voice of mind - by ルイランノキ


 竜吟虎嘯1…『メール』

 

   
──エテルネルライト
 
魔法の歴史はそう古くはない。初めにエテルネルライトを発見した人物は誰なのか明確にされてはいないが、その不思議な力に魅了された者が独自の研究を進めていく過程で多くの可能性と夢を見た。
エテル樹も謎が多く残っているが、その歴史を辿ると行き着く先はアリアンとシュバルツの存在である。
 
古い書物には人々の善良なる力が結晶化したものであると記載されているが、それを証明するものはなにもなく、どこの誰かもわからない人物の発言から生まれた仮説に過ぎなかった。
 
不思議な魔法の力を手に入れた人々は、神から選ばれ与えられた力として人助けや暮らしを豊かにするために使っていたが、その未知なる力に魅了され、深みに溺れていった者が“黒魔法・黒魔術”を生み出し、人々の平穏な暮らしに闇を落としていった。
 
そして時代と共に、魔法の力を制御する法律が生まれた。
けれど一度その力に溺れたものは二度と抜け出すことは出来ない。
 
未だ多くの謎を残すエテルネルライトの全貌は、アリアンの塔の存在によって明らかになろうとしていた。
 
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傷テープを貼る必要もないくらい小さな傷も、体中に沢山あれば大怪我と言えるのかもしれない。ばい菌も入りやすくなるだろう。感じる痛みも大きいだろう。
 
心が傷だらけだった。
大きな傷から、小さな傷まで、痛みが疼いてろくに眠れない日々。
 
午前4時。ルイはテントの外に出た。城内に部屋を用意してもらっていたが、アールとの出会いを思い語った後、結局カイはここでアールを待つと言って城の前から動かなかった。そのため、ルイがテントを張っていたのである。
 
まだ外は薄暗い。──アールさんは、眠れているだろうか。
 
「眠れなかったのか?」
 と、近くにいたヴァイスが声を掛けてきた。姿がなかったため、またふらりとどこかへアールを捜しに出かけたのだと思っていたが。
「えぇ……。ヴァイスさんもですか?」
「私は人間ではないからな。問題ない」
 と、暗い空を見上げる。
「ヴァイスさん、これを……見てもらえませんか」
 
ルイは外に出していたテーブルの椅子に腰掛け、データッタを見せた。シュバルツのエネルギーを表示しているゲージが上限付近まで増えている。
 
「…………」
「いろんなことがあって、しばらく見ていなかった間にシュバルツのエネルギーがここまで溜まっていました」
「目覚めが近いということか」
「えぇ……。このゲージがどこまで正確かわかりませんが。……今日、アールさんを捜しに出る合間にモーメルさんに会いに行こうと思っています」
 データッタを作ったのはモーメルだ。
「居場所はわかっているのか?」
「先日、ウペポさんから連絡がありました。僕がウペポさんの連絡先をメモしていたので、モーメルさんがいる病院がわかったら知らせて欲しいと頼んでおりましたので」
「そうか」
「ヴァイスさんも、来られますか?」
 ヴァイスは少し考えてから答える。
「いや。私はアールを捜すことに専念しよう」
「わかりました。よろしくお願いします」
 と、ルイは席を立った。「コーヒーでも飲みませんか?」
「あぁ、頼む」
 
ルイはヴァイスと自分にコーヒーを入れた。少し眠そうなスーには冷たい水を。
ヴァイスは熱いコーヒーを飲みながら、今日はどこへ足を運ぼうかと考える。ルイもまた、どこにいるのかもわからないアールに思いをめぐらせた。
 
世界の危機が刻々と迫っていることから目を離せない以上、アールを心配する思いの先にはどうしても世界平和がある。それを消し去ることは出来ない。世界平和など関係ない、世界がどうなろうと関係ない、貴女が無事ならそれでいいと、言えないからこそ生まれる痛みがある。
けれど、世界の未来など関係なく迎えに行けたらどんなにいいかと切に思う。
 
彼女は知っているだろうか。
貴女を大切に思うあまりに、世界の未来を、鬱陶しく感じていることを。
 
「…………」
 ヴァイスはコーヒーを飲み干すと、席を立った。ヴァイスの肩に、スーが飛び乗った。
「朝食はいいですか?」
「あぁ。行ってくる」
「はい、お気をつけて。スーさんも」
 
ルイはヴァイスとスーを見送り、携帯電話を取り出した。連絡はない。
組織からの連絡も途絶えていた。一週間近くも一切連絡がないところを見ると、こちらの状況を知っていると思われる。
彼女の覚醒も、知っているのかもしれない。
 
読んでもらえるかどうかはわからないが、ルイはアールにメールを打とうと思った。けれど、彼女の今の心境を考えると、どんな言葉も信じてもらえない気がして言葉に詰まった。
 
【アールさん】
 
一行目にそう打って、手が止まる。彼女は今、僕等に対してなにを思っているだろう。僕等を疑っているだろうか。
 
「…………」
 
【アールさん 僕は】
 
──僕は……
自分の思いを綴ろうと思ったが、消去した。
 
【アールさん あなたの思いを聞かせてください】
 
そう打って、送信ボタンを押そうとした指が震える。
どんな思いも聞き入れるつもりでそう打ったけれど、それもこれも全て世界のため。そう思われてしまう。だから。
全て消して、打ち直した。
 
【あなたに信じてもらう方法が見つかりません。
 あなたを追いやっておきながら、あなたを捜しています。
 あなたに掛ける言葉など見つかっていないけれど……】
 
「…………」──消去。
 
だめだ。どれも言い訳がましく聞こえる。たとえ本心でも。
 
【アールさん、ご無事ですか?
 無事かどうかだけでも、教えていただけませんか……】
 
ようやく、送信することができた。
 
僕等にはなにも出来ないのかもしれない。彼女の全てを受け入れることしか出来ないのかもしれない。僕等を信じられないなら、それでいい。どんなに傷ついても、苦しくても、彼女の心の痛みに比べたら大したことはないのだろうから。
 
ルイは喉の奥に違和感を感じて空咳を繰り返した。
 

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