voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い13…『精神の部屋』

 
一行は部屋を飛び出して沈静の泉へと向かった。──途中、邪魔をするかのように次から次へと魔物が行く手を塞いだ。その度に刀を抜いたシドは頭に血が上っていた。それはみんなも同じだった。
 
漸くたどり着いた沈静の泉は、ライズが去ったときと変わらず血のように赤黒く染まり、渦を巻いていた。アールの姿は、どこにもない。
 
「どういうことですか?!」
 静かだった朝が、騒然とする。ルイは声を張り上げた。
「アタシが行かせたようなもんさ……」
 モーメルはそう言って、泉を眺めた。
「行かせた……? どうしてっ?! 危険だと知っているのでしょう?!」
「あぁ……でもあの子なら……あの子ならきっと……戻ってくるさ」
「なにを根拠にそんなっ……」 
「終わったな」
 と、シドは呟いた。
 
ルイはシドの発言に気が立ったが、言葉を詰まらせた。──沈静の泉を前に、絶望感は拭い切れない。
 
「大丈夫だよ」
 カイが悪い空気を切り裂くようにそう言ったが、誰の耳にも届いていない。
「大丈夫だって! こんなことでアールは死んだりしないよ!」
 と、カイは必死に繰り返した。
「カイさん、沈静の泉はそんなに甘くはありませんよ……」
「でも大丈夫だって」
「何が大丈夫なんだよッ!」
 シドは、喉が擦り切れそうになる程の声で怒鳴った。「あいつが死ぬってことがどうゆうことかバカなお前でもわかんだろッ!」
 
さすがのルイもこのときばかりは、シドの暴言に注意をする余裕などなかった。ガクリと膝をつき、肩を落とした。──先が見えない。彼女がいなければなにもはじまらない。自分たちだけではとても……。
 
「大丈夫なものは大丈夫なんだよぉ!」
 カイも負けじと声を張る。「アールが死ぬわけないだろ? 世界を救う選ばれし者が、こんなとこで死ぬわけないんだよぉ!」
「まだそんなこと言ってんのかテメェは……めでたい奴だな」
「なんだよぉ! ルイー、ルイは信じてるでしょ? アールは帰ってくるって……」
「僕は……」
「正義の味方は死なないんだよぉ?」
 と、カイはしゃがんで、うなだれているルイの顔を覗き込みながら言った。
「正義の……味方?」
「うん。俺、いろんな絵本読んできたけど、正義の味方は死なないんだ。死んだら世界を救えなくなるだろー? こんなことで死ぬわけないんだよぉ。だから……これは試練みたいなものだよきっと!」
「試練………」
 ルイは渦巻く泉に目を向けた。不気味な泉から魔力が放たれているのを感じる。
「これは乗り越えるべき試練なんだ!」
 カイはそう言って強気に笑ってみせた。
 
絵本は子供向けの作り話だ。現実では英雄と呼ばれた人物は不慮の事故で命を落とした者が大半だった。不様な死を遂げた者も多い。凶悪な魔物と戦ったあと、酒屋の階段で足を滑らせて死んだ剣豪。絵本では一山を支配していた巨大な魔物の首を持ち帰ったと描かれている立派な勇者も、真実は仲間を囮にして魔物が仲間を食らっている間に首を斬り落としたと言われている。英雄気取りで村に帰り、はじめは称賛され、魔物に困っていた村人たちからの貢ぎ物で優雅な暮らしをしていたが、酒の席で口が滑り、嘘が発覚。その結果、遺族の怒りを買って殺されてしまった。毒を飲ませて魔物を倒しただけの話も、注目を浴びたい、絶賛されたいと思う本人の欲によって話がひとまわり、ふたまわり大きくなり、書き手の趣味指向によっては、毒の存在さえも消え去り、仲間となった魔物をしたがえて大剣一本で死に物狂いで戦った、という話になるのだ。
──けれど、ルイは何も言い返さなかった。
 
アールの帰りを信じて止まない純粋なカイの心が、絶望に陥っていたルイに少しだけ希望を注いだ。
 
「そうですよ……アールさんが死ぬわけありません」
「バカじゃねーのか」
 と、シドが苛立った。「いい加減目ぇ覚ませ。終わったんだよ。──うなだれてる暇あったら先急ぐぞ」
「……なにを言っているのですか?」
「あいつがいねぇならその分、アーム玉を集めりゃいいだろ。まぁあいつにどれくらいの力があったのか知らねぇけどな」
「あいつあいつって……名前くらいちゃんと呼んだらどうですか?! シドさんはどうして信じようとしないのですか?!」
「俺はお前が女のことは信じて自分らのことは信じねぇ意味が分かんねぇよ……」
 シドは険しい面持ちで腕を組んだ。
「自分たちのこと……?」
「自分らだけじゃ、無理だって決めつけてんじゃねーか」
「それは……僕たちだけでは先へ進めなかったではありませんか……」
「…………」
 シドは舌打ちをして口をつぐんだ。
 
──先へ進めなかった。進めなかっただと? 本当に進めなかったのか?
本当は道があるのに見つけられなかっただけじゃねーのかよ……。あのときの俺らには粘る気力がなかっただけじゃねーのかよ……。
 
「沈静の番人は、弱みにつけ込む……。彼女の場合は、精神が一番弱い。例え泉から帰還出来たとしても、旅を続けられる状態かは……わからない」
 と、モーメル。
「弱みに付け込む? なぜそのようなことを知っているのですか?」
 と、ルイは立ち上がった。
 
カイは泉の前で膝を抱えて座った。足元にあった小さな石を拾って泉に投げると、ドーム状の結界に跳ね返されてしまった。
 
「以前、沈静の番人を呼び出したことがあってね。話をしたことがあるのさ。本当はライズの形見のことで取引がしたくて呼び出したんだけどね、話を聞いただけで失敗に終わったよ」
「中に入った人はどうなんのー?」
 と、カイ。
「落ちた人間次第さ。戦闘力が弱い者には強力な魔物を見せ、恐怖心でガタガタと震える姿を見ながら散々弄んだ後に命を奪うそうだよ。元々沈静の泉を作り出したのは強い力を持った魔術師でね、魔術から手を引くために作り出し、全ての魔道具を泉に沈めた。番人は捨てられた魔道具に備わっている力や人が捨てた物に入り込んだ怨念や記憶が絡み合って生み出された化け物さ。だからこの泉に投げ込まれたものは全て番人の力へと変えられる。──この泉を作り出した魔術師もまた、自ら飛び込んで泉を守る番人の力の一部となったんだよ」
 
カイは険しい顔をした。再び足元にあった小さい石を拾うと、泉に向かって投げた。するとまた跳ね返され、自分のおでこに直撃して痛みに悶えた。
 
「では……アールさんの場合は……」
 と、ルイが訊く。
「精神の部屋へ行くかもしれないね。この泉へ、物と共に捨てられた悲愴な記憶が一気に流れ込む部屋さ」
 
モーメルはそう言うと泉に背を向けて歩き出した。
 
「モーメルさん? どこへ……?」
「帰るんだよ。あの子に魔物を寄せつけないお守りを渡したと言ったろう? あれは泉の中じゃ効果は発揮しないだろうけど、こっちの声を届けることも出来るのさ。そのためにはちょいと準備がいるからね。──あんたたちはどうするんだい?」
 一同は顔を見合わせた。
「僕は……ここに残ります」
 と、ルイは言った。「アールさんの帰りを待ちます」
「俺も俺もーっ!」
 ルイに続けてカイがそう言った。
「俺は勘弁だ」
 シドは呆れたように言って一人で帰ろうとしたが、モーメルが彼の腕を掴んだ。
「待ちな。戻るならアタシの警護を頼むよ」
 シドは面倒くさそうに舌打ちをした。
「あんたはどうするんだい?」
 と、モーメルはライズに言った。
 
しかし、ライズは口を閉ざしたまま、何も言わずに下を向いた。
 
「好きにしな。アタシは先に戻るよ」
 
 
力を入れたライズの鉤爪が、地面に突き刺さっていた。記憶がまたひとつ再生される。
 
 ヴァイス……ヴァイス・シーグフリート
 
──それはギルトが彼の元へ訪れた日の記憶である。
 
「誰だ……」
「私の名はギルト。お前を捜しに来た」
「なんの話だ。ヴァイスなど知らんな」
 
ライズは焼き尽くした村の瓦礫に、身を隠していた。突然現れた男に警戒心を向ける。
 
「お前がヴァイスであることは知っている。私は魔術師でな、水晶を通してお前を見た。──いや、水晶を通して見た未来の中に、お前がいた……と言うべきか」
 
ギルトという男はこれから起こりうる未来を淡々と話し続けた。
 
「そこで、お前の力が必要というわけだ」
「……悪いが、拙者はヴァイスではない」
「随分と強情っ張りだな」
「拙者は……“ライズ”だ」
 
ギルトは暫くライズの目を見据え、笑いながらため息をついた。
 
「ならばヴァイスはどこにいる?」
「死んだ。ヴァイスはこの村と共に命を絶った」
「……そうか。それならば仕方がないな」
 
ギルトは立ち去ろうとしたが、ふと思いとどまって振り返らずに言った。
 
「──もし、ヴァイスの魂でも見かけたら伝えておいてくれ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあろう……。お前は、グロリアが光を放つ多元となる」
「どういう意味だ」
「気になるなら、モーメルという国家魔術師を尋ねるといい」
 

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©Kamikawa
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