振り返ると、撒いたはずのタンクトップの男が2人立っていた。
 
「いい逃げ足してるじゃねぇか」
「さよなら!」
 と、また隙をついて逃げようとしたが、即座に男から襟を掴まれ、後ろに倒れそうになる。
「逃がさねぇよ。お前にさっき話し掛けたとき、どっかで見た顔だなと思ったんだよ。“カイ・ダールストレーム”」
「え……なんで俺の名前……知ってるんですか?」
 
嫌な予感がした。初めて会った男が自分のフルネームを知っているのだから、きっと予感は的中するだろう。
 
━━━━━━━━━━━
 
その頃、ルイは指定部屋でトレーナーと顔を合わせていた。
 
「制御バングルか……」
 トレーナーはルイの腕に嵌められているバングルを見て呟いた。
 
腕を組んで困惑しているルイのトレーナーは、イーヴァリという30代の男だ。頭に灰色のターバンを巻いている。
 
「ええ。外すことは出来ませんので、バングルを嵌めた状態でどこまで力が使えるのかを試したく、VRCに登録させていただきました」
「まいったな……。そんなもん身につけた客なんか今までいなかったからなぁ。制御魔道具が存在することは知っていたが」
「他のお客様と同じ扱いで大丈夫ですので」
「そうか? ならまずは防御魔法から試すとするか。包囲結界使えるんだよな?」
「ええ。宜しくお願いします」
 と、ルイは頭を下げた。
 
ルイのいる部屋はアールが使用している部屋よりも3倍は広い。しかしこの部屋にはテントと同じ広狭魔法が使用されているため、外観からではアールがいる部屋と変わらない広さだ。
イーヴァリは一旦部屋を出て、すぐ隣の操作室に入った。
 
「──ルイ、聞こえるか?」
 天井から声が聞こえる。
「はい、問題ありません」
「オッケー。ならまずは5メートルの魔物を出現させる。使える包囲結界の広さだけを確認していくから、戦闘は無しだ。出現した魔物はなにもしてこないからとにかく包囲結界で囲んでくれ。それから、この部屋は魔力の消費を防ぐから心おきなく魔法を使ってくれ」
「わかりました」
 ルイはロッドを構えた。
 
左腕で光る魔力を制御するバングル。ルイがそのバングルを嵌めるようになったきっかけは、一部の人間しか知らない。
イーヴァリは操作室からルイが張る結界の強度を確かめながら、次々と魔物を出現させた。
1時間ほどで正四角形の結界は10m40cm程まで張れることが確認出来た。結界の強度に変化が現れるのは10mを越えた頃。10m40cmを越えると目に見えるほどの歪みが生じて結界としてはあまり有用ではなくなる。
 
「まぁ10mまでが無難だな」
 と、イーヴァリは言った。
「そうですね。限界をわかっていると助かります。ただこれだけの結界を張るとなると魔力を一気に消費してしまいますね……」
「そうだな。ところで飛来結界は使えるか? 使えるなら飛行距離も調べておいたほうが良さそうだが……この部屋じゃ狭いか」
 
ルイは力を身につけることよりも、今現在の限界能力を調べることを優先していた。無理をして失敗やロッドにかかる負担を減らすためである。
それから14時まで、アールとルイはそれぞれの部屋で経験を重ねて行った。日々命がけの戦いに余裕をもって挑めるだけの力は身につけたいものだ。
時間を迎え、ルイはタオルで額の汗をぬぐいながら部屋を出た。イーヴァリに1時間後に再開することを伝えて食堂へ向かう。
階段を下りながら携帯電話を取り出し、アールに電話をかけた。
 
ちょうどアールも一段落して、ワオンと食堂へ向かっているところだった。ルイからの着信に気づき、すぐに電話に出る。
 
「もしもしルイ? お疲れ様」
『アールさんもお疲れ様です。今どちらですか?』
「ワオンさんと食堂に向かってるところだよ」
『そうですか。てっきりカイさんのことですから、アールさんの元へ行かれたのか……と……』
 突然、ルイの声が途切れた。
 
ルイは力なく耳から携帯電話を離し、足を止めた。カイが、階段の踊場でぐったりと倒れていたのだ。顔は殴られたように腫れており、口は切れて血が滲んでいる。
 
『もしもし? ルイ?』
 呆然と立ち尽くすルイの手に握られた携帯電話から、アールの声が聞こえる。
「カイさんッ!!」
 カイに駆け寄り、体を起こした。その勢いで携帯電話が床に落ちてしまった。「カイさんッ!!」
 
「もしもし……? ルイ? どうしたの?」
 電話の向こう側から微かにルイの叫び声が聞こえた。
「どうかしたんか?」
 と、アールの隣にいたワオンが、心配そうに言う。
「わかんない……。ルイがカイの名前呼んでるんだけど……声が遠いし返事がないから多分今ケータイを手に持ってないんだと思う」
「よくわかんねぇが、ルイは今どこにいるんだ?」
「わからない……。もしもしルイ?! 聞こえる?!」
 何度も名前を呼び掛けるが、返事がない。
 
ルイは気を失っているカイを抱き抱えて階段を下りていた。踊場に携帯電話が取り残されている。
 
「アールちゃん、先に食堂へ行っててくれ。俺がルイを捜してきてやるから」
「でも……」
「心配いらねぇって。なんかあったら電話に連絡するから」
 そう言ってワオンはアールを置いてその場を走り去った。
 
アールは、なにも聞こえなくなった、まだ繋がったままの電話を切った。ルイの様子からして良くないことがあったのは確かだ。自分も捜しに行こうかと考えたが、施設内は広く、迷いそうだった。──おとなしく食堂で待ってたほうがいいかな……。
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイは施設内に設けられている治療室へカイを運んだ。VRCの専属医師である白衣を着た30代前半の女性が特に驚いた様子もなくカイに歩み寄った。
 
「あらあら、随分とがんばりすぎたのねぇ」
「いえ……踊場で倒れていたのです」
「そう……。とにかく空いているベッドへ」
 ルイは言われた通り、カイをベッドへ寝かせた。
「カイさん! しっかりしてください! カイさん!」
 耳元で繰り返し名前を呼びながら頬を叩いた。
「ん……」
「カイさん!」
 カイは体の痛みを感じながらゆっくりと目を開けた。
「ルイ……あ。美人なお姉さん」
 ルイの後ろに、女性医師が立っている。 
「よかった。大丈夫そうですね」
 ルイは安堵の表情を見せた。「カイさん、なにがあったのですか?」
「ルイ……俺……」
「はい」
「そちらのお姉さんに惚れたみたいです……」
「真面目に答えてください」
「大丈夫そうね。傷の手当をするから、話は後にしてくれる?」
 と、医師は呆れた面持ちで言った。
 
ルイがベッドから離れると、医師は応急セットをベッドサイドのテーブルに広げた。
 
「消毒するから、じっとしていてね」
「お姉さん……俺ねぇ……なんだか胸が痛みます……」
「それは大変ね。『あなたに惚れたから』なんて言ったら治療費高く頂くわよ?」
「胸の痛みは気のせいでした」
「それはよかったわ」
 
カイが消毒を受けているとき、ルイを捜していたワオンが治療室に訪れた。
 
「ここにいたのか……」
 ルイの姿を確認してほっとする。
「ワオンさん……」
「階段下で携帯電話を見つけたんだが、血の跡があったんでもしかしたらと思ってな」
 と、ワオンはルイに携帯電話を渡した。「なにがあったんだ?」
「それがまだわからないのです。──僕の携帯電話だとよくおわかりになりましたね。わざわざありがとうございます」
「アールちゃんがルイは電話を手放してるんじゃないかってことを言ってたからな。それにカイがどうとか」
「そうでしたか……」
 ルイはアールに知らせようと電話をかけた。
 
アールは食堂の席に座り、ワオンからの連絡を待っていた。ルイからの着信があり、慌てて電話に出る。ルイはカイから詳しく事情を聞いたわけではないので一先ず簡単に安否を伝えた。アールはカイが無事だったことには安心したが、戦闘部屋で倒れていたのならまだしも、階段下の踊り場で倒れていたとなると、ますます詳細が気になった。
電話越しにカイの怪我の具合を聞いていると、2人組の男が食堂へ入ってきた。男はアールが座っている席の、ひとつ前に座った。
 
『ところで、アールさんは今食堂ですか?』
「うん。そっちに行こうかな……」
『カイさんから話を聞いたらすぐにそちらへ向かいますので、待っていてください』
「うん……。あ、ワオンさんがルイを捜しに行ったんだけど」
 
その時、前の席に座った男の会話が、意識していなかったアールの耳に流れ込んできた。
 
「あそこまで弱いとは思わなかったぜ!」
「笑えるよな、1分も経たずに気を失いやがったし。ダサすぎるだろ!」
「危うく殺しかけたっての。やり過ぎたか?」
「大丈夫だろ。今頃、誰かが助けてるだろ」
 
『ワオンさんなら僕の携帯電話を持ってきてくれましたよ』
「…………」
 アールは男の会話に耳を傾けていた。──動悸がする。
『もしもし? アールさん?』
「ねぇルイ、カイって誰かにやられたの?」
 

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©Kamikawa
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