voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街22…『電話』

 
アールは30分ほどして浴場を後にした。もう少し浸かっていたかったが、新しい利用者が入ってくる度にジロジロと見られるのが嫌でそそくさと早めに出ることにした。
エレベーターに乗って、4階へのボタンを押した。ガタガタと音をたてながらドアが閉まる。
 
「大丈夫かなこのエレベーター……」
 
ドクン、ドクン、と、急に動悸がしはじめて、アールは胸をおさえた。
また……心臓が……暴れてる。
 
 
 大丈夫かなぁこのエレベーター
 
記憶の中の声が再生される。
 
 なに? エレベーターが怖いの?
 
記憶の中の雪斗が笑う。
 
 別に……
 ただ、古いエレベーターって不安にならない?
 
 あはははは! やっぱ怖いんじゃん!
  
 笑わないでよもう!
 
 大丈夫だよ。大丈夫
  
   
数年前の思い出。『大丈夫だよ』そう言ってくれただけで不思議と大丈夫に思えた。雪斗がそう言ってくれただけで……。
 
何気ない時、意識なんてしていないのにいきなり蘇る記憶。遠ざかるばかりの何気ない思い出。何気ない大切な思い出。
 
「ハァ……ハァ……息が……」
 呼吸がしづらいアールは壁に手をついて寄り掛かった。
 
チン! という音と共に扉が開く。
 
 降りなきゃ……ドアが閉まる……。
 
あまりの苦しさにギュッと目を閉じて膝をつきそうになった時、誰かがアールの腕を掴んでエレベーターから引き降ろした。
 
「痛っ……」
「エレベーターが怖いのか?」
 雪斗と同じような質問に、ドクンと心臓が反応して全身に不快感が広がった。
「違う……」
 顔を見上げる余裕もないけれど、声だけでわかる。
「なら助ける必要なかったな」
「うっさいシド……」
 アールをエレベーターから引っ張り出したのはシドだった。 
「シドさん、タオル忘れて── アールさん! 大丈夫ですか?!」
 後から駆け寄ってきたのはルイだった。苦しそうなアールの背中を摩る。
「おー、タオルサンキュー」
 そう言ってシドはルイの手からタオルを受け取ると、エレベーターに乗って1階へ下りて行った。
 
「大丈夫ですか? 歩けますか?」
 ルイの言葉にアールは息を切らしながら首を振った。
 
ルイは腰に掛けていたシキンチャク袋から、紙袋を取り出してアールの口に当てた。
 
「なるべくゆっくり呼吸をしてください。少しは楽になりますから……」
 
どうしてだろう。優しくされると振り払いたくなる衝動にかられる。優しく背中を摩り続ける手、紙袋を支える手……。 
苛立つのは彼の優しさに対してじゃない。自分の惨めさに苛立ってるんだ。優しくされると、それだけ自分が情けなく感じる。立ち止まっている暇はないのに。
 
「……ありがとう。もう……大丈夫」
 そう言ってアールは少しふらつきながら立ち上がった。
 
そんな彼女の腕を掴んでルイは支えたが、アールはそっとルイの手を掴み返して離した。
 
「大丈夫だから……。ごめんね、ありがとう」
 
上手く笑えずにそう言って、壁に手を付きながら部屋へと戻った。──ルイは、ついて来なかった。
部屋ではカイがまだ気持ちよさそうに眠っている。
 
「サンシャイン……」
 意味不明な寝言を呟き、寝返りを打った。
 アールはそんなカイに癒されていた。カイが眠るベッドに腰を下ろした。
「憂鬱……な……サンシャイン」
「ふふっ……意味わかんないし」
 
正義の味方は、いつだって世界の平和を願っている。真っ直ぐで、正しくて、勇敢で、皆から愛されて……。そうなるまでに、自分自身との格闘があったのだろうか。初めは弱くたって、大切なものや自分が存在する意味を知って成長する。
それなのに、世界の運命を託された私は……壊れていきそうな気がする。とても勇敢な正義の味方にはなれそうにない。
このまま自分の弱さに溺れて最低な人間に成り下がっていく気がする。
 
「ん……アールぅ……?」
 目を覚ましたカイが、横になったまま眠たそうな目でアールを見つめた。
「何の夢を見てたの?」
「シドが筋肉トレーニングのしすぎで……逆に細くなった夢……八つ当たりされちゃったよぉ……」
 と、カイは目を擦りながら言った。
「なにそれ……憂鬱なサンシャインはどこからきたの?」
「サンシャイン……? 何の話ぃ?」
 と、カイは笑った。
「いや、こっちが訊きたいんだけどな……。それよりお風呂入ったら? シド行っちゃったよ?」
「どこにぃ?」
「どこってお風呂に。タオル持ってったみたいだから多分お風呂」
「ルイはぁ?」
「ルイは……わからない。お風呂かな」
「ふぅん……」
 と、カイは答えると、欠伸をしてまた目を閉じた。
「また寝るの?」
「一緒に寝てくれたら起きるよ」
 と、カイはアールが座っている側の布団の端をめくった。
「私はまだ寝ないよ、考えたいことあるし。……暑いの? 扇ごうか?」
「んもぉーいい!」
 と、ふて腐れながらカイは漸くベッドから起き上がった。
「どうしたの……? 私なんか悪いこと言った?」
 
アールは戸惑いながら訊いたが、カイはムスッとしたままシキンチャク袋から着替えを取り出している。
 
「あ、じゃあ少し寝ようかな!」
 カイの機嫌を取るようにそう言うと、アールは個室のドアを開け、「今から布団出して1時間くらい寝ようかな。起きたらカイを起こすね! おやすみー」
「なに言ってんの……」
 と、カイは肩を落として部屋を出て行った。
「え? あれ? なんで? 寝るんじゃなかったの?」
 
説明するまでもないが、カイは一緒の布団でアールと寝たいと思って言ったのだが、前回といい、アールには「一緒の時間に寝る」としか伝わっていなかった。
 
アールは個室に入るのを止め、立てかけてあった自分の武器を手に取った。
 
「……クロエ。そういえばあなたのこともまだ知らないね」
 そう呟いた時、剣に嵌め込まれた石が微かに光を放ったような気がした。
「言葉がわかるの……?」
 手にした剣に話しかけてみたが、反応はなかった。
「わかるわけない、か」
 武器を元の場所に戻し、窓際に立って外を眺めた。
 
ぼんやりとした電灯の明かりが頼りなく道を照らしている。灰色のフード付きコートを身に纏った人達が街中を歩いているのが見える。
 
──あのコート着てる人多いな……流行ってるのかな。それにしては地味だし……なんだか身を隠してるように見える。
 
「お母さん!」
 と、外にいる子供が、少し先を歩いていた母親に駆け寄った。
 
ルイの話から、この街は物騒なイメージがついていただけに、見知らぬ親子の姿を見て心が安らいだ。子供は可愛いな……。私もあんな可愛かった時代があったのかな。いつの間にか心を閉ざすようになってしまったけれど。純粋な心を持ったまま大人にはなれないのかな……。
 
アールのポケットから携帯電話が鳴った。慌てて開いて見ると、電話番号だけが表示されている。
 
「え……誰?」
 
この世界にも迷惑電話などあるのだろうか。不安になったアールは電話に出るのを躊躇った。しかし、着信音は鳴り続けている。留守番電話機能があるなら使いたいところだが、まだルイから貰ったこの携帯電話の操作に慣れていないせいで使い方がわからない。戸惑いながらも電話に出ることにした。
 
「……もしもし?」
『あ、アールちゃん?』
 女性の声だ。どこかで聞いた柔らかな声。
「はい……」
『わかるかな、リアです』
「リアさん!」
 相手がリアだと分かり、ホッとしたと同時に驚いた。「どうしたんですか?」
『さっきルイ君から連絡があったの。アールちゃんは女の子だから、話せないことも私になら話せるんじゃないかって』
「ルイが……?」
『えぇ。アールちゃん元気ないようだけど、大丈夫?』
「あ、はい……」
『ねぇ、何かあったらいつでも私に電話してね?』
「はい……。あ、でも忙しいんじゃないですか……? リアさんって国王様の娘さんですよね?」
『“国王様の娘さん”? ふふっ、そんな風に言われたのは初めてよ』
 と、リアは笑った。
「すいません……」
『確かにいつも暇を持て余しているわけじゃないけど、ダブル顕現を使っていることが多いから基本はいつでも大丈夫よ』
「だぶ……だぶるけんげん?」
『魔法のひとつよ。これは護身用の魔法なんだけど、自分の分身を作り出せるの』
「分身? リアさんが2人?」
『簡単に言えばそういうことね。……って、こういう感じでいいのかしら』
「なにがですか?」
『兵士達が話していたの。アールちゃんが敬語は使わないでほしいって話していたと……』
「あぁ! リアさんの耳にまで届いていたんですね。でも助かります。敬語使われると……なんだか重荷に感じてしまって」
『重荷?』
「あ……いえ……」
 と、アールはベッドに腰を下ろした。
『──ねぇ、旅はどう? 少しは慣れてきたかしら』
「いえ……まだ……」
『そうよね……。でも無事にログ街に着いたなら安心かな。その街で力を備えることが出来るはずだから』
「BRCですよね?」
『“VRC”よ』
 と、リアはまた笑いながら言った。
『それに珍しい武器や防具が手に入ると思うの。資金を稼ぐのは大変だと思うけど、彼等が一緒なら大丈夫ね』
「資金稼ぎ……?」
『……聞いてないの? ルイ君から』
「なにも……」
『そう……そうなの……』
 と、リアは考え込み、暫く黙っていた。
「あの……リアさんは“タケル”って知ってますか?」
 
──何故か、躊躇うことなく訊けた。知らないだろうと思っていたからかもしれない。
もしくは、彼女の温かい声を聞いていたら蟠りなんか消えてしまったのかもしれない。
 

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