voice of mind - by ルイランノキ


 竜吟虎嘯3…『 からだ 』 ◆

 
洞窟の中からアールの悲痛な叫び声が響いた。
洞窟内の内壁に打ち付けた拳の皮がめくれ、脳天を突き破るほどの激痛が襲ったのだ。
打ち付けた右手の拳を左手で押さえ、あまりの痛みに蹲って唸った。
確実に骨が折れたと思ったが、その傷口をえぐるような痛みは意識を飛ばしそうなほど波打った後、次第に消えていった。
 
「はぁ……はぁ……」
 
汗だくになりながら横になっていたアールは、震える体を起こして血だらけになっている右手の甲を見遣った。皮膚がえぐれて骨が見えていると思っていた甲が思っていたよりも大した怪我をしてないことに驚く。それどころかあれほど激痛に悶えていたのに今まったくと言っていいほど、痛みがない。
左手でそっと右手の甲を撫でると、べっとりとついていた血がふき取られ、綺麗な皮膚があらわになった。
 
「……なにこれ」
 
今度は強めにふき取ると、怪我一つしていなかった。
 
背筋がぞっとする。試しに伸びた爪を左腕に立てて引っ掻いてみた。力強く引っ掻くと皮膚の表面が少し削れて白くなった。次第に赤く染まったが、ズキズキと眉をひそめてしまう痛みが襲ったあとすぐに治まり、皮膚も引っ掻く前の状態に戻っていた。
 
心臓がドクドクと鼓動を速め、嫌な汗が滲む。震える手で短剣を取り出すと、その刃を腕の皮膚に押し当てた。呼吸を繰り返し、腕から目を逸らして息を止め、短剣を引いた。
 
あまりの激痛に短剣を放り投げて腕を抱えて悶え、息も絶え絶えに痛みが引くのを待った。
そして、痛みが消えたあと、傷口を確かめようと腕を見遣り、絶句する。短剣で斬りつけたはずの傷がどこにもない。
もう一度傷をつけ、今度は痛みに耐えながらも目を逸らさずに傷口を凝視した。一本線を書いたような傷口にフォークの先を突き刺してぐりぐりとえぐったような痛みと共に傷口が微かに動き出し、血を吐き出しながら塞がっていった。
 
「……バケモノ」
 
人ではなくなった身体。アールは膝から崩れ落ちた。
目の前が眩み、吐き気がする。気味の悪い身体をはがすように体に爪を立てた。血がにじむほど掻き毟り、みみず腫れだらけになった身体は一気に再生を始めて痛みを発症。体中を蝕む痛みに悪寒が走り、涙が流れた。
 
モーメルが自分の身体に何をしたのか、徐々に理解しはじめた。
 
どんな姿になろうが自分が何者だろうが、元の世界に戻れば全て元通りになる。
そんな希望もゼンダの言葉によって消されてしまう。
誰も自分を元の世界へ戻す気など更々ない。みんなが望んでいるのは、私が持っている力をこの世界のために使い続けること。私のこれからの人生など、どうでもいいんだ。
 
自分の人生を捨てることで、沢山の命が救われる。
自分の幸せを捨てることで。沢山の命が。
 
 
時折激しい頭痛に襲われ、頭を抱えた。痛みがガンガンと脈打つ。次第に動悸がして冷汗を滲ませた。呼吸を荒げ、地面を這うように洞窟の奥へ移動し、隅で身を小さく屈めた。
 
頭痛が治まると、頭を掻きむしった。両手で顔を覆いながら泣きじゃくる。体がいうことを聞いてくれない。気味が悪くてしょうがない。
 
突然けたたましく笑い出し、左手で鼻と口を塞いだ。右手が左手の甲に爪を立て、ガリガリと皮膚を削った。血があふれ出た傷に爪を食い込ませて皮膚をはぎ取ろうとする。
 
「あ”ぁああぁ……」
 
痛い 痛い痛い痛い痛い
 
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
 
人間は心も肉体も壊れやすくて脆い
捨ててしまった方が楽になれるんじゃない?
 
捨ててしまった方が
力さえあれば 力だけ残せば“わたし”はいらないんじゃない?
みんなが求めているのはこの力だけで
わたしはいらないんじゃない?
世界を救う力だけ必要で
扱いづらいわたしは邪魔なんじゃない?
 
だれも口にしないだけで
それが正解なんじゃない?
 
心も体も手放した方が
みんな喜ぶんじゃない?
兵器として扱いやすくなって
助かるんじゃない?
 
わたしはわたしで
その方が
楽になるんじゃないかな──
 
 
「……はあ?」
 
アールは傷も痛みも無くなった身体で立ち上がると、遠くの空を見据えた。
 
「心情まで操れると思った?」
  
そう言って不敵に笑ったアールの心臓が大きくドクンと脈打つ。
胸を押さえ、倒れまいと足を踏ん張った。
 
「仲良しこよしなんて求めてないし、服従する気もさらさらない」
 
またズキズキと頭が痛む。痛みを振り払うように頭を左右に振った。
 
「私がひとりになりたかったのは……」
 
左右の眼球が激しく揺れ動き、右手で目を押さえつけるように覆った。眩暈に膝を付きそうになったが、踏ん張って持ちこたえる。
 
「自分の弱さと向き合うためなの!」
 
──散々周りを振り回した揚げ句に、もう疲れたからあとはよろしく、なんて、出来るわけがない。
 
「逃げてきたんじゃないッ!!」
 
──そんなの、自分が絶対に許さない。負けるわけにはいかない。
一番の敵は、自分の弱さだ。今戦わなければ、仲間と共に立ち向かえない。
 
みんながどう思っているかとか そんなことよりも
自分がどうしたいかだ。
 

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©Kamikawa
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