voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危6…『決して』

 
スーが持ち帰った瓶を見て、一行の表情が青ざめたのは言うまでもない。
作戦は成功した。けれど、小さな瓶に入っているアールの肉片を見て救い出せたという安堵感は全く生まれなかった。アールは自身の血液の中で浮遊している。
 
「……このあとは?」
 と、それをスーから受け取ったのはシドだった。
 
触れることに躊躇いがなかったわけではない。スーが苦労して救い出してくれたアールの肉片を、気味の悪いものに触るような手付きで掴むことは自分が許さなかった。
シドはルイを見遣ったが、ルイは今にも倒れてしまいそうなほど顔色が悪かった。まったくアールを見ようとせず、それはまるで“死体”を目の当たりにしたように悄然と仕切っていた。
 
「特別治療室に運ぶか?」
 と言ったのは、デリックだった。
「運んでそこでなにが出来るんだよ」
「まぁ色々揃ってる。とはいえ……ここまで……“負傷”した人を治療したことはねぇからほぼ実験になるだろうが。それかそのままヤギさんのところで見てもらうとか」
「ヤギ……?」
「90歳の爺さんだよ。回復系の魔法や道具を主に研究して作ってる魔術師」
「回復系か……」
 シドは瓶を見遣った。
 
アールの肉片と血液が入っている瓶を直視出来ずにいるルイとカイ。スーは体をぶるぶると震わせて水をはらう犬のように血をはらってからヴァイスの肩に戻った。
 
「ヤギさんのところへ連れて行くなら、スペルキー持ってるからゲート開いてやるが」
「頼む」
「あんたらは?」
 と、デリックはルイ達を見遣った。
「行きます……」
「俺も……」
 ルイとカイがそう答えると、ヴァイスも頷いた。
「先に伝えておくが、あの爺さんはちょっと頭がイカレてる。回復系魔法に人生つぎ込んできたからな。お嬢を見て“おもしろいものが手に入った”と思うだろうが、堪忍してやってくれ」
「おもしろいもの……?」
 と、一同は顔をしかめた。
「茶のひとつも出してもらえんだろうが、お嬢の回復には全力で手を貸してくれるだろうから、大目に見てやってくれな」
 デリックはそう言って、手の平を地面に向けてスペルを唱え、ゲートを開いた。
「会う前から胸糞わりぃジジイだな」
 と、シド。
 
一行はデリックが開いたゲートでヤギという魔術師の元へと飛んだ。
 
デリックはシドたちが消えたのを確認し、上空にいるゼフィル兵に城に戻るよう指示を出すと、スーパーライトに乗っていた兵達は一斉に引き返していった。
 
「お前等ももういいぞ」
 
地上でアールの血のにおいにつられて集まって来る魔物を追い払っていた兵士達にもそう言った。
 
「あの……僕は……」
「あ?」
 未だにロクトアントスの蔦に絡まっているボリスを見遣る。
「わりぃ、忘れてたわ!」
「忘れないでくださいよぉ!」
「助けたいのは山々なんだが、自然と離してくれんのを待つしかねんだよなぁ」
「そんなぁ……」
「それかそれ、脱げばいい」
 ボリスは甲冑を着ている。甲冑を脱げば逃げられるのだ。
「手ぇ貸してやるよ」
 デリックはボリスに手を貸し、甲冑を脱がした。
「でもどうするんです……? 甲冑」
「後で取りに来りゃいいだろ。先帰ってろ」
「え、デリックさんは?」
「スライムが持ち帰ったのはお嬢だけだ。着ていた服とか残ってるだろうから回収する」
「…………」
 ボリスはデリックを見つめた。
「なんだよ……男にときめかれてもな」
「ときめいてませんよ! アールさんのことです……」
「…………」
 デリックは黙ったまま近くに停めてあったスーパーライトへ向かう。
 ボリスは後ろをついて歩いた。
「あの……アールさん、あの状態で……」
「あの状態で、なんだよ」
「い……生きているのでしょうか……」
「…………」
 デリックは自分が乗ってきたスーパーライトに飛び乗り、エンジンをかけた。
「生きてるからヤギさんのところに連れてったんだろ」
「……でも」
「お前はどこまで知ってんのか知らねぇが、お嬢はもう普通の人間じゃねーの。あの状態から元通りになったら……不死身だな」
「不死身の身体……? ありえない……」
「有り得るんだよ」
「悪魔じゃあるまいし……」
「退け。危ねぇぞ」
「え、あ……はい」
 ボリスは機体から距離を取ると、デリックはスーパーライトを操作してトゲトゲの森の上空へと上がって行った。
 
ボリスはデリックが乗っているスーパーライトを見上げ、ルイたちのことを思い返した。ルイとシドとは以前会ったことがある。タケルがいた頃だ。タケルに防護服を届けに行ったとき、早朝だったこともあり、タケルはまだ眠っていてルイが代わりに受け取った。そしてお茶を出してもらった。シドはその後すぐにテントから起きてきて、「下っ端は忙しいな」と言った。
 
「…………」
 
甲冑を着ていたからかもしれないが、“ボリス”という名前を訊いても思い出した様子はなかった。こんなときに「お久しぶりです!」などと懐かしむ時間もなければそんな空気でもなかったが、どこか寂しいと感じた。彼らにとって自分はなんでもない存在なのだ。
 
ボリスはスーパーライトに乗ってため息をついた。──何も変わっていない。自分はあれからなにも変わっていない。
 
 雑用するために兵士になったわけじゃねーだろ
 
シドが言った言葉を思い出す。
 
軍に入ったのは、半ば無理矢理親に入隊させられたからだ。親のコネで入ることが出来た。なんのためにここにいるのか、わからない。ゼフィル兵としての制服に誇りさえも持っていない。着させられ、与えられる雑用をこなすだけ。このままでいいのだろうかと、ずっと思っている。夢がないから現状維持で、なにも変わっていない。
 
──彼らは日々、命を削って戦っているのに。
 
ボリスはエンジンをかけてゼフィル城へと引き返そうとした。しかし、デリックを見遣り、思いとどまった。デリックは上空からアールの私物の回収に苦戦しているようだった。人を運び出すわけではないため、時間をかければなんとかなりそうだが。
 
「デリックさん。手伝います」
 と、機体を隣に近づけた。
「お。いいって。足手まといだ」
「でも……じゃあなにか出来ることがあれば言ってください。それまで待機してます」
「そっちもロープ積んでるか?」
「いえ」
「使えねぇな!」
「と、取りに行ってきます!」
「あ、じゃあなんか棒がいいな。くっそ長い棒」
「そんな棒ありますでしょうか」
「探してこいよ」
「…………」
 虚空を見遣る。長い棒などそうそうない。
「じゃーお前蛇使いに知り合いいる?」
「いませんね」
「スライム置いてってくれりゃよかったのになぁ」
「連れ戻しますか?」
「──いや。やっぱロープと双眼鏡持って来い。あとは使えそうなもん」
「使えそうなもん……といいますと」
「テメェで考えろよめんどくせぇなぁ」
「すいません……行ってまいります!」
 
デリックはため息をつき、眼下を見遣った。ロクトアントスの隙間に巨大化した人喰いダニの死骸が何十匹と密集している。それらが邪魔でしょうがない。
 
「悪魔じゃあるまいし、か……」
 
デリックの耳には全ての情報が入っている。アリアンの塔にてアールの正体がわかったことも、国家魔術師のモーメルが彼女になにをしたのかも。
 
「お嬢……」
 
グロリアの覚醒を望んでいた。覚醒することで眠っていた力が解放され、シュバルツと対等に戦い、そして世界に光を齎してくれる。そう思っていたのに、不安が押し寄せてくる。
小さな瓶に入れられた彼女の肉片。決して口には出さなかったが、おぞましいという感情が心を支配していた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -