voice of mind - by ルイランノキ


 竜吟虎嘯13…『湖』

 
チクタクチクタク
 
クリームベージュ色の壁に、家の形をした木製のからくり時計が掛けられている。
 
チクタクチクタク
 
時計の針が秒を刻む。
不揃いにぶら下がっている落ち葉のオーナメントの間で松ぼっくりが揺れている。
 
チクタクチクタク
 
人が生きる時間を刻む。
 
 
湖の中央に佇む小さな家がある。
台所のロッキングチェアに腰掛けている一人の老爺が、静かに目を閉じて時計の音に耳を傾けていた。
 
火にかけていた鍋がカタカタと蓋を鳴らしはじめると、老爺は目を開けて静かに腰を上げ、鍋の火を止めた。
 
「いい香りじゃ」
 鍋の蓋を開けてちょうどいい煮え具合に満足する。
 
シンクの上に置いてあった食器に鍋のシチューを注ぎ、ご飯茶碗に少量の白米を乗せ、居間へと運ぶ。
居間に入る開き戸を開けると、畳みが敷かれた部屋とイグサの香りが広がっていた。
中央には木製のローテーブルが置かれており、つやのあるダークブラウン色が高級感を醸し出している。
老爺が座椅子に腰を下ろすと、テーブルを挟んで小さな襖仕立ての収納スペース、地袋と天袋があり、地袋の上には液晶テレビが目に入る。その右隣りは床の間になっており、大きな盆栽と掛け軸が飾られていた。
   
「そろそろ買い足しに出るかの……」
 冷蔵庫の食材が減っていた。
 
テレビをつけ、情報番組を見ながら食事を済ませる。老爺の後ろでは棚の上に置いてある水槽の中でオレンジ色の小魚が気持ちよさそうに泳いでいる。
食事を終えるとゆっくり寛ぐ間もなく立ち上がり、食器をシンクへと運ぶ。ふうと一息つき、手際よく洗い物を始めた。
それが終わると今度は水槽の小魚に餌をあげる。テレビや電気を消し、玄関からデッキに出て鍵を閉めた。湖を眺め、スペルを唱えると湖の底から湖の外へと繋がる一本の橋が浮き上がった。
老爺は橋を渡ろうとしたところで忘れ物に気がついた。
 
「大事なもんを忘れとった……」
 
戸締りをしたばかりだが鍵を開け、小さな靴箱の上に置かれていたロケットペンダントを手に取り、首に掛けた。
 
「すまんな、陽月。最近めっきり物忘れが多くての」
 
ペンダントトップをぎゅっと握り、戸締りをしなおして家を離れた。
 
──遠い世界で過ごした時間を思い出す。
記憶を再生するたびに心が温まり、そして胸の奥が小さく痛んだ。
 

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©Kamikawa
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