voice of mind - by ルイランノキ


 竜吟虎嘯6…『シシ・オブ・ベスト』

  
この世界に来たばかりの頃は、なんで私がって思っていた。
なにかの間違いであってほしいと、そればかり思っていた。
夢なら早く冷めて欲しいと。
最悪だと。残酷だと……。
   
━━━━━━━━━━━
 
「この辺りに反応がある」
 
杖の魔道具を持っているムスタージュ組織の一人が言った。アルバ大平原の一角で、杖にはめ込まれている石が反応を示している。
 
「早速準備に取り掛かろう。アーロンに連絡する」
 もう一人の男がそう言って、携帯電話を取り出しアーロンという男に連絡を入れた。
 
アルバ大平原を探索していたのはムスタージュ組織第二部隊のシシ、オブ、ベストという3人の男だ。オブはアーロンに連絡を済ませて周囲を見遣った。魔物が近づいてくる。
 
「一先ず結界を張っておくか」
 そう言ったのはベストだ。ベストは地面に手の平を置き、結界のスペルを唱えると直径25メートルのドーム型結界を張った。
「アーロンが来たら早速はじめるのか?」
 と、オブはシシに目を向ける。シシは190cmもある細長い男だ。
「アーロンが第一部隊の連中を連れてくる。扉を開くのはそれからだ。俺たちだけで異世界への扉を開けるわけないだろう」
「そうか」
 と、空を見上げる。オブは少し抜けているところがあった。
 
しばらくして、黒いフード付きのコートを身に纏ったアーロンという男と、第一部隊から5人の男がやって来た。全員魔法を操る魔術師である。
第一部隊の五人は第二部隊の3人と特に会話を交わすことなく、すぐに儀式に移った。一様に輪になりスペルを唱え始めると、上空に雨雲が集まり、渦を巻きはじめた。
一同の額に汗が滲み、声もかすれ始めた頃、渦を巻いた雨雲から稲光が真っ直ぐに下りて来た。輪になっていた一同の中央に浮かび上がっていた魔法円が光を放った。
 
その様子を輪の外から眺めていたのがアーロンである。
アーロンは魔法円が起動したのを確認すると、ごくりと喉を鳴らし、強張った表情で魔法円の中心へ移動した。魔法円を囲っている一同は新たに転送魔法のスペルを唱え始めた。そして、アーロンの足元に広がっている魔法円はより一層強い光を放ち、アーロンを除く全員を弾き飛ばすとアーロンを飲み込んであっという間に消え去った。
 
ドーム型の結界の中で倒れこんでいた一同は顔をゆがめながら体を起こし、無事にアーロンが別世界へと飛ばされたことを確認すると、ホッとため息をこぼした。
 
「反応があったらまた連絡しろ」
 と、第一部隊の一人が、まだ座り込んでいたシシに歩み寄り、言った。
「わかりました」
 男はシシの足元に四つ下りにされた紙を捨てるように放り投げると、第一部隊はゲートを開いてアルバ大平原を後にした。
 
シシは四つ折りの紙を広げた。連絡先が書いてある。
 
「ここで何日か過ごすのか」
 と、オブ。
「はじめに説明しただろ」
 シシは立ち上がり、紙をポケットにしまった。
 
ベストは手際よくテントを出した。
 
「待つだけっつう時間が一番面倒だよな」
 と、ベスト。
「なにも全員で待機する必要はねぇだろ。最低2人残ればいい」
「なんか用でもあんのか?」
「今はねぇけど、なんかあったときはってことだよ」
 シシはそう言って、テントに入った。
 
オブはシキンチャク袋から“ドクロ”を取り出し、地面に置いた。
 
「なんでそんな物騒なもん持ち歩いてんだ。本物か?」
 と、ベストが歩み寄る。
「本物だけど、魔道具だ。強い魔力を感じたら叫んでくれんだよ。『キター!』って」
「ふざけた魔道具だな。こいつもそんな魔道具にされたくはなかったろうに」
「でもこれがあれば寝ているときになにかあっても大丈夫だろ?」
「まぁ……声量によるがな」
「断末魔の叫びって書いていたけど。パッケージに」
「パッケージ付きってどこで買ったんだよ……。アーロンは何日で戻ってくるかな」
 と、魔法円があった場所を見遣った。
「前の奴は二週間かかったって言っていた」
「あれは戻ってきたっつーか、戻したんだ。なかなか反応がねぇから扉を開けてみたら別世界との狭間で死んでたから引きずり出したんだよ」
 と、腕を組む。
「そっか。まだ無事に戻った奴はいないんだな」
 ドクロを見下ろす。
「アーロンも魔力は十二分に持ってる。前の奴もだ。それでも無事に帰って来れないことを考えると……あの女に秘められた力が異常だってことはわかる」
「女?」
「グロリアだよ……。つか、俺らが組織に入る前から“欠片”の回収はやってたんだ。噂によれば無事に戻った魔導師がいたって話もある。魔術師だっけか? 忘れたが」
「そいつに頼めないのか」
「知らねぇよ……。本当かどうかもわかんねぇし。お前あんま遠くに行くなよ? どっか行くときは一言伝えろ」
 と、ベストもテント内へ。
 
オブは両腕を空に伸ばして背伸びをした。
上空を覆っていた雨雲はとっくに消え、青い空が広がっている。
 
「いい天気だなぁ」
 
こんなにもいい天気なのに早々とテントに閉じこもるなんてもったいないと、オブは思った。
 

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©Kamikawa
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