voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街27…『折り紙』

 
エレベーターで1階に下りたアールは、薄暗いロビーの待合室にあるソファに背中を丸めて座っているルイを見つけた。ロビーには4人掛けの緑色のソファが3脚、一定間隔を空けて並べられている。どのソファも破れていて中のスポンジが見えているが、所々はガムテープで補強してある。
ソファに腰掛けているのはルイを含めて3人だけだった。ひとつのソファに1人座っている。まだ座れるスペースがあるというのに床に座り、コンクリートの壁にもたれて足を投げ出している人もいた。酔っ払っているのか、眠っているのか、ゆらゆらと上半身を揺らしている。
 
「ルイ?」
 声を掛けると、悲しげに振り返ったルイの目は、赤く腫れていた。
「アールさん……」
 アールは隣に座り、笑顔で言った。
「帰ろう、ルイ。ジムのことは私が話したから……」
「ジャックさんは……」
「受け入れたんだと思う。……ううん、受け入れようとしてるんだと思う」
「そうですか……すみません……」
 ルイはアールから目を逸らし、下を向いた。
「またお見舞いに来いってさ」
「……はい」
 
暫く沈黙が続いた。アールは辺りを見回して、売店を見つけた。まだ立ち上がろうとしないルイを見て、もう少しここにいようと思った。
 
「ちょっと売店行ってくるね」
 そう言って立ち上がる。
 
ルイは俯いたまま返事もしなかったが、アールは売店へと歩いた。廊下の向かい側から、折り紙で作られた花束を両手に持っている、9才くらいの女の子が歩いてきた。
 
「こんばんはぁ」
 と、少女はアールに挨拶をした。
 
薄いピンク色のパジャマの裾が随分と擦り切れている。
 
「こんばんは」
 アールが笑顔で挨拶を返すと、少女は花束を差し出した。
「1本どうぞ!」
「わぁ、ありがとう。綺麗だね」
「いっぱい作ったからみんなにあげてるの!」
「そっか、優しいんだね。──あ、ねぇ」
「なぁに?」
「あそこに座ってるお兄さんにも、あげてくれるかな? 元気がないの」
「うん! いいよぉ」
 元気よくそう答えた女の子は、ルイの元へと走って行った。
 
アールは貰った1本の折り紙チューリップを微笑ましく思いながら、売店へと入った。ルイに飲み物でも買おうと思っていた。
買い物カゴを手にとり、飲み物を選ぶ。それほど品揃えが多いわけではないが、どれも見たことがない飲み物ばかりで、迷っていた。なんで全部知らない飲み物ばかりなんだろうと不思議に思い、すぐにここは別世界だったことを思い出す。コーヒーやフルーツドリンクなどは見てわかる。オレンジジュースに手を伸ばしたが、はたと手を止めた。オレンジジュースの2つ隣にあった飲み物に、《マゴイエキス》と書かれていたからだ。
 
「ま……マゴイ……またマゴイ……ここにもマゴイ……」
 
思わず手に取って眺めてみる。想像とは裏腹に、淡いピンク色の可愛らしい缶だ。しかし以前から気になっていた“マゴイ”らしき絵や写真は載っておらず、女性のボディーラインのデザイン画が描かれている。
 
「マゴイエキスは美味しいですよ」
 背後から声をかけられて振り返ると、黄色い折り紙のチューリップを持ったルイが笑顔で立っていた。
「ルイ……え? マゴイエキス美味しいの?」
「えぇ、女性には人気ですよ」
 そういうとルイは、アールの手からカゴを受け取った。
「あ、ありがとう……。なにか飲む?」
「えぇ。では僕はコーヒーを」
「じゃあ私も……」
 と、マゴイエキスは棚に戻してコーヒーに手を伸ばした。
「マゴイエキスはいいのですか?」
「うん、また今度……」
「そうですか。たまにはカイさんに明日のおやつでも買って帰りましょうか」
「じゃあシドにもなにか……」
 
一先ずカイとシドにも飲み物を選んでいると、後ろからアールの服を誰かが引っ張った。さっき折り紙の花束を配っていた女の子だった。
 
「なにしてるのぉ?」
 と、無邪気な笑顔でアールとルイに言った。
「飲み物を選んでいるのですよ」
 ルイは笑顔で答えた。「君もなにか飲みますか?」
「いいのー?」
「えぇ、折り紙のお礼です。何がいいですか?」
 優しい笑顔でそう話すルイを見て、アールはホッとしていた。いつもの笑顔が戻ってよかった。
 
女の子はりんごジュースが飲みたいと言った。ルイはりんごジュースを棚から取ると、カゴの中へ入れた。
 
「ねーねー、お兄ちゃんたちは付き合ってるのぉ?」
「はいっ?!」
 と、思わずアールとルイは声を揃えて訊き返した。
「こいびとー?」
「ち、違いますよ」
 ルイは焦りながら否定する。
「じゃあ……おともだち?」
「そうそう、お友達」
 アールは笑いながら言うと、カイのおやつを探しにお菓子コーナーへ移動した。
「えっと……あ、りんごジュース先に買ってしまいましょうか」
 と、ルイはたどたどしく言うと、レジへ向かった。女の子もルイについて歩く。
「ねーねー」
 と、ルイの服を掴んで女の子は言った。「赤いのあげるといいんだよ?」
「赤いの?」
「あのねぇ、赤いお花。好きな人にあげるといいのー」
「……そうですか。よく知っていますね」
 と、困った笑顔で答えながら、りんごジュースをレジに置いた。「すみません、先にこれだけお願いします」
「はい。100ミルになります。──マリちゃん、またお花配ってるの? もう夜遅いし、病室に戻らないと怒られるよ?」
 と、店員が女の子に話し掛けた。
「うん。あ、おねぇちゃんもお花いる?」
「うん、明日貰おうかな」
「マリちゃんっていうのですね、売店にはよく来るのですか?」
 と、ルイはお金を支払いながら訊いた。
「えぇ、この子は3ヶ月前くらいから入院していまして……100ミルちょうどですね、ありがとうございました」
 ルイはりんごジュースをマリに手渡した。
「ありがとう!」
 マリは嬉しそうにお礼を言うと、赤い花の折り紙をルイに渡した。「赤いお花! お兄ちゃん黄色いの取ったでしょ? 赤いお花あげるー」
「え? えっと……」
「あのおねぇちゃんに渡すの!」
 と、おませなマリは、お菓子コーナーにいるアールを指差して言った。
「あ……いえ、あの……そういう関係では」
「好きじゃないの? おねぇちゃんのこと」
 
マリは寂しそうにルイを見上げながら言った。女の子はおませな子が多いな……と、ルイは困惑する。
 
「お友達として、好きですよ?」
 
腰を屈めてマリにそう伝えたルイを、なにも子供相手に真面目に答えなくても……と、店員が笑いながら見ていた。
 
「嘘はいけないんだよ!」
 マリはそう言い放つと、走って売店を出て行った。
「あの年頃の女の子は、恋愛に興味を持つ頃ですからね」
 と、店員が言った。
「そのようですね」
「あまり気にしないであげてください。私なんて、お見舞いに来ていたお爺さんとお話ししていただけで、『あのおじいちゃんのこと好きなの?』って訊かれましたから」
 そう笑いながら言った店員は、まだ若い女性だ。
「それは困りましたね」
 と、ルイは笑って受け答えると、頭を下げてアールの元へと歩み寄った。
「なにか見つかりましたか?」
「うーん……なにがいいのかさっぱり。あれ? 女の子は?」
「さっき走って行ってしまいました」
「そうなんだ。カイはなにが好きなのかなぁ……ルイも探して?」
 アールにそう言われたルイは、お菓子コーナーを一通り見回した。
「これなんてどうですか?」
 と、アールに選んだおやつを見せた。
「カリントウ? 渋いね」
「そうですか? 熱いお茶に合うと思いますよ?」
 と、カリントウを持ったまま爽やかな笑顔で言った。
「おじいちゃんみたいだね」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない」
 そう言ってアールは目の前にあったクッキーを適当に手に取った。「これでいいかな。安いし」
「…………」
 ルイは黙ったままカリントウを見つめている。
「カリントウ食べるの?」
「え……あ、いえ……戻しておきますね」
「食べたいなら買ったら?」
「いえ、大丈夫です」
 と、カリントウを元の場所に戻した。
「カゴ持つよ。お金は私が払うから」
「いえ、僕が払いますから」
 と、ルイはレジにカゴを持って行った。
「いいよ、元は私が買おうと思っ……」
 ポケットに手を回し、財布がないことに気づいた。「シキンチャクごと財布忘れた……」
「いいですよ、僕が支払いますから」
 と、ルイは笑った。
 

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©Kamikawa
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