voice of mind - by ルイランノキ


 心の声16…『私はここにいる』◆◆

 
ここは誰の声も届かない。
私の声も誰にも届かない。
 
雲の上に浮かぶ星は無常にも綺麗だけれど、それがとても切なかった。
こんなもの、こんな場所で独りで見たって悲しいだけだ。
 
それでも望んでしまう。──流れ星。
流れ星に願いをかければ叶うなんて、迷信でしかないけれど、もうそんなもの信じてはいない大人だけれど、それでも願わずにはいられない。
 
もしも星が流れて願いが叶うのなら私は
やっぱり世界の平和を望むのだろう。
みんなが幸せになりますようにと。
誰一人犠牲にならずに。
 
そこに自分も含まれている。その欲は捨て切れない。
自分だって幸せになりたい。自分の幸せを願うのは、よくないこと?
 
「…………」
 
アールは、シキンチャク袋から携帯電話を取り出した。自分の世界から持ってきた携帯電話だ。着信履歴を見遣り、母から電話が掛かってきたのは夢ではなかったのだと確かめる。なぜ繋がったのだろう。言葉は交わせなかったけれど。
 
私にはまだ、知らなければならないことが沢山ある。
ただ、一歩踏み出す勇気と、その強さが今の私にはない。
 
ずっと目を逸らしてきたことと、向き合うべきだ。
傷ついているのに傷ついていないふりをしたって、傷口は塞がらずに下手すれば化膿していたりする。大丈夫、大したことじゃないと見て見ぬふりをしていたら、いつまで経っても私は強くなれない。
 
アールはメールの送信欄を見遣った。母に送ろうとしてエラーで返ってきたメールが残されている。
それから、受信欄を見遣った。雪斗からの、メールがある。
 
【今日も一日頑張ろうなぁー!!】
 
忘れていた雪斗の声が脳内で再生される。目に涙を浮かべながら、返信ボタンを押して、本文に返事を打った。
 
【うん、頑張るね。
 雪斗、大好きだよ  会いたい】
 
落ちた涙が画面を濡らした。送信ボタンを押して、携帯電話を胸に抱いて祈った。──お願い届いて。お願い。お願いお願いお願い!
 
それから暫くして、そっと画面を見遣った。送信できていますように。そう思いながら。
けれど、エラーの文字と、送信できませんでしたとの文字が当然のようにそこに表示されているだけだった。
 
奇跡なんか起きてはくれない。
 
涙をぬぐって星を眺めた。心を落ち着かせ、深呼吸を繰り返した。そして、もう一度携帯電話を見遣り、画像ファイルの一覧を開いた。いつでもどこでも写真が撮れる携帯電話だけれど、家族の写真はほとんど入っていなかった。それでも唯一沢山何枚も入っていたのは、猫のチイの写真だ。白猫で、猫のわりには甘えん坊で。
画像を開くと、チイの声がすぐ側で聞こえたような気がした。そう、普段は「にゃーん」と鳴くのに、構って欲しいときは「にゃんー」って鳴くの。「ん」を伸ばすのだけど、時々口を開かずに「んー、んー」って鳴くときがあって、とっても可愛かった。毛並みの柔らかさも蘇る。毛が抜けやすい時期は大変だった。撫でるだけで抜けるものだから、黒い服は着れなかったな……。
 
それから、友達のフォルダを開いた。ドクンと心臓が飛び跳ね、懐かしいという感情が一気にあふれ出る。
やっぱり一番多いのは、久美の写真だった。久美は昔から綺麗だったけど、メイクを覚えたりファッションに興味を持ち始めてからは一段と美人度が増したんだ。羨ましかったし、私も少しでも可愛くなろうと努力した。彼女からもらう誕生日プレゼントはいつもお洒落でセンスがよかった。私は無難なアクセサリーとかばかり。
彼女から貰ったものは爪に塗るクリームでとてもいい香りがするものだったり、おしゃれなボトルに入ったバブルバスだったり。いいなぁお洒落だなぁと思っても普段自分には買わないようなものばかりで、女子力上がった気がして嬉しかった。
久美とは沢山の思い出がある。いじめられていた私に声をかけてくれたのが、久美だった。私にとって彼女は救いの女神。それから、私と雪斗の恋を応援してくれた、愛のキューピッドでもある。
私は彼女になにをしてあげられただろうか。彼女にしてもらった分の優しさを、彼女に返してあげられていただろうか。
きっと私はなにもしていない。してもらうばかりで、私からはなにもしていない。
 

 
──シオン。
出会った時はとても久美に似ていると思った。久美がここにいると思った。笑った顔も、声も、とても似ていると思った。
久美に会いたくて会いたくてたまらなかったから幻覚を見たのかもしれない。シオンは死ぬそのときまで私の中では久美だった。私を睨みつけたその目も、信じないと言ったその声も。
 
シオンを娘のように大事に思っていたデイズリーさんは、シオンの死を知っただろうか。偶然会ったとき、私は嘘をついた。シオンから連絡が来ないと嘆いていた彼に、シオンの死を伝えることが出来なかった。間違いだった。言うべきだった。そしてきちんと罪を、背負うべきだった。
 
ニッキさんは、父に似ていた。似ているなんてものじゃない。父がそこにいた。笑い皺も、やっぱり声も似ていた。私を見る目は目眩がするほど父と同じで、思わずごめんねと謝ってしまいそうだった。別に父に悪いことなんてしてない。むしろ、あまり話さなかったから。それでもなんだか、ごめんなさいって言いたくなった。多分、気難しい娘だったと思うから。姉と違って。
ニッキさんの最期の姿も、父だった。父の顔にエノックスが湧き出てきて皮膚を突き破って体中を這っていた。血走った目には涙が滲んでいて、その涙にもエノックスが蠢いて。とても残酷な光景だった。
私は父の顔をしたニッキさんを、シオンと同じように殺した。
 
 あとは誰を殺した?
 
ドクドクと落ち着かない胸を押さえた。
ハイマトス族。殺す必要なんてなかったのに。言い訳ならいくらでも思いつく。時間がなかったし、村の人たちが殺されてゆくのを見ているのが辛かったし……と。でもどの言い訳も、ハイマトス族が獣の姿ではなく人間の姿だったとしても同じように殺していただろうか。同じ言い訳を並べて……と思う。
きっと殺していない。言葉が通じる相手なのに、やっぱりどこかで魔物と同じように思っていたんだろうと思う。
私はハイマトス族を殺した。彼らも生きるために狩りは必要だったのに。
  
それでもヴァイスは私を責めなかった。
 
 私 が グ ロ リ ア だ か ら ?
 
私は、いつでも人を殺せる武器を備えている。それが今ではもう当たり前。剣を握ったばかりの頃は大きな刃物を振り回すことが怖かった。仲間に当たってしまったらどうしようって。実際、シドに当たってしまったことがあった。
でも今は普通に鞘から抜いて、振り回している。そして、魔物を殺して笑っている。一撃で倒(ころ)せたときの爽快感を知っている。苦戦した後にやっと倒(ころ)せたときの達成感を知っている。
ごめんなさいなんて感情は、もう無い。
 
雪斗がやっていたゲームの主人公のように、次から次へと魔物を倒してゆく。邪魔だから。お金が必要だから。そんな理由で殺すのも当たり前になっている。
 
「…………」
 
アールは、雪斗専用の画像フォルダを開いた。息を飲んだ。心のずっとずっと奥に押しやられた感情が一気にあふれ出る。愛おしい。特別な恋愛感情。
画面には、大好きな笑顔で写っている雪斗がいた。アールは携帯電話を胸に抱いて、泣いた。声に出して泣いた。子供のように。
 

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©Kamikawa
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