voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂12…『新トレーナー、トーマス』◆

 
アールは5体の魔物との戦いをマスターしていた。
 
「まだたったの5匹だけ……」
 と、アールは汗を拭って、ガクリと膝をついた。
「なに言ってんだ? 50匹は倒してるぞ?」
 と、ワオンがスピーカーを通してすかさず訂正する。
「倒した数じゃなくて、マスターした数ですよ……」
「あぁ、まぁ、最初はこんなもんだ」
「慰めですか……。そういえばルイは何時に迎えに来るんだろう」
「8時だからまだ時間はあるぞ。もうやめるか?」
「いえ……、がんばります!」
 
正直とっくに体力の限界を感じているが、気合いを入れてすくと立ち上がった。剣を構えて次の魔物を受け入れる態勢をとった。しかしスピーカーから聞こえてきたのはワオンの合図ではなく、爽やかなメロディーだった。意気込んでいた気持ちが安らいでしまう。
 
「なんの音ですか?」
「あ、もしもし? あぁ、今は仕事中ですよ」
「電話か……」
 アールは剣を鞘にしまい、床に座って電話が終わるのを待った。
「──え? いや、それはちょっと……まぁあと2時間くらいですかね……。は? いやいや困りますよ……。もしもし? もしもーし?」
「どうしたんですか?」
 と、アールは天井を見上げて訊いた。
「あぁ悪い。電話があってな……用が出来た」
「じゃあ今日はもう終わりにします」
 内心、やめる理由が出来てよかったと思っている。
「いや、それがな、俺の代わりにトーマスが来るそうだ」
「機関車……?」
「ん? 機関車?」
「あ、いえ。誰ですか?」
「仕事仲間だよ。他の客を担当している奴だ」
「わざわざワオンさんの代わりに? なんだか申し訳ないな……」
 内心、せっかくやめるきっかけができたのに、と思っている。
「いや……俺はアールちゃんに申し訳ない」
「気にしないでください。私は大丈夫ですから」
「いや、トーマスは気性が荒いからな……」
「え……」
 アールは少し考えた後、「大丈夫ですよ、気性が荒い人には慣れてますから」
 シドのことを思い出してそう言った。
「そうか? んじゃ、そこで待っていてくれ。すぐにトーマスが来る」
「了解です」
 
アールは背伸びをして、大の字に寝転がった。回復薬を飲んでも、すぐにまた身体に疲労が溜まる。ゴロンと寝返りをうって、横向きになった。戦闘であたたまった体温が、ひんやりとした床で下がってゆく。暫しの休憩に、アールは目を閉じた。
目にも疲労が溜まっていた。動き回る魔物を目で追うのも楽ではない。
 
  * * * * *
 
「ひんやりとしてて気持ちがいいねー、この部屋は」
 と、アールは言う。
「“アール”の部屋もクーラーあるじゃん」
「それが今壊れててさー…」
「ふーん。まさかとは思うけど、クーラー目当てで私の家に遊びに来たわけじゃないよね?」
「えへへ」
「えへへじゃないよもう……」
「いいじゃん少しくらい。私たち親友でしょー? クーラーくらいでふて腐れないでよ」
「だってさぁ、“アール”が遊びに来たのって初めてじゃん? 東京の観光案内をしてあげようかと思ってたのに」
「ほんと? じゃああと1時間のんびりしてから外に行こうよ」
「人ん家に来てダラダラするってなによ」
 
「へへへっ。それにしても久美はいい部屋住んでるね。それにホントきれい好きだね」
 
「そうかな?」
「うん。本棚もきれいだし、床もゴミひとつない。久美が ルイ と結婚したら、ホコリすら無くなりそう」
「ん? ルイって?」
 
「え? 話さなかったっけ。ルイは──」
 
  * * * * *
 
「なに寝てんだッ!」
 と、突然体が浮き上がってアールは目を覚ました。
 
目の前には耳にいくつもピアスを付けた目つきの悪い男が立っている。アールは状況を把握するのに時間がかかった。いつの間にか眠っていたところにその男がやってきて、寝ているアールの胸倉を掴んで起き上がらせたのだ。
 
「え……あ……」
 突然の出来事に、言葉が出なかった。
「やる気あんのかテメェは!」
「はい……え? あー……あっ! トーマスさん?」
「そーだよ! 起きたならさっさと始めるぞ!」
「は、はい……」
 

 
心臓がバクバクしていた。──矛盾していた夢を思い出す暇もない。
トーマスは戦闘部屋を出ると、操作室から声を掛けた。
 
「さっさと剣を構えろ! 時間を無駄にすんな!」
「はいっ!」
 
アールは急いで剣を抜いて構えると、2メールほどのモンスターが姿を現し、度肝を抜かれた。
 
「え……デカイ……」
「なにボーッとしてんだ! さっさとやれっ!」
「いや、でも……さっきまでのと桁違いというか……」
「ワオンと俺は違うんだよっ! あいつに甘やかされ過ぎだ!」
「……はい」
 
バトル開始直後に、アールはモンスターに向かって行ったが、モンスターの右腕に呆気なく弾き飛ばされ、床に背中を打ちつけた。
 
「なにやってんだお前はぁ! 自分から弾き飛ばされに行ってどーすんだ!」
「すいません……」
「バッカじゃねーのか!」
「…………」
 
声は天井から聞こえてくる。上から怒鳴られるというのは、正々堂々と真正面から怒鳴られるより苛立つものがあった。しかし、相手はいくら口が悪かろうと、トレーナーだ。文句は言えない。
 
「さっさとやれッ!」
 ビクッと体を震わせ、アールは立ち上がった。
 
だが、ただただうろたえてしまう。また魔物に駆け寄れば弾き飛ばされるだろう。そしてトーマスに怒鳴られる。予知能力があるのかと思うほどに先のことがわかる。
 
「なに突っ立ってんだボケッ! ヤレっつってんのがわかんねーのか! どこまでバカなんだよっ」
「…………」
 弾き飛ばされようが突っ立ってようが、どっちにしろ怒鳴られる。
「これだから女は……」
 そうぼそりと言ったトーマスの声に、カチンと来た。
 
これだから女は? なにそれ。女だからってバカにする奴……大っ嫌い!
 
「やればいいんでしょ?! やればっ!!」
 アールは床を蹴り上げて走り出した。
 

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©Kamikawa
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