voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い20…『失う恐さ』- 中編

 
気をしっかり持つより、なにも考えない方が先へ進めるときもある。
新たなドアの向こう側へ挑むには、あれこれ考えないほうがいい。ただそこにドアがあるから行くんだ。
 
まだ震えがおさまらない手でドアを開くと、強い光がアールを包み込んだ。
 
『何も考えんな。ただ先へ進むことだけ考えてりゃ、あっという間に出口だ』
 
ドアへ向かう前に、シドがそう言った。
 
『いいか、お前が扉の向こうで見るものも、経験することも、誰かの記憶だ。お前は……できるだけ“無”になってりゃいいんだよ』
 
そう簡単に言っても、難しいことは分かってる。精神の保ち方なんてどこで習うんだろう。思い通りにいかないことばかりの中で、慣れていくしかないのかな。
 
━━━━━━━━━━━
 
「ちゃんと彼女の支えになっているじゃないか」
 と、モーメルは安心した面持ちでそう言った。
「支え?」
 と、シドは椅子に座り、肘をついた。
「あんたの声を聞いているだけで、落ち着けたようだからね」
「……どーだか」
 
アールが一度部屋に入ってしまうと、出てくるまで声が届かなくなる。アールの声もこちらには聞こえなくなる。泉に秘められた魔力によってお守りの力が効かなくなるからだ。
二人が出来るのは、部屋から出てくるのをただ待っていることだけだった。
 
一方、ルイ達は泉の前で座り込み、不安な面持ちでアールの帰りを待っていた。森が風でざわめくたびに泉に目を凝らした。
 
「アールってさぁ」
 と、カイはこんな時にまで粘土細工をしながらルイに言った。「優しいよねぇ」
「そうですね」
「俺だったら怖くて飛び込めないもん」
「そうですね」
「でもさー、やっぱりちょっとおかしいよね。本当に優しさだけで飛び込めるものなのかなぁ」
 
ルイは、何も言えなかった。優しさだけではないことを、感じていたからだ。
追い詰められた人間は、時に突拍子もない行動に出る。冷静を保とうとして思考を巡らせても、間違った選択をしかねない。
──間違った選択。間違っているかどうかは、まだわからない。ルイは思い悩んでいた。
 
突然、携帯電話が鳴った。ルイとカイがポケットからそれぞれケータイを取り出した。
 
「俺に電話だよぉ」「僕に電話ですよ」
 と、声を揃えて言った。
 
着信音は、タイミング良く二人のケータイから鳴っていたのだ。二人は顔を見合わせ、タイミングの良さに少し笑みをこぼすと、それぞれ電話に出た。
カイに掛かってきた電話は、カメラ屋からの連絡だった。
 
「あ、わかりましたぁ。──え? 今すぐ? ……それはちょっと」
『さっさと取りに来ねぇと処分すんぞ!』
 と、ヤクザのような店員が電話越し苛立ちながら言う。
「待って下さいよぉ……。今実はその……仲間が大変でぇ」
『そう言って結局取りに来ねぇで代金払わねぇつもりだろ!』
「払いますよぉ……。今本当にそんなことに時間使ってる暇はなくてぇ」
 と、カイは頭を掻きむしった。
『そんなこととはなんだ! こっちはこの仕事に誇りを持ってやってるんだぞ!』
「わわ、わかってますよぉ……」
 
カイは困り果て、助けを求めるようにルイに目を遣ったが、ルイも電話中でどうしようもない。
 
『だったら直ぐに金を持って取りに来い!』
「ですからぁ……今本当に……」
 と、カイはライズに目を止めた。「あ、ちょっと待ってくださいねぇー」
 
カイはライズに近づいて携帯電話を差し向けた。
 
「……なんだ?」
「電話は俺が持っとくから代わって! カメラ屋の店員さんが今すぐ写真取りに来いってうるさくてさぁ……代わりに断って!」
 カイは小声でそう頼んだ。
「……自分のことは自分でやれ」
「なんだよぉ! その低い声でガツン! と『今すぐは無理だ!』って言ってくれればいいからさぁ……」
「自分で断れと言っているのだ。──拙者には関係のないことだからな」
「あーのーねぇ、アールのことが心配なの! だからここから離れたくないの! 写真は後で取りに行きたいのに俺の話は聞いてくれないの! そ・こ・で、ライズに頼んでるんじゃないかぁ!」
「……面倒な奴だな、お前は」
 ライズがそう呟くと、携帯の通話口を向けられていたせいで店員に聞こえてしまった。
『面倒とはなんだ! おまえは代理か? だったらお前が取りに来い!!』
「…………」
 ライズはうんざりと首を横に振った。
「……今はそれどころではない。こちらにも事情というものがある。客を信用出来ず店が勤まるのか?」
『なんだとぉ?!』
「時間が出来れば必ず取りに行く」
『……ちっ。一週間待ってやる。一週間経っても取りに来なけりゃ処分だ。処分しても金は払ってもらうからな!』
「あぁ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
 と、最後のライズの言葉が気になったカイだったが、どうにか話はついたようだ。
 
その頃、隣ではルイがシドからの電話を受けていた。
 
『遅くなって悪い。女はなんとか生きてるぞ』
「本当ですか?!」
『あぁ。──精神の部屋に入って……出て来たみてぇだが、また新たな部屋に入って行った。幻影を見せられている間は連絡が取れねぇけどな』
「アールさんのご様子は……」
『そうだなぁ、まぁ次の部屋に入れたなら問題はねぇだろ。話も出来たしな』
「そうですか……」
 と、ルイは一安心をしてため息をついた。「また、何かありましたら連絡してください。僕たちはここでアールさんの帰りを待ちます」
『待つって……いつになるか分からねんだぞ?』
「えぇ……それでもここにいたいのです。少しでも彼女の近くで、無事を祈りながら待っていたいので」
『……わかった。じゃあまた後でな』
 
ルイは電話を切ると、カイとライズにアールは無事だということを伝えた。安堵の表情を浮かべたカイだったが、まだ安心は出来なかった。今現在、無事であることは確かだが、戻ってきたわけではないからだ。
ルイは渦を巻く泉を眺めながら、胸が塞がる思いを噛み締めた。
 
──守るべき者を失う痛みはもう二度と、味わいたくはなかった。
  

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -