voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街25…『卑怯』

 
「ジャックさんは……どう思ってるんですか?」
 
伝え方を見出だせなかったアールは、質問を質問で返した。
 
「ヘヘッ……卑怯なこと訊くんだな」
「ごめんなさい……」
「いや、いいんだ……。おまえらの気持ちも分かる」
 
人の気持ちなど考える余裕もないはずのジャックは、そう言って苦笑した。
何から話すべきなのか、何を伝えるべきなのか、アールには整理がつかなかった。
 
「俺は……」
 ジャックはベッドに横になったまま、包帯が巻かれた頭を摩った。「……死んでりゃいいと思ってる」
 
複雑な思いが、アールの胸を締め付けた。人を殺したことも、大切な人を殺されたこともない彼女は、自分の気持ちを口には出せなかった。
 
「だってよ……あいつは……俺の大事な仲間を殺しやがったんだッ!!」
 突然の怒鳴り声に、アールは体を強張らせた。
「俺の目の前でッ! 分かるかッ?! 仲間が苦しげに声を上げながら斬り殺されていくのを見せつけられた俺の気持ちがッ!!」
 
ジャックの苦痛の叫びはアールの心臓を切り裂いた。耳を塞ぎたくなった。例え耳を塞いでも、彼の叫びは消えない。
 
「なあ? あんたに分かるか?! 俺の気持ちがッ……俺の……無念が……」
「ジャックさん……」
「何も出来なかったんだ……目の前で仲間が襲われているのに俺は……何も……ッ……。ドルフィが言ったんだよ……あいつを仲間にするとき……何者かもわからねぇのによせって……」
 
頭を摩っていた手は、流れる涙を隠すように目を塞いでいた。その手は小刻みに震え、怒りや悲しみ、悔しさを表していた。
 
「俺は聞く耳を持たなかった……その結果がこれだ……。ヘヘッ笑っちまうだろ? そんな俺だけがこうして生き延びやがった……」
 
電話でのルイの声が、今にも消えそうだった理由が漸くわかった。
病室を出て行ったルイの戻りを待っていたが、きっとルイは戻って来ない……。いや、戻って来れない。
 
「ジムは生きてます」
 
どんな言葉なら救えるかなんて、考えるだけ無駄だったのかもしれない。
どんな言葉もきっと、綺麗事にしか伝わらないだろう。
でも、救える言葉はどこにもないわけじゃない。今はまだないだけだ。
 
「ジムと話しました。殺めた理由、気持ち、秘密……」
 ジャックは黙ったまま、アールの話を聞いている。
「彼はハーヴェイという男の下で動いていました。なにか……大きな組織の……」
「そんなことはどうでもいいッ!」
 と、ジャックは苛立って声を上げた。
「どうでもよくないです。……彼に、ジャックさんに伝えたいことはないかと訊いたら……ないと答えました」
「そりゃそうだろうなッ」
 ジャックは鼻で笑った。
「……『謝って許されることじゃない、許して貰えるとも思わない』って。それから、『俺の言葉など聞きたくもないはずだ』って」
「へぇ、よく分かってるじゃねーか」
「……後悔、していました」
「…………」
 ジャックの表情が怒りに歪んだ。
 
後悔して許されることじゃない。後悔しても何も変わらない。わかっていながらアールはジャックに伝えた。言われたジャックがどう感じるのか分かっていながら、「後悔」という短い言葉でジムの思いを伝えたのだ。
 
「なにが……なにが後悔だッ!!」
「……ジムには守りたいものがあって、それを守る為に殺したと言っていました」
「ふざけるなッ!!」
「でも始めは利用する為に近づいたけど、心を開いていったって……殺すつもりなんかなかったって……本当はジャックさん達のことが──」
「もうやめてくれッ!!」
 
廊下にまで響き渡る声で、ジャックはアールの話を遮った。
すぐに看護師が声を聞き付けて病室に入ってきた。
 
「どうしました?!」
 看護師はジャックに駆け寄ったが、ジャックは看護師の手を振り払った。
「俺に構うなッ!」
「そうはいきません。今先生を呼んで来ますからね!」
 そういうと、看護師はアールを見て、
「悪いけど、出て行ってもらえますか?」
「……はい」
 アールはジャックに目を向けると、何も言わずに病室を出て行こうとした。だが、ジャックが呼び止めた。
「なんでだ」
「……え?」
「なんでそんな話を俺にした」
「私は……どっちの味方にもなれないから……」
「なんだよそりゃぁ……」
「ジャックさんの気持ちも、ジムの後悔する気持ちも分かる……。でも分かるといっても、想像にすぎない。私は……人を殺めたことも、大切な人を殺されたこともないから……だから聞いたことをそのまま伝えました」
「冷てぇなぁあんた……」
「ごめんなさい……」
 
暫く2人の間に沈黙の時間が流れていた。
アールはジャックから顔を背け、俯いていた。そしてふいに小さく呟いた。
 
「恨むなら私を恨んでください……」
「なんだと?」
 と、聞き逃さなかったジャックは怪訝な表情でアールを見据えた。
「多分、私も関係していると思うので。多分というか……確実に……」
「どういう意味だ……お前もあいつの仲間だってのか?!」
「違うけど……」
 
2人が会話を続けていた時、看護師が先生を連れて戻ってきた。アールに訝しいげな目を向ける。
 
「……あなたまだいたの? 病室を出るように言ったはずよ」
「いーんだよっ!」
 と、ジャックが看護師に言った。「俺が呼び止めたんだ」
「でも……」
「君はもういい。向こうに行ってなさい」
 と、見兼ねた医師が看護師に向かって言った。看護師は納得がいかない表情で病室を後にした。
「君はお友達かい?」
 アールに向かってそう訊くと、ジャックの点滴を変えはじめた。
「…………」
 
アールは病室の入口で黙ったまま立っていた。答えようがなかったからだ。
 
「話し相手がいることはいいことだ。……ただ、あまり刺激しないでやってくれ。目覚めたばかりだというのにこれだけ元気なら問題はないだろうが、一応病人であることを忘れないでくれ」
「病人扱いすんなよ先生」
 と、ジャックはふて腐れて言った。
「ここは病院だよ、入院している君は立派な病人だ」
「……チッ。もっと美人な看護師を揃えたほうがいいんじゃねーのか先生」
「私に言われても困るな。体調はどうだね?」
「最っ悪だな。入院してる間はずっとな」
「そりゃ参ったな。まぁ、もうしばらく様子を見よう。──で、あちらのお嬢さんは帰していいのかな?」
「…………」
 ジャックは黙ってアールを見た後、「いや、まだ話がある」
「そうかい。あまり大声を出さないでもらえるかな? ここは君の家ではないのだから」
「わかったようるせーなっ」
 
医師はアールの肩にポンッと手を置いて、病室を出て行った。
 
「なに突っ立ってんだ。座れよ」
 ジャックに促され、アールは困惑しながらまた椅子に腰掛けた。
「で、あんたも関係してるってどういうことだ?」
「私にもまだよくわからないんです。ただ、ジムは私を捕まえることが──」
 と、アールは言いかけて口をつぐんだ。
 
このまま話し続けると自分の正体を明かし兼ねないからだ。
 
「あんたを捕まえる? 何のためにだ」
「……わかりません」
「わからねぇ、わからねぇじゃこっちもわからねぇよ!」
「はい……」
「……ったく、あんたを責めても意味ねぇんだけどな」
 
ジムが守りたかったものってなに? 話し込んだと思っていたのに、重要なことは訊けていなかった。冷静でいられないと判断が鈍る。
ジムはジャックたちと一緒にいる時間が好きだった。そんな彼に殺意を抱かせたのは、誰? なんの為? 私を捕まえる為? ……わからないことだらけだ。でももし、彼に殺意を抱かせた男が私の存在を知っていたとしたら……?
 
「聞いてんのか?」
 と、突然アールの耳にジャックの声が入り込んだ。
「え……?」
「なんだよ、人の話くらい聞けよ」
「すいません……」
「とにかく、例えあんたが関わっていたとしても、あんたを恨むつもりはねぇよ……。あんたもよく知らねぇみてぇだしな。恨んだところでコモモやドルフィが戻ってくるわけじゃねぇし。……けどまぁ怒りが治まらねぇわ」
「……はい」
「あいつのことも恨んだってしょうがねぇ……2人が死んだのは俺の責任でもあるからな。謝りてぇけどコモモもドルフィももういねぇしな。まぁ謝って済むことじゃねぇが……」
「…………」
「おい……なんとか言えよ」
「…………」
 アールは口を閉ざしたまま、首を振った。
「言いにくいことか……。俺も伝えなきゃならねぇな」
「え……?」
「エディだよ。車に乗せて貰ってるときによ、色々話を聞いたんだ。住んでいた場所を知ってる」
「…………」
「子供がいるんだってよ……。妻とは離婚して、子供は妻が引き取ったからなかなか会えなかったらしいが」
「私も行きます……」
「そんな時間あんのか? よくわからねぇがあんたら旅してる理由があるんだろ?」
「でも……」
「いいって。一緒にいた俺が守ってやれなかったんだ。俺ひとりで頭下げに行かせてくれよ……。それしか出来ねんだからよ……」
 

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